カッコいい



彼女の部屋はいつもシンプルで、特にこれといって女性を象徴するものがあるわけではない。
コテコテと飾り立てたりすることもないし、内装は実にシンプルで質素。
物欲がないというかなんというか。
けれど決して居心地が悪いわけではなく、必要最低限のものがきちんと必要に応じて配置されているところに、彼女らしさがうかがえる。

贈り物はあまり好む性質ではないらしく、彼女に二つ返事で受領してもらえた事は、経験上限りなくゼロに近い。
他の女性なら喜ぶであろう貴金属類(敢えて挙げるなら指輪)に至っては、「仕事の邪魔をする煩わしい異物」に成り下がるのである。
まあ彼女は狙撃手であるからそれは分からないでもないが、何も四六時中つけろと命じるわけでなし、汚物を見るかの如く盛大に眉を顰めるのは勘弁してもらいたいものだ。
いくらなんでも送り主の心を気遣う配慮が欲しい。

そんな彼女の喜ぶものは派手さを抑えた小さな花束。
あからさまに喜ぶわけではないが、きちんと花瓶に飾られる。
お気に入りはドライフラワーという名の殿堂入りを果たすこともしばしば。
彼女の部屋で存在を許されたそれらは、まるで彼女の受け入れの証のようで心に響く。


ある日のこと。
前触れなく訪れると彼女は少々驚きはしたが、外が雨だというせいもあり、追い返される事はなかった。
「何でこんな日にふらふら出歩いていらっしゃるんですか」
彼女が濡れた髪に柔らかいバスタオルを当てて雫を吸い取りながら小言をいった。
「途中で降り出した。私のせいじゃないさ」
大人しく身を預け、降水確率の高さを知っていた素振りは見せずに答えると、
「今日は雨なんです」
と頭の上で溜息をつかれた。
これで君、暫くは私を帰せないだろう?と内心でほくそえむ。

彼女の部屋に進入を果たして見回せば、見覚えのある空間に見覚えのある花束。
そして、見覚えのないガラスのオブジェが視界に入った。
見覚えのある花束が置かれた机の上に不自然に歪んだ小さな透ける球形のそれ。
中に鎮座するクマの置物が、片手に風船を掲げ微笑んでいる。
全てガラス細工のいかにもファンシーな風体だ。
カラフルではないが、どうもシンプルというよりは可愛らしさを感じさせるそれは、彼女の部屋に微妙に浮いた感を受ける。プレゼントしたものではない。彼女が自分で買ったのか?

「……何見てるんです?」
「あれ」
「?ああ、ガラスの?」

ソファーに座らせて髪を拭っていた彼女が、私の視線に気づいて目をやる。
飾られた花束の横に存在を主張するそれをとると、「かわいいでしょう?」と私の手に移した。

「昔のものを整理してたら出てきたんです」
「君が買ったのか?」

言外にいつもの趣向と違わないか、とにおわせる。
が、彼女は何も感じていない表情で「いいえ」と言ってのけた。

そうだろうなとは思っていたさ。
君はまず、クマのオブジェを自ら購入する意思を持つことはないだろうからな。
可愛いとは思っても、それは君の必要最低限のリストの中には入らない。
昔のもの――と彼女は言ったか。
ムカシノモノ。昔の思い出。

「ふーん」
誰からの贈り物、と問えば今度は「昔のヒトです」と言ってくれた。

そうだろうなとも思っていたさ。
君は形あるものを送られるのを好まないが、何だかんだで渡してしまえば、よっぽどの事がない限り捨てるということはしないから。
ただしそれが必要としている人のもとへと度々巣立っていくという事はあっても。

それなのに今私の手の中で無遠慮に微笑を振りまく愛らしいクマは、どうしてここに存在するのか。
送り主が忘れられないなんてセンチな彼女じゃない。
そんなのただ単に思いのほか気に入っていたからに違いない。
彼女に罪はない。モノにも罪はない。
だけど。

――――パリ…ンッ

「…………」
「手が滑ったよ」

フローリングに散らばる透明な欠片を無表情で見つめ言えば、
「すると思いました」
と呆れたように小さな溜息を零された。
片付けようとする彼女を制止して、破片を集め、練成し直した。愛らしいクマの表情まで先程と寸分違わぬ出来栄え。完璧だ。満足げに微笑んで彼女に手渡す。
再び彼女の手で花瓶の横に置かれたそれは、先程よりもこの部屋に馴染んだ気がする。

「モノに妬かないで下さい」
「妬く必要はなくなったよ」

それは私からの贈り物だろう、と言えば、そうですね、と返された。

彼女の部屋はいつもシンプル。
そこには彼女にとって必要最低限のものが必要に応じて配置されている。
彼女の思考は実にシンプル。
終わった過去の思い出を全て消却するような女々しいことは決してしない。
彼女にとって必要ならば存在が許される。ただそれだけ。

だけどちょっと不実だろう。


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