Trick or Trick!




甘い香りが部屋中に行き渡って、大振りのバスケットに入れられた菓子たちが、小声で囁き合っているかのようだ。 ハンガリーはもうすぐ来るであろう子供たちのはしゃぐ様子を思い浮かべながら、頭に被ったとんがり帽子のツバを見て、ふふ、と笑った。隣に並んで器用にラッピングしていくオーストリアは、いつもと同じ白いシャツだ。

「オーストリアさんは仮装しないんですか?」
「あげる側ですからね」
何の気なしに聞くと、あっさりと返されてしまった。
「ああ、なるほ――」
相槌を打ちそうになったが、つい数時間前に見た男の姿が脳裏に浮かび、ハンガリーは言葉を切った。オーストリアは厨房に入っていたから、その姿を見ていないのだろう。が、ハンガリーに今着ている魔女の服を置いていったのも彼だった。
それにオーストリアの理論でいうなら、彼も自分も間違いなくあげる側だ。

「え、でも、フランスはしてましたけど……」
「一緒にするんじゃありません」
隣を覗き見ると、オーストリアは露骨に嫌そうな顔で頬を歪めると、ピシリと言い切った。あからさまな敬遠に内心で苦笑する。
「ちなみにコンセプトは裸オオカミだそうで」
「言わなくてよろしい」
一瞬シュトーレンがフランスにでも見えたのだろうか。オーストリアが包む前に握り潰してしまったスポンジ部分を片付けている。

「それであの、オーストリアさんは……」
「しませんよ」
手を動かしながら言うハンガリーにみなまで言わせず、オーストリアはやはりあっさりと否定してくれた。
せっかくのハロウィン。
年に一度、牙やマントをつけてみるのも悪くないと思うのだが、オーストリアにはこうして毎年、さくさくと申請を却下され続けている。何も今更ハンプティ・ダンプティやらミイラ男やらパンプキンマンになってみてほしいと言っているわけでも、むろん――
「裸オオカミじゃなくてもいいんですけど」
見たいなとは思いますけど、という本心は心の中だけでひっそり呟くだけにする。

「当然です! ……第一フランスの場合、仮装になってませんよ」
オーストリアが深々と息を吐きながら、ひどいことをさらりと言った。
いくらフランスでも、毎日そんな格好で過ごしているわけではないと思うが――いや、妥当な線か。
オーストリアがこの行事を嫌っているわけではないということは、こうして並んで菓子を作ったり、扉に子供たちを迎えるためのオーナメントを吊るしてくれる態度で分かる。
「……私もイタちゃんにお菓子あげる側ですけど、仮装してますよ?」
「ああ、それは別に構わないのでは?」
「……」
「個人の趣味ですし」

なかなか似合ってますよと続いてくれるならまだしも、その言い方はないだろう。
ハンガリーは不満げにじと目を向ける。
こううなったら後でこっそり尻尾でもつけてしまおうかなどと考えているハンガリーの視線を受けて、オーストリアが僅かに体を引いた。
「……そんな目をしてもしませんからね」
横目でちらりとハンガリーの牽制したが、すぐにバスケットへと視線を転じたオーストリアに、対抗意識が頭を擡げる。最後の菓子を、寸でのところでオーストリアから奪い取ってやった。

「……Trick or Disguise」
「ハンガ……」
「Trick or Disguise!!」
何故か挑戦者の気分で、オーストリアの鼻先に指を突きつける。
オーストリアはいきなりなハンガリーの態度に軽く目を瞬いて、それから薄い微笑を湛えた端正な顔をこちらに向けた。
優雅な動作で腕を組まれて、ハンガリーの背筋がぞくっとあわ立つ。

(に、逃げるべき?)
本能の警告に一瞬の躊躇が明暗を分けた。

「Trick」
「へ?」

間の抜けた返事をしたハンガリーに、オーストリアはあまり見せない挑発的な表情で口角を上げた。
「どうぞ? 何をされてしまうのか怖いですね」
薄く笑うオーストリアに、胸元で止めたマントのリボンを解かれて、肩から滑り落ちそうになった。
「――わ、え、ちょ……ぎゃ、逆です! イタズラは私がす……まっ、オ、オーストリアさん逆〜〜〜ッッ!!!」
咄嗟におさえたマントで体を覆うようにして隠す。
だが、面白そうに眺めるオーストリアはまるでハロウィンの町を彷徨うジャックのようで、小憎らしい。
「早くなさい、ハンガリー。イタリアが来ますよ」
「だ、だから待っ……」
あれよあれよと間を詰められて、ハンガリーは真っ赤な顔で、迫るオーストリアの視線に声を詰まらせた。



END


Disguise=仮装、の意味で使ってみました。ニュアンス違っても無視して下さい orz
貴族はむっつりだと思ってはばかりません。ええ。

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