宵闇が優しく照らすころ その細腕の、どこにそんな力があるのかと思うように強く。しっかりとオーストリアを抱き寄せて離さない。 力強さに反比例して、絡む腕も、凭れる身体も、押し付けられた胸の膨らみも柔らかかった。 「……私にどうしろと」 耳元に吐息を感じて、オーストリアは声に苦渋を滲ませた。 放っておけば、ぐらぐらと倒れこみそうになる彼女の背中を支えるために回した腕が、自分の何かを試しているような気にさえなって、一つ小さく息を吐き出す。 「ふふっ。オーストリアさん、くすぐったいです〜」 上機嫌でふわふわとした調子のハンガリーから、アルコールの匂いがする。 「……だったら腕をお放しなさい」 しかしハンガリーは小さな子供のように嫌々と首を振って、オーストリアの首元に鼻を埋めた。 「だってオーストリアさん、あったかくて気持ちいいんです」 「部屋は十分暖められているでしょう。――ほら、もういい加減に――」 「気持ちいいんですよ?」 「……っ……」 しなだれかかるようにして、ハンガリーが間近のオーストリアの顔を覗き込んだ。 白い頬が淡いピンクに染まっている。酒の力で生理的に潤んでいる彼女の瞳は、無邪気な色を湛えていて、オーストリアはぐっと息を飲み込んだ。 「……っ……女性が、そんなになるまでお酒を嗜むものではありませんよ、ハンガリー」 「はいっ。――うふふ。でも美味しかったであります〜」 きちんと話を聞いているのかいないのか、ハンガリーはびしっと敬礼をして、またすぐにぐにゃりと凭れてきた。 「まったく……」 泥酔した人間を相手に、まともな返事を期待したわけではなかったが、随分と力の抜ける態度だ。芯のない軟体動物のように絡み付いてくるハンガリーに、オーストリアは妙にいたたまれなくなる気持ちを抑えようと、深く息を吸い込んだ。 ずり落ちそうになったハンガリーの身体を支え直す。ん、と鼻に抜ける声を出して、ハンガリーがすがり付いてきた。 「オーストリアさん」 「……なんですか?」 吐き出す息で一緒に答える。 ハンガリーはオーストリアの首に絡めた腕にきゅっと力をこめて、身体を寄せた。 「大好きです」 「――――――……はい?」 思わず間が空いてしまった。 酔っ払いの他愛のない戯言だと分かっていて、いちいち反応していたらきりがない。 分かっているのに、オーストリアは彼女を抱く自分の腕がぴくりと撥ねるのを止められなかった。そんなオーストリアをよそに、ハンガリーは幸せな猫のように、ゴロゴロと喉を鳴らして懐いてくる。 「大好きです、オーストリアさん」 「…………」 これに何を返せというのか。 酔っ払いの正しい扱い方など、オーストリアには分からない。 はいはい、と簡単な相槌で寝かせてしまうのが得策だろうか、と彼女の背中をあやすように叩こうとした。 が、少し早く、ハンガリーがゆっくりとオーストリアから身を起こして、顔を覗き込できた。 「オーストリアさんは?」 「え?」 「オーストリアさんは、私のこと、好き?」 ――酔っ払いだ。 上気した頬も、潤む視線も、火照った身体も。 真剣にひた向きに見える何もかも全てが、アルコールのせいなのだ。これ以上は付き合いきれない。しかしハンガリーが答えずにいるオーストリアの頬を両手で捉えた。 押し付けてくる身体の熱さが嘘のように、その指先は冷たい。 「ハンガ……」 「もしかして嫌いですかぁ〜」 「馬鹿をおっしゃい!」 くしゃ、と泣き顔に変わられて、オーストリアはその手を奪った。 酔っ払いめ――! オーストリアの眉間に深く刻まれた皺を不安げに見つめるハンガリーに、心中で毒づく。 明日の朝、彼女は二日酔いにここから出られないかもしれない。泥酔しているらしいハンガリーの翌日に気を揉んで、それよりも、とオーストリアは思った。 (こんなことが毎回あれば、こちら身がもたないではないですか) これが最後だ。ハンガリーは酒宴に立ち入り禁止にすべきだ。 オーストリアが思考を廻らす最中にも、ハンガリーは上目遣いでオーストリアを見つめている。その表情に気づいて、オーストリアは口中でひっそりと呻いた。覚悟を決めて、挑むように見つめながら、オーストリアはしぶしぶ言葉を搾り出す。 「……好きですよ」 その途端、ハンガリーは季節外れの花々があふれ出したかのような笑顔を彼に向けた。 「大好きです、オーストリアさん!」 「――なっ、わ、あ、ちょ……っ! 落ち着きなさい、ハンガ……」 ハンガリー、と呼ぶはずの声は、押し倒されて声を奪われ、最後までは続かなかった。 後ろも見ずに倒れこんで、頭を打たなかったのは幸いだ。 「……ふふ、ふふふ〜」 人を勢いよく押し倒して、唇を奪った張本人は、満面の笑みでオーストリアの上にいる。 覗き込まれてこぼれる彼女の金の髪が、さらさらと頬に当たってくすぐったい。 「貴女という人は……」 観念したように言ったオーストリアへ、ハンガリーはまたちゅ、と唇を寄せた。 「……ふふ。お誕生日、おめでとうございます」 ありがとうございます、幸せです、ふふふ〜。 一人でオーストリア分の返事も返して、ハンガリーはそのままオーストリアの胸に頭を摺り寄せた。アルコールのせいで熱い彼女の呼吸が、それでも規則正しいリズムを刻む。 言うだけ言ってすっかり寝入ってしまったハンガリーの髪を撫でてやりながら、オーストリアは苦笑した。 「――・・・……ずいぶんと、大胆なプレゼントですね」 明日、目覚めた彼女にどんな言葉から始めてみようか。 気持ち良さそうに眠るハンガリーを起こさないように気をつけながら、オーストリアは自分の腕に、そっと彼女を抱え直した。 オーストリアさん、誕生日おめでとう!ということで。 |