久し振りにドイツの家で皆で食事でもしませんか、というオーストリアからの誘いを受けて向かったドイツの家で、通されたリビングには当然のようにイタリアがいた。
しかも来客用のカップとソーサーで、コーヒーを淹れてくれたのも彼だった。二人の相変わらずの仲の良さに、思わず笑顔になる。
しかしここから歩いて30分ほどの書店に楽譜を買いに行ったというオーストリアは、3時間経ってもまだ戻らないでいた。
おそらく――いや、絶対に迷っているのだろう。
変わらない彼の様子に苦笑してハンガリーが腰を浮かしかけたとき、電話が鳴った。
受話器を取ったドイツの眉間の皺が、いっそう深く刻まれるのを見るに、待ち人からの電話らしいと知る。
二度三度短い返事をして切ると、ドイツはハンガリーに向かって手を振った。
「迎えに行ってくる」
「……いってらっしゃい」
誰とも、どこへとも言わず立った背中へ、ハンガリーは微苦笑して手を振ったのだった。



立ち聞き注意。T



「ねえねえ、ハンガリーさん」
「なあに? イタちゃん」
「ハンガリーさん、俺のどこが好きー?」
「ええ?」
随分身長が伸びて、一端の成人男性然となっているにも関わらず、会えばこうして昔と同じように人懐こい笑顔を屈託無く見せてくれるイタリアからの突拍子もない質問に、ハンガリーは笑いながら驚いて見せた。
「ヴェー!もしかして嫌い!?」
「まさか!イタちゃんのことは大好きよ」
もう膝に乗せて、自国の民族衣装を着せて遊ぶわけにはいかない年頃なのだが、かわいいと思う気持ちに嘘はない。そんな彼にここまであからさまな好意を向けられて、眦が下がらないわけがないというものだ。
即座に否定して答えると、イタリアはまたヴェーと独特の奇声を発し、ハンガリーに親愛のハグとキスをした。

「じゃあね、俺のどこが好きー?」
「うーん……全部」
「ヴェヴェー!嬉しー!でも、例えばどこ?って聞かれたらどこ?」
「ええ、どこって……」
ねえねえと甘える子供のようにせがまれて、ハンガリーは困ったように笑った。
どこがと改めて具体的に聞かれると、意外に難しい。
「そうねえ……いつも明るくて優しいところかな」
無難な、と言われればそうだが事実だ。
ハンガリーが素直に言うと、しかしイタリアは嬉しそうに俺もと叫んだ。
「俺もハンガリーさんの優しくて可愛いとことか大好きだよー!」
「ありがとう、イタちゃん」
「でねでね、じゃあドイツのことは?」
「え、ドイツちゃん?」
これで終わりだと思っていたハンガリーは、イタリアの更なる質問に多少面食らった。
首をひねって考えてみる。
「そうねえ……ちょっと堅物が過ぎるきらいもあるけど、そういうところ嫌いじゃないわ」
「うんうん。ドイツって真面目だよねー。でも俺もそういうとこ好きー」
「ね、味があるわよね。あの実直さはポイント高いと思うの」
「わかるー!女の子って特にそこポイント高いよね!俺的にはムキムキもいいけど……。あっそれに実はすんごく優しいもんね、ドイツ」
「そうそう!」
何故、彼と女同士の恋バナのように盛り上がってしまうのかを疑問に思う間もなく、イタリアは次々と更なる面々の名前を挙げた。

「じゃあね、次はスペイン兄ちゃん!どこどこ?俺はねー、明るいとこ!」
「あ、私もー。それに何かスペインって昔から憎めない奴っていうか」
「じゃあじゃあ、日本は?」
「ウンダバー、オタク文化。大好き」
「あはは、そういやハンガリーさん、よく日本とコミケ?だっけ? なんか打ち合わせとかしてたもんね」
多分、その本質をあまり理解していないだろうイタリアが無邪気な相槌で返す。
「性能のいいデジカメも……じゃない。ええと、あの奥ゆかしさとかいいわよね」
気をよくして思わずディープな方向に突き進みそうになった自身にセーブをかけ、ハンガリーは軌道を修正した。純粋な同意をみせるイタリアに、軽い罪悪感を覚えるが無視をする。
「わかるわかる。なんか日本てちょっとシャイだけど、話すと面白いよねー。勤勉でのめり込みやすいとことかって、ドイツに似てる気がする」
「そうかも」
言われてみれば、そんな気もする。
外見はまるで正反対の二人を思い浮かべて、ハンガリーはふふっと笑った。
「あ、じゃあスイスは?」
「うーん…根はいいのよね。ちょっととっつき難くなっちゃってるけど正義漢だし、面倒見いいし」
「俺よく夜中に裸で国境越えて撃たれるけど、いい奴だもんねー。ちゃんと急所外してくれるんだよー。優しいよねえ」
「急所!?え、ちょ、イタちゃん、それちょっと違うと思うの。ものすごく気をつけて!……ていうか、何で裸!?」
「えー?なんかねえ、無性にドイツに会いたくなって裸で走ってたんだー」
「えええっ」
さらりと言ってのけるイタリアに、せめて電話にした方がいいと説得するが、ヴェヴェと気の抜けた笑顔で首肯したイタリアが、果たして納得しているのかというのは甚だ疑問だ。
ハンガリーの心配をよそに、イタリアが次の相手を出した。

「じゃあね、イギリスは?」
「え、イギリス?……うーん……やっぱりツンデレよね。あれはネタになりやすい萌えどころだと思うの」
「ヴェー……つんでれ…?ネタ?」
「――はっ。いやいや、なんでもないの!気にしないでイタちゃん。そうそう!口悪くて食事最悪だけど、意外に紳士なとこのギャップ萌……いえいえ、いいわよね!」
「うんうん、イギリスの紅茶も美味いしね」
咄嗟に取り繕ったハンガリーの言葉に、イタリアも素直な笑顔で同意する。それに胸を撫で下ろしていると、次のターゲットがフランスに移った。
「え〜……フランス?」
いつの間にか、好きなところというより、相手のいいところ探しのようになっていたが、イタリアに急かされて、ハンガリーは腕組みしながら口を開いた。
「ワインはうちのやオーストリアさんとこのが絶対美味しいから言わない。……けど、確かに料理の腕はいいわよねあいつんち」
「ヴェー!フランス兄ちゃんとこの料理って本当に美味しいもんねー。それにセンスもいいし。あ、でもでも。俺んとこのワインも美味しいんだよー?」
今日もこれからの夕食会のためにワインを持参しているのだと言うイタリアに、楽しみにしてると微笑むと、褒められた子供のように破顔して頷く。
それから次の名前を出した。

「じゃあねー、プロイセン!」
「――百億万歩譲って顔。それ以外どこもマシなとこないわね。それにしたってマシレベルだけど」
「ヴェー!!」
ハンガリーの即答に、イタリアはまるで自分が言われたかのような悲痛な声をあげた。
本当は百億万歩でも言い足りないのだが、イタリアに免じて口を噤む。
面白くない名前に歪んでしまった表情を改めようと、すっかり冷め切ってしまったコーヒーを一口啜り、ふうと息を吐いてソファに深く背中を沈め直した。
「だってあれでも一応、ドイツの縁者だし。顔までヒドイなんて言っちゃったら、ドイツに失礼だもの。だから顔。以上も以下もなく顔。性格救いようなし」
言いながら、そういえばプロイセンの姿を見ていないことに気がついた。
しかしここがドイツの家である以上、今夜の夕食会にはもしかしてあいつもいたりするのだろうか。
拒む権利は自分にないが、昔の色々な思い出が甦ってきて、思わず眉を歪めたついでに舌打ちが出てしまった。ふと思い至ったことに、自分でもげんなりとした表情が隠せていないのが分かる。
「……ヴェ、ヴェー……」
その様子を見つめるイタリアは、何故かおろおろと辺りを見回して、ハンガリーの後ろ斜め上の一点を、一瞬ひどく哀れみを湛えた目で見つめた。
それに気付いたハンガリーが、どうしたのかと声をかけようとした瞬間、後ろのドアがひっそり閉まった音がした――ような気がしたのだが、振り向いたときには何もなく。小首を傾げてしばらくじっと見ていたが、気を取り直して更に思いついたプロイセンへの評価に口を開きかけたハンガリーに、イタリアが慌てて遮たように身を乗り出した。
「あっ、じゃあ最後!最後であります」
「――え、あ、うん。誰?」
バッと敬礼のポーズを取ったイタリアを前に、まだ出てきていない周辺諸国をざっと思い描きながら、ハンガリーが聞く。
ロシアと言われれば今ならウォッカ、ルーマニアと言われれば悪口しか出ないな、と内心でしかめた彼女に出されたのは、あまりにも身近で、しかも今更な彼の名前だった。


                                                       to be continued...


長いかなーと思って分割してみた。ら、大したことなく終わりそうです。
あ、ひっそりドア閉めたのはとある不憫代表。

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