いつから私は彼を認めてしまったのだろう。


幼い日々で、オーストリアと初めて対峙した時のことなど、ハンガリーははっきり言って覚えてなどいなかった。遠い記憶にある小さな彼は、本当に弱々しくて、いつ潰えてもおかしくないとさえ思うほどの体たらくでしかありえない。打たれ強そうには決して見えないくせに、しかし何度ボコボコにしてやっても、いつかまた現れては同じことの繰り返しで。そのくせ変にお上品な風体のアンバランスさが鼻につくな、とすら思っていたはずなのに。



ファースト・インプレッション



「ハンガリー?」
「――え?あ、すみません。ぼーっとしてました!」
突然名前を呼ばれて覗き込まれて、ハンガリーは我に返った。慌てて謝ると、オーストリアが苦笑する。
「別に謝ることじゃありませんよ。ただ」
そこで一旦言葉を区切り、親しみのある和やかな口調でふと笑う。
「穴が開くほど見つめられていたので、何か気になることでもあるのかと」
「いえ、その……」
見とれていましたとは流石に言えず、言葉を濁す。が、無言で見つめるオーストリアの視線に先を促されているようで、ハンガリーはおずおずと口を開いた。
「オ、オーストリアさんは私と初めて会った時のこととか覚えてますか?」
「貴女と?」
思ってもみない質問だったのか、オーストリアは驚いたように聞き返した。
それから記憶を思い返すように腕を組むと、ええ、と言った。
「本当ですか!?」
「とても印象深かったので」
「え、あの、それは…………何が、とか聞いても……」
意味深に頷くオーストリアに、おずおずと問う。
と、読みかけのスコアをテーブルに戻して、オーストリアは静かに目を閉じた。
「私の知る限り、馬をあれほど自在に乗り回して敵を圧倒する勇ましい女性はいませんでしたし――」
「あ、やっぱりいいです」
過去の自分が何をしたか、勿論全部覚えているハンガリーは、バッと両手を突き出して、オーストリアの言葉を遮った。が、それをまったく意に介さず、オーストリアはさらりと続きを言ってしまった。
「本気で自分を男だと思っていましたよね」
「いいって言ったじゃないですかあっ!」
だから続きを止めたのに。
あの頃の思い出は、どこも人生最大の汚点だ。黒歴史だ。
掴みかからんばかりの勢いで抗議したハンガリーを、オーストリアはされるがままで受け流す。それから懐かしそうに目を細めた。
「それに、貴女はとても可愛らしかったですから」
「……もういいですよ」
ハンガリーはぷいと顔を背けて唇を尖らせた。
いくら彼からといえ、それが世辞だということくらいわかっている。
男物の服で身を固め、洒落っ気もなく無造作に縛り上げた髪でいつも山野を馬と共に駆けずり回っていたあの頃。顔中どろだらけで大口開けて笑っていた当時の自分のどこを見て、可愛らしいなどと思えるものか。
しかも剣や弓を自在に操り、幾度ものした上に高笑いで馬鹿にしまくった相手から言われても、真実味などあるはずもない。
思い返せば返すほど、羞恥と過去の自分への忌々しさで唇が尖る。


「おや。信じませんか」
「冗談が過ぎます」
「心外ですね」
むくれるハンガリーの横顔に溜息をついて、オーストリアは再びスコアに手を伸ばした。
ページを捲りながら自嘲気味な笑みを浮かべる。
「本当ですよ。……貴女は私なんて眼中になかったでしょうけど」
「えっいえ、そんなことは……!」
僅かに咎めるような口調でそう言われ、ハンガリーは咄嗟に反論しかけたが、
「覚えてるんですか?本当に?」
「うっ……え、と……その……」
間髪入れずにそう問われ、馬鹿正直に言葉に詰まる。
途端ににこりと端正な顔立ちで微笑まれた。
「知ってますとも」
「オーストリアさぁん!」
自分で振った話題だが、どうにもハンガリーに分が悪い。
そのまま冷静とも無表情とも取れる顔に戻って、またスコアに向かおうとしたオーストリアの腕を揺する。
「昔のことは、自分でもちょっとあの、ぜひ忘れて欲しい感じなんですけど!でも今はオーストリアさん大好きですよ!本当です!」
「どうでしょうね」
必死に告白するも、オーストリアに冷たくあしらわれ、ハンガリーはもうっと一際強く彼の腕を引っ張った。
思わず傾いだオーストリアに詰め寄って、
「本当ですってば。さっきも何でこんなに格好良いんだろうって思って私――!」
「ハンガリー」
「――」
言いかけたハンガリーを、今度はオーストリアが遮るように名前を呼んだ。
(お、怒らせちゃった?)
片眉を上げて見つめられる視線を、上目遣いで見返すと、オーストリアは観念したようにスコアを戻す。
それから困ったように溜息をつくと、腕にしがみついているハンガリーに優しい苦笑をくれた。
少し首を傾げたその表情にどきりとする。
オーストリアの手が、腕を取っていたハンガリーの手に重ねられた。
「本当に――」
「オーストリアさん?」
「貴女はどうして昔から、そんなに可愛らしいんでしょうね」
「――……ええっ!?」
本当に困ったようにそう言われ、ハンガリーから素っ頓狂な声が出た。
それにも動じず眉を下げて笑うオーストリアに、高鳴る鼓動が抑えられない。


まったく本当にいったいいつから。


あの弱々しかった小さな彼が、どうしてこんなに自分の心を揺さぶって止まなくなってしまったのか。
その分岐点すら見つけられない。



END


たぶんハンガリーさんは、オーストリアさんなんて眼中になかったに違いない。
むしろトルコやプーのが当時の注目度ランキング上位。片思い子貴族もえですww

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