誰が為のコーヒーブレイク 「……オーストリアさん?」 「はい?」 「ええと……」 「どうかしましたか、ハンガリー」 腰に回される腕にドキドキしてます。 なんて言葉すら出ずに、私は三時のお茶の準備をしかけたままで固まってしまった。 用意をしてきますね、と断りは入れていたし、ケーキも小皿に乗っている。 あとは落としたコーヒーをカップに注げば完成だったはずなのに、急に後ろから抱きしめられて、最後の仕事が出来ないでいる。と、オーストリアさんが後ろから私を覗き込んで言った。 「いれないんですか? コーヒー」 「えっ。……えっと、その……オーストリアさん?」 「はい?」 「あの、ちょ……ちょっとだけ離していただけると……」 「……邪魔ですか?」 「いいえ!」 即答で否定した自分に万歳。 そんな耳朶に直接吹き込むように、哀しさを滲ませた低音で囁くなんて、どれだけ私を興奮させれば気が済むんですか!と叫びだしたくなるのを必死に抑えた。 けれどもこの格好のままだと、緊張するのは仕方がなく、コーヒーポットに伸ばす手が微かに震えてしまうのも仕方がない。 それでもオーストリアさんからの抱擁を解くことなんか出来なくて、ポットに手を伸ばそうとしたら、その手を彼に掴まれた。 「――あ、あの」 「手が震えていますよ?」 仕方がないじゃないですか! くすくすと喉の奥で小さく笑いながら、オーストリアさんは私を後ろから抱いたままの姿勢で、甘く囁いた。答えられない私の手を優しく一度撫でて、それからポットに伸ばす。用意していた彼と私の二人分のカップに、琥珀色のそれを注ぎ終えると、また私の体に腕を絡め直した。 「あ、あの」 「はい?」 「ありがとうございます……。お、お茶の準備できましたよ?」 「そうですね」 「――わわっ」 きゅ、と彼の腕に力がこもり、私はつい声を漏らした。 「……ハンガリー?」 「は、はいっ」 オーストリアさんの声に甘さが滲む。 どもった私の肩口に、彼の鼻が埋められた。 「……オ、オーストリア、さん……っ」 どうしよう。 目の前のコーヒーから立ち上った白い湯気が、私の吐息に触れて揺らいだ。 もっととせがむつもりだったのか、それとも離してという意思表示のつもりなのか、自分でも知らぬ間に彼の腕に添えていた指先に力を入れてしまったのが分かった。 「……先に、休憩します? それともコーヒーの後?」 オーストリアさんが私の首筋から耳朶まで唇で移動しながら、そう聞いた。 「え、ええと――ひゃっ」 考える私の耳に舌先が触れた。 この場合の『休憩』は――そういう意味でいいのだろうか。 でももしも、一人勘違いだったらどうしようと白くなりかけながら、私はぎゅっと目を瞑って、首を竦める。 意を決して口を開いた。 「コ、コーヒーの後で!」 勘違いだった場合、もうまともに顔を合わせられない。 だから一呼吸必要だ。冷静になろう。 そう結論付けて出した答えに、しかしオーストリアさんの動きが止まった。 「…………」 「オ、オーストリアさん?」 耳に這っていた彼の温もりが僅かに離れ、微かな諦めのような吐息を感じる。 彼の顔を覗おうとした私の動きを、オーストリアさんの腕が制した。 「あ、あの」 「……貴女がそんなにコーヒー好きだったとは知りませんでした」 「え!? いえ、別に私は――」 後ろから私を抱くオーストリアさんの声に、珍しく不穏なものが混じっている。 私は慌てて訂正しようとして、 「んっ――」 もう一度、今度は首筋にきつく感じた甘い痛みに声を漏らした。 思わず口を覆った私の手を、オーストリアさんがやはり後ろから取った。 その指先を軽く口に含まれて、私の体中が火がついたように真っ赤になる。 「オ――ッ! オーストリアさ――!」 「コーヒータイムは15分。片付けるのは――終わってから二人でしますか」 なにが終わってからですか、オーストリアさん。 その提案に固まったまま立ち尽くしている私を尻目に、オーストリアさんはさっさと私の体から腕を解くと、手際よくトレーに乗せたケーキとコーヒーを持って、ダイニングへと向かう。 「ハンガリー」 「――あ、は、はいっ!」 名前を呼ばれてようやく、弾かれたように後を追う私に、オーストリアさんは歩調を緩めることもなく、視線だけをくれながら淡々と告げた。 「急いで食べてください」 「え」 「じっくり食べたいので」 「…………ええッ!!」 どうしよう。 ケーキの味なんてわかるわけがない。 昼間からお盛ん貴族。たまにはこういうことがあってもいいと思います。 立場が逆だと異常に狼狽すればいいと思う。 |