かけひき初夜 入浴を終えて部屋に戻ったオーストリアさんの毛先から、ぽたりと滴が落ちて、白いシャツに染みを作る。 いつものように撫で付けられているのではなく、自然に下された髪は柔らかそうで、可愛らしい。 私は読みかけの本を閉じると、ふうと息をついてベッドに腰を下した彼の横に座った。 二人分の重みを受けても、上等なスプリングは大人しく私たちを迎えてくれる。 昨日と何も変わらない夜の静寂。 だというのに、何か特別な気がしてしまう理由はわかっている。 「ふふ……」 僅かににもれた私の微笑に、オーストリアさんがこちらを向いた。 「どうしました?」 「えへへ……なんだか照れませんか?」 言いながら置かれた彼の手に触れると、オーストリアさんが親指で私の手を撫で返した。 「何故です?」 語尾を上げただけの、確信に満ちた言い方だ。 からかうような視線を向けながら、私の次の言葉を待っているのがわかった。 それはずるい。 「今日何をしたのか、もう忘れちゃったんですか?」 だから、まだ少し湿り気のある髪のまま、彼に腕を絡めて頭を預けるようにして聞き返した。 「結婚しましたね」 「……あっさり言いますね」 しれっと言いながら、絡めた腕の先で、指を絡め取る動きは優しい。 半眼で睨み上げると、オーストリアさんは可笑しそうに笑った。 「どうせ結婚だーってバカみたいに喜んでるのは私だけなんでしょうけど、少しロマンがなさすぎです」 いくら二人きりの夜が初めてではないといえ、対外的に今夜は初めての夜になるのに。 「そんなことはありませんよ。心外です、ハンガリー」 むくれついでに腕を引っ張った私に大人しく傾いてくれながら、オーストリアさんが存外に真面目な顔で見下ろしてきた。 「おそらく私の方が純粋に興奮しています」 「こ――っ、私は照れませんかって」 「つまり、同じ意味でしょう」 「え、えー……ち、違うと思いますよ!」 ずいっと近いところで断言する彼に、私も思わず反論する。 いつもと同じオーストリアさんのいつもとは違うタキシード姿に、純粋に胸が高まったり、実は今日が俗に言う「新婚初夜」というやつなのかも、と考えると幸せで胸が詰まりそうになったりする気持ちと、オーストリアさんのいう言葉は絶対に違う。そこに至る気持ちが違う。 「私の方が純粋で清らかですよっ」 顔だけそっぽを向けると、オーストリアさんは笑みを含んだ声で追いかけてきた。 「純粋に照れている人は、こんなに近くには来られないのでは?」 「…………」 言葉の揶揄とは反対に、横を向いたままの私の頬を、オーストリアさんの右手が宥めるように触れる。 確かに――。 と首肯しそうになるのだけは、口惜しいのでしない。 今更純情ぶって、触れないままというのも出来るわけがない。 それでも―― 「気持ち的な問題なんです。 オーストリアさんには大したことじゃないんでしょうけど、私にとっては――――きゃっ」 言い終わらないうちに、不意に後ろに倒されてしまった。 驚いて見上げる私を、穏やかな表情で見下ろす紫色の瞳が近づいてくる。 「ハンガリー」 触れるだけのキスが離れる。 私をベッドに縫い付けるように、頭の横に置かれた彼の腕が近い。 鼻の頭に唇が移る。くすぐるように瞼にも触れて、オーストリアさんが言う。 「そろそろ口を閉じませんか」 「……閉じちゃっていいんですか?」 私の返しに、オーストリアさんは言葉に詰まったように目を瞠った。 こういう表情を間近で見られる特権を、誰にでも主張できる関係になったというのは、私には大きい。 ふふ、と笑う私に参りましたねと呟いて苦笑する。 しかしそれは一瞬のことで、私を見る目はすぐに愉悦を含んだものに変わった。 「少し、お仕置きが必要なようですね」 「新婚初夜にですか?」 「新婚初夜だからでしょう?」 眇める視線に、不純な胸の高まりを覚える。顔が近い。 「ああ、閉じていたいのなら、閉じていてもかまいませんよ、ハンガリー」 「そんなの――」 言いかけた一瞬の隙を突いて、オーストリアさんの指が口腔を弄る。 苦しくない程度をおさえた蹂躙はずるい。 引き抜くと同時に頬に落とされたキスは優しくて、それもずるい。 「新婚初夜に我慢比べも面白いかもしれません」 ね、と唇にかかる吐息で彼が甘く囁くから、私は「ずるい」というはずの唇を、彼に与えてしまうしかなかった。 特に何もしてないので、全年齢向けという私の判断はどうかし(略) 墺洪結婚記念日企画様へ投稿させていただいてものを、ちょびっと改稿したものになります。 |