起き抜け、甘い口づけを。 ぎ、というスプリングの軋む音と、すぐ側に慣れた温もりのある傾きを感じて、私はうっすら重い瞼を持ち上げた。 「――おや、目が覚めましたか」 「……オーストリアさん?……」 どうしてここに? 耳に届いた愛しい人の声を嬉しいと思いながら、疑問系で名前が口をついて出てくる。 何だか夢の中の出来事のようで現実味がなかった。 ふわふわとした頭で考えてみたけれど、曖昧な想像しか出てこない。 おかしい。彼がここにいるなんて、それだけでいつもなら妄想の泉が溢れて止まらないのに。 「ハンガリー、起きて……いませんね?」 オーストリアさんが私の前髪を優しく梳いてくれながらそう言う。 優しく下がった目元を想像できる言い方だ。 私はぐずぐずと甘えるように彼の手に擦り寄りながら、口を動かした。 「……なんで、オーストリアさんがうちに……」 「ここは私の家ですよ。昨日終電を逃したお馬鹿さん」 「はい……私のうちです……」 優しい手の感触が、私の頭を撫でていてくれる。 気持ちが良くて閉じた目を開けられない。と、こら、と頬にもオーストリアさんの手の感触。 叩かれるのかなとぼんやり思っていたのに、鍵盤を叩く彼の少し硬い親指の腹が、私の頬を窘めるように撫でさしていくだけだった。こんなのは単純に気持ちがいい。 「そろそろ起きなさい、ハンガリー。コーヒーも淹れましたよ」 「コーヒー……?」 「ええ。アインシュペナーを」 私の好きなオーストリアさんちのコーヒーだ。 生クリームたっぷりでグラスに揺れる姿が浮かんで、瞼の裏で飲んでる自分が想像できる。 思わず頬が緩んだ私を、オーストリアさんの窘める声が聞こえてきた。 でもその声が残念ながら大分遠い。 「ハンガリー、ほら、挨拶をすれば気持ちもしゃんとしま――」 私の首に手を回して起き上がらせようとしてくれた彼の首に、同じように手を回しながら、私は返事と一緒にキスをする。 「ふぁい」 彼の言葉が途中で切れたのは、私の返事があやふやだったからだろうか。 ――きちんと挨拶をしないから、オーストリアさんの機嫌を損ねてしまったのかも。 「……おはよー……ございます……」 眠たい頭で考えて、だからきちんと挨拶をした。 おはようのキスと言う順番が違ってしまったけれど、それはご愛嬌で許して欲しい。 「……それではおやすみなさいの挨拶でしょう、まったく貴女という人は……」 またもぞもぞと温かいベッドにもぐりこんでいく私に、オーストリアさんが何か困ったように言いながら、それでも頭を撫で続けてくれる心地良さに、私は笑顔で眠りにつけたのだった。 こんな状態を貴族が許すのは、きっとハンガリーちゃんだけだと信じて疑いません。 |