背中に送る熱視線




今日こそは。
庭の紅葉がきれいに色づいています、という誘いを受けて渡航したイギリスは、日本の家の前でぐっと拳に力をこめる。手土産に用意したバラの花束は、丹誠込めた自分の庭から剪定してきたものだ。
ふぅ、と気を落ち着かせる為に細く長い息を吐いて、インターホンに指を伸ばした。
高温の弾かれるような音が響いて、しばしの沈黙。それからドタバタとやってくる荒い足音に僅かに心臓が早まる――
「……ん?ドタバタ?」
ふと違和感を感じてイギリスは眉を寄せた。
遠慮と節操のない音のせいで、日本の家だというのに別の顔がチラついてしまい、口元がひきつる。それをいいやまさかと頭を振って追い払おうと試みて、
「ヤフー!待ちくたびれたよピザハットー!」
「何でお前が出てきてんだアメリカァアア!!」
飛び出してきた青年の名前を思わず叫んだ。嫌な予感は当たるものだ。が、呼ばれた当人は悪びれもせず、真っ正面からイギリスを見返してから、不思議そうに首を捻った。
「あれ、イギリス?なんだい君。まだ日本へのストーキング続けてたのかい?」
「ストーキングじゃねぇええ!俺はちゃんと日本にアポ取ってだなぁ…!」
「あああ、アメリカさん、お願いですから勝手に出るのは……はっ、イギリスさん!」
聞き捨てならないアメリカの言いがかりに、正当な許可を得ているのは自分だと胸を張って言いかけたイギリスは、奥からまろぶように駆けてきた日本と目があった。
「――日本っ」
状況を察したのか、いつもは淡白な日本の表情に、さすがに焦燥の色が浮かぶ。
「何でコイツがここにいんだ!」
「何でイギリスがここにいるんだい?」
――再開は甘さの欠片もなく、二人の絶妙なハモリで訪れたのだった。


********


とりあえずお二人とも中へ、と恐縮しながら促す日本に渋々従い、客間に通された。
「……で?」
久し振りに入った畳の茶の間で、出された日本茶越しに嫌でも険のある声が出てしまう。アメリカは勝手知ったるとでもいうように膝を崩して、気楽に携帯ゲームに熱中しているようだった。
その、いかにも慣れた様子に余計胸の底が重くなった。
「で、ですからその…アメリカさんが今朝方突然新発売のゲームが欲しいと来られまして……」
「断れよ」
「それがその、突然いらっしゃいまして……」
「またかっ!」
想像はつく。想像はつくのだ。日本が好き好んで今日という日にアメリカを招いたとは思っていない。
「なんと言いますか、玄関開けたら二秒でアメリカさんみたいな」
「ていうかあけんなよ。居留守使えばいいだろうが」
けれど、他にいくらでも断りようがあるだろうにと苛々の募る頭で思ってしまえば、否が応でも言葉尻がきつくなる。日本が細身の体を縮こまらせて、視線を畳にさまよわせた。
「それが……そういうわけにもいかなくてですね……」
「なんで」
「その……ですね」
「なに」
端的な追求が日本の言葉を追いつめている自覚はあるが止められない。思わず自分に舌打ちしたところで、空気の読めない声が無遠慮に割って入った。
「――日本は俺を歓迎してくれたんだぞイギリス。だから君さっさと帰るといいよ」
「なんでじゃああああ!!」
「あばばばっ!イギリスさん落ち着いて!湯飲みがっ!湯飲みが非常にデンジャラス!!」
だん、と床に足を打ちつけ身を乗り出したイギリスに、日本が倒れかけた湯飲みを体を張ってキャッチした。

***

「……ふぅん?歓迎したんだ?」
ゼイハアと息を吐き出して憤った想いをどうにかこうにかやり過ごしたイギリスは、取りこぼれたお茶をわたわたと拭いている日本へと半眼でぼそりと呟いてやった。
「いえ、あの、だからそれは……」
日本の手の動きが止まる。なのにこちらを見ようとしない態度に、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「あーもう何なんだよ!はっきりしろ!」
「――イギリスさんだと思ったんです!」
「…………は?」
胸座を掴む勢いで問い質して得た回答に、思わずそのままで固まってしまった。
そのイギリスの手に自分の手を重ねながら、けれどもそれを解こうとはせず、日本が、きゅ、と指に力をこめてくる。
「ですから、その……」
小さな声がぼそぼそと続く。
煮え切らない言い方はついさっきまでと同じなのに、何故だか胸に高鳴りを覚える。
視線をさまよわせる日本がいつものポーカーフェイスでないからかもしれない。

「随分お早くいらっしゃることが出来たのかと思いまして――」
「……うれしくて?」
「――――っ」
見る間に顔を赤くして、身を引きかけた日本の手を、素早く手首を掴んで動きを止める。
「へぇ?」
だめだ。可愛すぎて口元がにやつく。隠すついでに日本の指に唇を落とした。
「え、ひゃ、ちょ、イギッ、イギギリスさっ!?」
「人をキリギリスみたいに呼んでんじゃねぇよ」
笑いながら指の合間に舌を這わせれば、日本の体がびくっとはねた。
「ももも申し訳ありまっ、あばばばばっ」
「……ほんっと日本、お前って」
わかりずらい日本の気持ちは確かにわかった。
離れていても、互いに求める気持ちは、やはり何も変わらないわけだ。
胸に灯った熱に、イギリスは日本の手首を強く引いて――

「――かわいいのは分かるけど、俺の存在忘れすぎじゃないのかい?2人とも」
「アアアメメリカさんー!!?」
どがしゃん、と。
湯飲みが派手な音を立てて倒れて割れた。同時に逆の引力でイギリスが盛大に吹っ飛ばされる。
日本がどうやって自分の束縛から逃れられたのかが見えなかった。細腕のどこにそんな力があったのかと目の前に火花を散らしながら、ああそういえばブシだっけ、とイギリスはやけに冷静に考えた。
「……っせえな。いついなくなるかと黙っててやったってーのに、声かけるか普通。空気読め空気!」
憮然としながら、スーツと共に居住まいを正す。
ガシガシと頭を掻きながら、イギリスはいいところで水を差したアメリカにビシリと指を突きつけた。
しかしアメリカも、お返しとばかりに日本を後ろから抱き寄せる。
「君が読むべきだろ!日本はこれから俺と対戦ゲームをする約束なんだよ。君は黙って終わるまで待つかイヤなら帰ればいいよ」
「ばっ――!離せ!帰るわけねーだろ!」
その腕から強引に自分の方へと引き剥がす。
「にほーん!俺と約束してくれたよね?まさかしてないなんて言わないだろ」
猫なで声とはこの声だ。
イギリスがついぞ聞いたことのない甘えた声で、ここぞとばかりに年下ぶるアメリカが、日本の黒髪に顎を乗せて、同意を求める。
「日本!」
「あ、う、ええと……」
「にほんー?」
日本を挟んでの睨み合いだ。
ギリリと内心で歯噛みをしながら、イギリスは分の悪さを悟っていた。
やばい。こういう時の日本は断然アメリカの押しには弱い。
「し、しまし、た……」
「またかー!!!」
案の定両手で顔を覆って白状した日本に、イギリスは思わず頭を抱えてもんどり打ったのだった。

***

ポチポチダダダ、と小さなコントローラーの上を、良く分からない動きで指が跳ねている。極力抑えられたサウンドから、時折何かの爆発音と合成的な呻きが聞こえて、イギリスは胡座をかいた膝に片肘を立てながら、行儀悪く冷めた緑茶をずずず、と啜った。
「いつ終わるんだ」
「うるさいよイギリス。大人しく待てない男は嫌われるんだぞ」
隣で似たような体勢のアメリカがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「待ってただろーが!もう5時間も!」
冷静な応酬に、思わず湯飲みを叩きつけるように置いてしまった。
が、イギリスの売り言葉を買うでもなしに、アメリカは深々と息を吐き出した。
「……ていうか僕のターンじゃないんだぞ。今は――ていうかもうずっとブレイクタイム。やってるのは日本」
「知ってるよチクショー!」
「AABB↑↓B→A…氏ねBA←…!」
無表情に磨きのかかった日本の口から、呪いの言霊が紡がれている。
はああと諦めに似た息を吐いてアメリカが顔を明後日の方へと向けた。
「ああ、ダメだ。ああなった日本は止まらないんだぞ……」
「くっ……オタクめ……!」
「いや、今の彼はゲーマーだよ」
「どっちでもいい!」
目から汗、とはこのことなのか。霞みそうになる視界で、昔日本に見せられたら薄い本の台詞を思い出した。
そうして空しい日の暮れを感じながら、イギリスは既に空になった湯飲みに向かって思わず愚痴る。
「つーかアメリカ、おまえもう帰れよ」
せめて二人でいられれば、最悪真夜中か朝方にはどうにかできるはずなのだ。いっそ頼むと頭でも下げてみるべきか。そうまで思ってしまったイギリスをアメリカは横目でちらりと見やり、おもむろに残っていたお茶を一気に煽った。湯飲みを持って立ち上がる。
「帰るよ」
「――――」
思わぬ素直な返事に一瞬虚を突かれた。
だが、そうか。帰ってくれるのか。空気を読めたか。大人になったな。
色々な感情で感極まり言葉にならないイギリスに、しかしアメリカはイギリスの分の湯飲みもひょいと持ち上げて見せた。
「君が帰ったら」
キッチンに置いてくる、と立ち去る背中に、一気に落胆が襲ってきた。
「何でだチクショー!!!!」
「うるさいですよ外野!静かにしてて頂けませんかーっ!!!」
「日本のバカァッ!!」
追い討ちに顔も見ないで怒鳴られて、愛しいはずの背中に、イギリスは涙に濡れた声で叫んだのだった。



END



副題:かわいそうなイギリスでいいと思います。
1 1