Silvester Waltz クリスマスも終わり、年の瀬を迎える準備は滞りなく。 ニューイヤーパーティーを、今年はオーストリアさんの家ですることが決まってからも、特に慌ただしいということもなく、いつもよりちょっとホストよりな気分を味わいながら、私はゲストルームの準備を済ませた。 他にすることといえば、各国がそれぞれ持ち寄る手筈となっている料理が到着してから、みんなに食器を渡すくらいだ。 いつもどおり、何故か爆破音を響かせながらも彼特製、絶品のトルテも焼き上がって、私のグヤーシュも完成している。 「助かりました。ありがとうございます、ハンガリー」 後はゲストを迎えるだけとなった二人きりの部屋でコーヒーと、それにクリスマスに渡しそびれていたカラーチを食べながら、遅めのブレイクタイムを取っていると、不意にそう言われて、私はフォークを持った手を横に振った。 「そんな。私ほとんど何も出来てませんよ。オーストリアさんのおうち、いつ来てもキレイなんですもん」 私がメイドで入っていた頃から思っていたが、そもそも部屋を汚したままの彼を見たことがない。 軽く埃を叩いたくらいで終わってしまった手伝いを思い返した私に、オーストリアさんは不思議そうに瞬きをして私を見つめた。 「そうですか?貴女の方が綺麗ですよ」 「へ――え?あ、あああありがとうございますっ」 気負いなくそんな台詞を当然のように言われて、思わず顔が赤くなってしまった。 どれだけ一緒の時間を過ごしても、意外にプレイボーイな彼の言動にはいちいち翻弄されてしまう。 うるさく高鳴る心音を落ち着けようと、私はまだなみなみと残っていたコーヒーを一気に呷った。 「ハンガリー」 しまった。飲み方がどう考えてもはしたない。 次に来るだろ苦言と顰められた眉を予測して肩を竦めた私に、しかしオーストリアさんは私の手からそっとカップを取ると、口の周りについていたらしいカラーチの欠片を親指の腹で拭ってくれたらしい。 苦笑しながらそのまま親指を舐めた彼の仕草にドキリとして、された行為に反省する。 ……はしたなさ大全開で申し訳ない。 「今日はあまり飲みすぎてはいけませんよ」 コーヒーは良いですが、と付け足したオーストリアさんが、優しく揶揄するようにそう言った。 二人だけの砕けた気安さに気づいて、私も頬を緩めると、わざと拗ねたように顔を逸らす。 「大丈夫ですよ。ちゃんとオーストリアさんと新年の挨拶したいですし」 「私もです。――どこでします?」 「へ?」 ふと聞かれた声が、いつもの真面目な口調で、私は背けていた顔を戻した。 何を考えているのか、小首を傾げてオーストリアさんが更に言う。 「リビングで?」 ああ、新年の挨拶の話だっけ。 遅れて理解して、パーティーの段取りを思い浮かべる。 「そうですねー……。みなさんカウントダウンはその辺りになると思いますし」 そこかしこで上がり始めるカウントに我先にと便乗して盛り上がる様が目に浮かぶようだ。 その時は私も彼の隣に居られたらいいなと思いながら頷くと、オーストリアさんも同じ光景を思ったらしい。苦笑をこぼしながら諦めたように息を吐き、それからそっと私の髪を一房掬った。 「――あの」 「私は貴女と二人だけでしたいと思うのですが」 嫌ですか、と問う彼の声がやけに艶を孕んで聞こえた。 ゆっくりと丁寧な動作で私の髪を絡めた指を口元まで持ち上げて、許しを請うように髪の先にキスをする。 その動作を思わずまじまじと見つめてしまった私は、また頬が熱くなってきた。 「まっ、まさかっ!あの、わ、私も――オーストリアさんと二人きり、だと、嬉しいですよすごく!」 「それは良かった」 ホッとしたような彼の笑顔につられて、私もえへへと照れ笑いで見つめ合う。 基本的に誰に対しても甘くない彼のこういった甘い言動は、それこそ無意識の直球で、だからこそそれがオーストリアさんの本心だとわかるのが嬉しい。 新しい年も、またこうやって傍にいたいと思っているのが、私の片想いじゃないというのもとても素敵だ。 「ではハンガリー。時間になりましたら私の寝室の――」 「しっ!?しんっ、寝室ッ、ですかっ」 ――と思っていたら出てきた単語に過剰反応してしまった。 え、え、何で寝室?いや別に嫌とかそういうわけじゃもちろんないけど、でもまだみんながいるのに、いきなりホストが寝室はまずいような。 ぐるぐる回る思考を止められない私の前で、オーストリアさんが驚いたように目を丸くした。 「………」 「………」 「……バルコニーで花火を見上げながらシュテファン大聖堂の鐘を一緒にと思ったのですが」 「――え」 すっと視線を泳がせ気味で告げられて、私は一気に血の気が引いた。 オーストリアさんの寝室のバルコニーから。花火に、鐘の音。見える。聞こえる。だって知ってる。 それこそ結婚する前もしていた時も、毎年二人であのバルコニーで寄り添って見上げながら話をしたのだ。ニューイヤーのキスもした―― 「あああああっ、ですよね!そーですよね!大晦日といえば大聖堂ですよね!」 今度は完全に羞恥で血の気が戻る。 何を想像してるの、私のバカ! 一人先走ってしまった発言を何もかも忘れてほしい。 真っ赤な顔で誤魔化そうと大声を張り上げた私の前で、オーストリアさんが咳払いをした。 なんだかさっきから彼を失望させることばかりやっている気がする。泣きたいくらいに恥ずかしい。 いたたまれずにいる私へ、オーストリアさんがもう一度小さな咳払いをした。 きっと呆れた声でお馬鹿さんと言われるに違いない。 せっかく今年最後の二人きりの時間だったのに、もらう言葉が「お馬鹿さん」だなんて―― 「――それは、本当に二人きりになってから是非」 「はいっ!すみませ――……え、あの、はい……?」 私は勢いよく頭を下げながら用意した謝罪の言葉を口にしかけて、途中でハタと顔を上げた。 オーストリアさんが、仄かに垣間見える照れくささを隠すように、半眼で私を見ていた。 「万が一でも、貴女の可愛らしい声を誰にも聞かれたくないですから」 (あああわああああ〜〜〜〜〜っ!!!!!) 何で拗ねたように、そんなあっさり殺し文句を……っ! 照れなのか萌えなのかわからない衝動に血流が激しく巡りすぎて、倒れそうになる寸前、玄関から訪問を告げるチャイムの音とイタちゃんの明るい声が、オーストリアさんの家に響き渡った。 今年最後のプレイボーイ貴族。 |