草葉の陰にはプロイセン



「――くしゅんっ」

オーストリアの隣に寝転んで、静かに満天の星空を眺めていたハンガリーは、堪えきれず小さくこぼした。
二人きりでどことも知れない無人島――、現実的にはけしてロマンチックとはいえない状況だったが、わざわざこんなムードの壊し方もない。

「ハンガリー?」
自分のくしゃみに落ち込むハンガリーを、オーストリアが静かな声でそっと呼んだ。
「や、やっぱり夜になると少し寒くなりますね!」
恥かしさを誤魔化すように笑うハンガリーに、オーストリアは眉を顰めた。
そのままの表情でハンガリーの方へ体を向け直すと、頬に触れる。
突然触れられた手のひらの温かさに、思わずびくりと肩を竦めたハンガリーを気にもしないで、オーストリアは変わらず眉間の皺を深く寄せていた。

「風邪を引いてしまいましたか?」
「あっ、いえ! 大丈夫です!」
ハンガリーは無理矢理明るい声を出してそう言うと、ぶぶぶんっ、と彼の目前で大きく手を振って否定した。彼を困らせるつもりはないのだ。
なのに、オーストリアにそんな顔をされると、自分の不甲斐無さを余計に感じてしまう。

「……」
「本当に大丈夫ですから――……って、オーストリアさん?」
ハンガリーが笑えば笑うほど、不機嫌そうに黙りこくるオーストリアに、どうしたらいいか分からず、だんだん泣きそうになってきた。
(ど、どうしよう……オーストリアさん、怒ってる…!?)
日頃から、由緒正しき貴族の彼が、騎馬民族あがりの自分の言動に何かと呆れることは多々あれど、本気で愛想を尽かされたらどうしようと怖くなる。
そうなれば当然上司には烈火の如く叱られるだろうし、国民だって不幸にさせてしまう。
それはハンガリーとして、絶対にあってはならないことだ。
が、ハンガリーがハンガリーとして真っ先に思ってしまったことは――

(離れたくない、のに――)
頬に触れているオーストリアの手に自分のそれを重ねて、ハンガリーはきゅっと握った。
時は流れる。時代は変わる。だから、いつか――
いつかこの手を離さなくてはならない時が来るとしても、それはどうか、出来るだけずと後であるといい。
「まったく、貴方という人は……」
「オ、オーストリアさ――きゃっ!」
不安と祈りにも似た想いでオーストリアを見つめていたハンガリーは、溜息とともに急に抱き寄せられて、彼の胸で小さく悲鳴を上げてしまった。

「……まだ何もしていませんが?」
「……!!」
オーストリアが心外だとばかりに、ハンガリーの耳元で囁く。
(そ、そそそそそーいう意味じゃなくてですね……!!!!!)
何度触れ合っても慣れないその感触に、体全部が心臓になったかのような錯覚に陥って、ハンガリーは上手く言葉にすることが出来なかった。
「あ、あのっ…」
「私は怒っているのですよ、ハンガリー」
「え――」

そう言って至近距離で覗き込んできたオーストリアの視線に、ハンガリーの心臓が別の意味でドクンと跳ねた。また、みるみる不安が溢れてくる。
「……なんて顔をするんですか、このお馬鹿」
オーストリアが険しい表情のままで、苦笑を乗せる。
が、その口調が思っていたよりも柔らかく、ハンガリーは少しほっとした。
「す、すみませ――」
ハンガリーが謝罪の言葉を言い切るより早く、オーストリアの指が彼女の頬をなぞり、おもむろに額にキスを落とした。

「ふぁ――!?」
優しい熱に驚くハンガリーを、先程よりもずっときつく抱き締めて、オーストリアが嘆息する。
「……こんなに体が冷たくなるほど我慢をして。困った人ですね、貴方は」
苦言を呈しながらもオーストリアの拘束は緩まない。
叱られているのに甘やかされているような抱き締め方だ。
低く囁くオーストリアの言葉が、耳元からごく自然に滑り込んできて、ハンガリーはぶるっと身震いをした。体が熱い。

「ほら、寒いのでしょう?」
「――あ、いえ、あの、これは違――」
慌てて否定しかけたハンガリーに、珍しくムッとした表情を見せたオーストリアが体を起こす。そのままハンガリーを下に組み敷いた。
「こんなに冷たい体でそんなことを言われても、到底信じられませんよ、ハンガリー」
「――え、ちょ…、オーストリアさん……ふわわっ!」
言いながら、流れるような動作で衣服の中に侵入を果たすオーストリアの右手が、ハンガリーの脇腹を撫で上げた。

「――っ」
「ほら、冷たい」
静かな口調でハンガリーを叱るオーストリアの口調も表情も、貴族然とした気品を保ったまま。地肌を撫でる手の動きだけが優しくて、ハンガリーは耐え切れず目を瞑った。
ふ、と柔らかく笑う吐息を感じる。
「大丈夫。……すぐに温めてあげますよ」
「も、もう十分温かくなりまし、た……っ」
「大人しくなさい」

耳朶を噛まれて窘められて、体の熱は止まらない。
それを優しく気遣うように降ってきた唇に、ハンガリーは小さく喘ぐ。
寒さはいつの間にかすっかり消えて、どんどん熱くなってくる。
どんな時でもすぐに溶かしてしまう甘い熱を呼び起こしてしまうオーストリアへ、ハンガリーはぎゅっとしがみつく手に力をこめた。


END




原作の「ドイツのムキムキがあったかいのはお見通しだ!」のパロ。……萌える orz(←バカだ)
タイトルにしか書いてませんがこの場合、幽霊の正体はプロイセン推奨で。
墺×洪←プロイセン最高。

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