愛し方それぞれ




出掛けるというドイツにくっついて外に乗ったはいいが、行き着いた先にプロイセンはげんなりとしたものだ。
クリスマスも近づいて、てっきりオーナメントでも買いに出たのだとばかり思い、ろくに行き先も聞かなかったのだから、自業自得と言えばそれまでなのだが。
(……なんか)
だがそれより何より、にこやかな笑顔はないものの、ゆったりとした慣れた動作でコーヒーを落とす彼女の姿にげんなりとする。
(変わりすぎだろ)
ありていに言えば面白くない。
何故だかわからないが自分は給仕される側だというのに、ソワソワする程度には落ち着かなかった。
「……何よ」
「あ?」
はっきりと直視していたわけではなかったが、何かを感じたのだろうハンガリーが、コーヒーから目を逸らさずに聞いてきた。それに思わずつっけんどんな物言いをする。
と、ハンガリーは並々と注いだカップを、がつんと叩きつけるようにテーブルに置いた。
跳ねた淹れ立てのコーヒーが、テーブルに置いた手にかかる。
「うおあちっ!ハンガリーお前な――」
「言いたいことあるならはっきり言いなさいよバカプー」
「はぁ?別にねえよ。つかバカプ…いや、なんだその呼び名!」
ヒリヒリする手の甲を擦りながら突っ込むが、ハンガリーは知らぬ顔でもう一つのカップに、今度はゆっくりとコーヒーを注いだ。

「……今淹れたって、あいつらまだ戻んないんじゃねーの」
「知ってるわよ。少しかかりそうって言ってたから」
じゃあそのカップは誰のだ、と問う前に、さっさと隣のソファに腰掛けたハンガリーが口をつける。
つんとした表情なのに、やはり慣れたハンガリーの所作が、またプロイセンを落ち着かない気分にさせた。
「だから何なのよアンタ、さっきから」
「なんでもねえよ」
すかさずハンガリーにカップに口をつけたまま半眼を向けられて、プロイセンは視線を逸らす。
「何でもないって――私が気になるのよ」
言うなりハンガリーは、ずいっと身を乗り出す。
「だから何でもねえ……って、こら!何すんぶぁっ!」
そのまま両手で頬を挟まれる。
抗議をするも、ぐっと近付けられた顔に逃げ腰になった。
「さっきから不機嫌そうな顔で私を見てたじゃない」
「そんなことね……って、近い近いハンガリーどけって」
不機嫌そうな顔はお互い様だ。しかし視線を逃がしてのけぞったプロイセンにハンガリーが更に詰め寄って、長い髪がプロイセンにかかった。
「何で逃げるのよ」
「バッ――ちょ、おま、止め……」
逃げすぎた体勢がぐらりと崩れる。
「うおっ!!」
「きゃあっ!」
思わず受け止めた体の柔らかさに驚くより先に、やはりプロイセンはげんなりとしてしまった。

「……あ〜……だから止めろっつっただろ」
「あんたがこんな軟弱だとは思わなかったのよ」
人の忠告を無視したくせに、あっさり責任転嫁をされた。しかもオマケとばかりに胸まで叩かれる。
悪びれもなく胸板に手をついて体を起こしたハンガリーは、しかし完全にどかないまま、流れる髪を耳にかけた。思わずその髪の一房を取る。
てっきり叩き返されると思った手は、しかしハンガリーは怪訝な顔を向けたが、それだけだった。
こういうところは変わっていない。そう思ったら、言葉が漏れた。
「ハンガリー……」
「?なに?」
髪を指に絡めては解き、絡めては解きながら名前を呼ぶと、眉を寄せはしたが、返事がある。
「お前変わったよな」
「どこが」
「いろいろ」
「だからどこが」
「あー……いや、だから……喋り方、とか」
「えー?」
例えばコーヒーを淹れる手つきだとか。
どこかのお坊ちゃんを髣髴とさせる穏やかな動きは、自分の知るハンガリーにはないはずなのに。
言葉とは裏腹な答えを胸中で呟いた自分に、いっそうイライラが積もった気がする。
わからないと言いたげに首を傾げたハンガリーの髪を少し強めに引っ張ると、何よ、と視線で睨まれた。

「昔お前、自分を男だと思ってたじゃねえか。ちんちん生えてくるとか」
「それオーストリアさんに言ったらブチ殺すわよ」
「ほらな」
「何よ」
髪を弄られたまま、ぐっと襟元を締め上げてきたハンガリーに口の端を吊り上げると、よりいっそう力をこめられてしまった。
「あいつを意識しすぎて、おかしいだろ」
「な――」
「弱くなったんじゃね?」
「そんなことな――」
柳眉を吊り上げ怒鳴りかけたハンガリーの髪を引いて、噛み付くように口を塞ぐ。
言いかけの台詞を飲み込むつもりで塞いだら、歯が当たって痛かった。
唇本来の弾力を探すように口を動かす。
「――っ、んっ」
驚いたハンガリーの目が間近で大きく見開かれ、ぎゅっと瞑って、また見開かれた。
「――な、に、すんのよっ!」
頭を抑えていたわけでもなく、ただ強く引いた髪と頬に添えた左手は、強い拒絶であっさりと離れる。
睨みつける瞳が少し潤んで見えるのは、プロイセンの願望だろうか。
手の甲で唇を拭う仕草を鼻で笑いながら身を起こす。と、ハンガリーはびくりと体を揺らして立ち上がり、後ずさった。

「ほらな。昔のお前なら、簡単にこんなことさせなかっただろ」
「む――昔のプロイセンなら、こんなことはしなかった!」
「俺は昔からしたかったけどな」
「な――っ」
見る間に顔を紅潮させたハンガリーが言葉にならない声を上げた。
こんなハンガリーにしたの誰だと問うのは馬鹿馬鹿しい。分かりきった答えは、ひたすらにプロイセンをげんなりとさせる。だが、今の表情をさせているのは確かに俺だ、という思いが、プロイセンを立ち上がらせた。
「ちょ……プロイセン、やだ……っ」
「なんで」
「こ、来ないで」
「だからなんでだよ」
少しずつ後ずさるハンガリーに大股で近づけば、その距離はすぐに縮められる。
もう一度髪に触れると、ハンガリーは面白いくらい大きく肩を跳ねさせた。
「やだっ」
どん、と精一杯伸ばされたハンガリーの手が、微かな震えを伴いながら、プロイセンを押し返す。
だがそんなものは掴んで捩じ上げれる程度のもので、抵抗などと呼んでやるつもりはなかった。
「ハンガリー」
「や――」
胸を押す拳が強くなる。

「お前が――」
こんな女みたいな抗いを見せるからいけない。
俺に女だと知られなければ良かったんだ。ずっと。
変わり過ぎたからいけない。
雰囲気に、あいつの気配を纏わせたからいけない。
そのくせ異常なほど無防備に、俺に近づくのが悪い。お前のせいだ。
「す――」
きだ、と続くはずだった台詞と近付けた距離は、不意に開かれたドアから入ってきた空気とともに遮られた。
「――オ、オーストリアさん!」
そこに彼の姿を見るなり、ハンガリーはプロイセンの腕を跳ね除け、まるで飼い主を見つけた子犬のように一目散に駆け出してしまった。
「ただいま戻りました、ハンガリー」
そんな彼女をいつもどおりの淡々とした声で迎え入れる、その態度に腹が立った。
オーストリアの後ろで、これでもかというほど眉を顰めた弟に肩を竦めて笑って見せるのがせいぜいだ。
「オーストリアさん、私、あの、コーヒーを……」
脱いだコートを当たり前のように受け取りながら、しどろもどろになっているのは、罪悪感と焦燥感からか。
そんなハンガリーの頬を宥めるように、オーストリアの長い指が触れる。
「落ち着きなさいハンガリー」
「は、はいっ。すみませ……」
「おや、貴女も飲んだのですね」
言いながら、オーストリアは少しだけ上向かせたハンガリーの顔に鼻を近付けた。
「え? あ、はい。……少し」
その後の行為を思い出してか、尻すぼみになったハンガリーの顎を持ち上げて、オーストリアが口を塞ぐ。

「ん、っう――」
突然のことに、あんぐりと口を開けてしまったドイツを尻目に、ハンガリーの頬を両手で包んで優しくなぞる。まるでプロイセンの触れた部分をそのまま上書きするかのように。
彼に添えられたハンガリーの手も、追いすがるようにシャツを握り締めている。 何度か角度を変えた後で、オーストリアは名残惜しげに舌先だけでぺろりとハンガリーの唇を舐めて開放した。
「……ぁ……」
呆けた声を出したハンガリーの頬をもう一度優しく撫でると、目だけでゆったりと笑んでみせる。
「私はこれで結構です。ドイツにだけ、もらえますか?」
「――へ……? あ、はい! 用意します!」
言われたハンガリーが、我に返ってキッチンへと踵を返した。
その足音を聞きながら、オーストリアは何事もなかったかのような足取りでプロイセンの前を過ぎる。さっさとソファに向かうと、テーブルの上の二つのカップに目を止めた。
迷いなくハンガリーの飲みかけを手にして、唇をつける。
「いらないんじゃなかったのかよ」
「そうですね。コーヒーは」
言ったオーストリアは背中だけで、笑った気がした。
飲み干したカップを戻すと、プロイセンに注がれて、まだほとんど残っているコーヒーカップを手に取った。
いっそ嫌味かと思える彼独特のペースで、カップを持ったままのオーストリアがプロイセンに近づく。
「こちらはいりませんので、差し上げましょうか?」
もう一杯、と小首を傾げてみせる仕草は嵌りすぎて、プロイセンが鋭く睨んだ。

が、オーストリアはハンガリーに向けるのとは真逆の、口の端だけを吊り上げることでそれに答える。
あてつけがましい厚意にプロイセンは鼻で笑うと、オーストリアの横を通り過ぎざま、嗤いを声に乗せた。
「けっ。俺様は欲しいものは奪い取る主義だ。あとで吠え面かくなよ、坊ちゃん」
それから居心地悪そうに二人のやり取りを後ろから見ていた弟に笑顔で手を上げる。
「悪ぃな、ヴェスト。俺先に帰ってるわ」
「なら兄さん、俺も」
「お前はゆっくりしてこいって」
慌てて後を追おうとしたドイツの肩を叩き、さっさと玄関を出てしまう。
「あ〜〜〜……オーストリア……その、すまない」
「いえ。いつものことですから」
ガリガリと頭を掻きつつ、何を言えばと逡巡するドイツに、オーストリアはしれっと言った。
受け取られ損ねたカップを手持ち無沙汰に左手に持ち替え、振ってみせる。
「私はこれを置いてきましょう。ハンガリーもすぐに戻るでしょうから、貴方はそちらでお待ちなさい」
「あ、ああ……」
やれやれといつもどおりの息を吐いて、キッチンへと向かうオーストリアが背を向ける。
背後で戸惑いながらドイツがソファに座ったのを確認して、オーストリアは視線をすっと下へ向けた。

――いつものこと。
自分で言った台詞をかみ締めて、ふと暗い嗤いがオーストリアに乗った。
そう、いつものことなのだ。
ドアを開けた瞬間の彼女の表情が脳裏に過ぎる。
戸惑いと怖れと恥じらいと――。
その中に一欠片の嫌悪がないのはどうしてなのか。彼女自身が気づいていないその理由を、わざわざ問い質すつもりは、オーストリアには毛頭なかった。
「……いつも吠え面ばかりですよ」
だから想いを植えつける。腰を抱き寄せ、頬に手を当て、見えるものを自分だけに限定させる。
いつかハンガリーが気づいたときには、逃れようもないほど計画的に。
呟いたオーストリアの声に、落ち着きなく腰を下していたドイツが気づくことはなかった。


END



ハンガリーさんが実はプーを好きなんだと思っているオーストリアだけど、ハンガリーさんは本気でオーストリアしか見てないとか不毛萌えしてみた。プーは悪友くらいに思ってるから特に嫌悪のない姐さんとか。あああ墺洪的にいたい自虐ネタ!ww
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