久し振りの休日。
それがこんなにくすぐったいのは
きっと
これが二人揃っての休日だから――


 君の呼ぶ声

いつもはしっかりと纏め上げている金の髪が、今日は太めのゴムで後ろにゆるく一括りにされている。ハニーブロンドの髪に薄茶色のゴムだ。昨日家に来たときは確か髪の毛下ろしてたよなぁ、とぼんやり考えて首筋で揺れるテールを眺める。
前に潜入操作をした時に買った眼鏡を、押し問答の据えかけさせたら、呆れたように溜息を吐かれてしまったが、それでも外さないでいてくれるのは、自分への愛情だと自惚れてもいいんだろうか。
そう言えば、きっと君は「外すのが面倒になっただけです」とか言うのだろうけど。
まあ実際君が眼鏡を外したら、またかければいいかと思ってたりするのだから、どうしようもない。さっきまで「何で軍の備品をあなたが勝手に私物化してるんですか!」なんて抵抗にもあっていたが、そんなこと。だってコレ、経費で落としていないからな……なんてバレたら蜂の巣か?

私の隣で床にぺたんと座っている彼女の横顔を伺おうと、深く座っていたソファーから浅めに座り直した。どこから持ってきたのか(たぶん私の書斎だろうけど)、装丁のあまり整っていない読みくたびれた小説を読んでいる。アレは、確か、恋愛小説、だったか?
だけど私の私物なんかでは無論ない。
彼女が置いていったものでもない。
いつだったかハボックに「アンタのせいだからなぁぁっ!」と言って司令部で渡されたような気がする。
おそらくアイツの元カノでもハボックの家に忘れていったものだろうが、そんなこと私に言われても困る。というかだな、そんなものをこんなにくたびれるまで読み返して、挙句私にくれてもどうしようもないというものだが。

ざっと目を通したことはあるけれど、どこにでもあるような恋愛小説。
大した捻りも加えられない先の見えるラブストーリー。

「……面白い?」

頬杖つきながら、彼女に尋ねる。
ええ、とだけ。 つれない返事。 集中すると彼女はいつもこうだ。
何となく、二人でいるのにそんなものに夢中になられるのも面白くない。

「そんな恋愛に憧れる?」

また、ええ、とだけ。
あ。これは絶対聞いてないな 嫌な確信が持ててしまった。嬉しくない。
以前に彼女がまだ読んでないとき、ざっとストーリーを説明したら「刺激がないですね」と言っていたくせに。

「現状に不満ってこと?」
「………………」

そうですか今度は無視ですか。
こうなったら思いっきり、話し掛けてやろうじゃないか。

「そういうレンアイしたことあるの?」
「ねえ、リザ? 聞いてる? リザちゃん? おーい」
「前につまんないって言ってたのに? リザ? リーザーちゃーん」
「リザちゃん肩凝ってない? その姿勢で本読むと余計凝るよ……て聞いてないし。 聞いてないでしょ、リザちゃん」
「リザちゃ――」

「――――もうっ! うるさいです、大佐!」

やっと注意を引けたと思ったら、軽く睨まれてしまった。
いやしかし人の家に泊まっておいて、私を無視する君が悪いだろ。
でもそんなことは言わずに、ご機嫌を伺い、本当にガチガチな肩を揉む。
インナーの上から私のシャツを羽織っているが、大きすぎて肩が全然合ってない。
前にそれを指摘したら、「肩幅の合う女性がお好みですか」と返された。
思わず絶句したのを覚えている。
好みだと言ったら、君、本当に鍛えそうで怖いんだよな。
君なら例えそうであっても構わないんだけど……っていや、やはり少しは構うな。君はそのままでいい。というかむしろ、そのままが、いい。

「ちゃんと聞いてましたっ。つまらないなんて言ってないですよ、私」

おやびっくり。 聞いていたのか。
ていうかもう読み終わってるし。

「刺激がないって言ってなかったか?」
「だからって面白くないわけじゃないでしょう」

そういうもんかね。

「どんなにご都合主義でも、物語は物語だから面白いんですよ」

――で、君もそういうレンアイしたいってわけか?
と聞こうと思ったらその前に言われた。

「私は現状で満足ですけど」
「…………」
「大佐?」
「……無意識?」
「?何がですか?」

肩を揉む手を止めたら、軽く首を捻ってこちらを向いてくる。
その顔はヤバい。可愛すぎる。

「まったく可愛いこと言ってくれるじゃないか、リザちゃんは」

そう言って掬い上げるように彼女を抱きしめる。
突然の行為に小さな悲鳴とささやかな抵抗。

「……っその! リザちゃんってのやめてくれませんかっ」
「なんで」

だってそういう反応するからやめられないんだろう。わかっていないところもいい。

「なんで、って……は、恥ずかしいじゃないですか、今更ちゃん付けなんて」
「いや、そうでもないでしょ。リザちゃん。ホラ、別に私は何ともな」
「あなたはそうでも!呼ばれる方が恥ずかしいんです!」

胸の下にある私の腕を一生懸命押さえつけるが逆効果。
その仕草が、余計煽る。
そろそろ学習した方がいいな。有能な中尉にしては、いつも同じ過ちをする。

「あなただってグレイシアに恥ずかしいって言ってたじゃないですか」
「グレイシアに? 何で?」

言ってる意味が掴めずに、胸に回した腕を強める。ようやく抵抗が小さくなった。
それを確認して、顕わになってる首筋に顔を埋める。
ピクッと反応するのがまた可愛い。

「もう子供じゃないんだからって言ってたでしょう」
「だから何を? 覚えてないな」


「――『ロイ君』、て……」


……………………
……………………
……あー、言った。 ウン。 それ言ったね、グレイシアに。
いやでも、まさか君の口から言われるとはね。
確かに恥ずかしいかもしれない。



だが、何だかそれ以上に、



「いいね。そそられた」



だから君、やっぱりそろそろ学習した方がいい。
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