膝やら腕やら、おかしなところに現れる神出鬼没の赤黒い痕をみながら、リザは息を吐いた。 月に一度の日が近づくと、予兆のように現れるソレ。 まるで下手なキスマークだわ。 鏡に映してそっと触れる。痛さはないが、そう思えば身体に小さく、けれども熱く焔がともる。 こんなに身体が疼くのはそれが動物の本能だから。 暑く茹だるような外の熱気が漸く薄れてきた夜に逆らうように、内に熱がともされた。 湯気で曇るガラスを不機嫌な顔で睨みつけて、ロイはそこに冷水をかけた。 汗を流すつもりで浴びたはずが、身体を拭く前に再び流れ落ちてくる不快な雫を流そうとそのまま自身にも浴びせかける。 茹った身体に気持ちの良い刺激。 背中にちりっと痛みを感じてそこに指を這わすと、原因に思い当たった。 軍の簡易シャワー室は改装が必要かもしれない。 壁から生えたささくれを思い出し、ロイの苛つきは倍増した。 Follow instinct 「昨日君は誰といた?」 「……ブラックハヤテ号、です」 ベッドの縁に腰掛けさせてその間に体を割り込ませ足の間を覗き込むと、その体勢に抵抗があるのか、肩に置かれたリザの手がロイの体を押し返そうと力を入れる。 それを意に返さず、ロイは割れ目を覗き込むように顔を近づけ囁くように問い掛ける。 「一日中?この家で?」 「そう……っ、何か?」 触れるか触れないかの距離で紡がれた言葉に、その度に吐息を感じてリザの下腹部に熱が生まれる。 「それはおかしい」 一体何が言いたいのか。 リザには全く検討がつかなかっただが、疑問を口にするロイの言葉にすら、それを発生源として空気が振動し伝わる痺れに、それまでロイを引き剥がそうと突っ張っていた腕に真逆の力を篭めて引き寄せた。この状態はある意味拷問だ、とリザは思う。 「……っ……何故、ですか?」 顔を見ないようにして、少し乱暴にロイの黒髪を掻きまわした。 太腿を撫でさするばかりで肝心な場所には触れてこないくせに、掠めるような動きで体に焔をつけては去っていく素振りを見せるロイに腹が立つ。 ――貴方だってしたいくせに。 眉根を寄せて尋ねるリザに、ロイは口の端だけを上げて嗤うと漸く付け根に口付けて、そのままそこに囁くように唇を動かす。 「電話に出なかった。寝てた?」 ――――オトコと。 言外に含まれた意味に気づいたが、腹を立てるよりも先に与えられた快感で、咽喉が詰まった。 ロイは硬く窄めた舌先でリザの秘部を突付き、ゆるゆると中に侵入すると挿入を繰り返す。 リザの口から漏れる音を聞きながら、その合間にまた質問を繰り返す。 「だがコール音を無視するとは君らしくないな」 リザに電話をしたのは夜半ではあったが熟睡に落ちるほどの時間ではなかったし、例え睡眠をとっていたとしてもリザが家にいて電話に出ないことなどない。 ということは―――― 「気づけないほど夢中だったか、この家にはいなかったか」 「言いがかりは……っん!」 漸く言葉を発したリザに皆まで言わせず、太腿を弄っていた掌を移動させるとそのまま指先を陰毛の奥にさし込んだ。 突然の侵入者に咽喉の奥が引き攣ったような音をたてるのを感じて、リザは黒髪を掻き抱いた。 足の間に顔を埋めて蹂躙を楽しむロイは、リザの様子に満足げに嗤うと、中を掻くように廻し始める。 口唇を上部にある突起に押し付けて軽く歯をたてれば、リザの口から甘い悲鳴が上がった。 「言いがかりとは言いがかりだ。事実だろう?」 「違…っ、あ……や、ん…っ」 声を押し殺そうとリザは右手の甲で口を抑える。 が、それはダメだとロイが腕だけ伸ばしてその手を取り、再び自分の頭に導いた。 縋るものを求めて、リザは必死にロイの髪を掻き回す。 「正直に」 「んん…っ!あ、しょう、じき、にって…っ」 常より高くなっている声音を敢えて無視して、リザは快楽の波間に必死に昨夜の記憶を手繰り寄せた。その間もロイは追跡の手を緩めてはくれない。内部で意地悪く蠢く指と舌の巧みな動きに抗いながら、リザは霞み始めた理性の中で事実を探った。 昨日は早出だったから終業は通常よりも早かった。 次の日(つまり今日)は久し振りの非番だったから、家でゆっくり過ごそうと買物は済ませて帰宅した。それから食事をして、シャワーを浴びて。 夜?昨夜は普通に――――……ああ、そういえば。 「あの子と、散歩、に」 内部で執拗に蠢く感覚に、途切れがちになる言葉を紡いだ。 真夏の石畳の上など、日中は暑すぎてとてもじゃないが散歩には適さないし、第一普段は仕事中だ。どこぞの大佐と違って極常識的な軍人には抜け出して愛犬を散歩させるなんて出来やしない。 そして夕方といえど残暑は厳しい。 体構の低い犬は地面に吸収された熱に弱いのだ。愛くるしい子犬を茹で犬にするのは忍びない。 そうなれば自然、気温の下がった夜を選ぶことになる。 昨夜は確かに遅かったが、今日が非番だと思えばこそ、星空の下で涼みついでに真夜中の散歩へと出掛けたのだ。 「あの子?年下?」 しかしリザの答えはどうもロイにはお気に召さなかったらしい。 顔は上げてリザの方に向き合ったが、指の動きが責め立てるような動きにかわる。 「四足歩行の“あの子”、です……っ!」 寝室を挟んで居間にある自分の寝床でまどろんでいるであろう愛犬を示すが、その言葉にロイは咽喉の奥でくっと笑って、内にいる指先を深く突き立てると、再び突起に舌を這わせた。 「あっ!くぅっ……やっ、んんぅっ!」 「ウソが下手だね」 「――ッは…!ああ…んッ、やあぁっ!!」 噛み締めていたはずの唇から、甘い声が迸る。音を立てて吸い上げられ、節くれ立った指で掻き回されて、背筋を背筋を這い回るような快感にリザは反射的に太腿でロイの頭を抱え込んだ。 「……本当です」 締め上げて軽く引き攣っていた脚の力を緩めロイを開放すると、荒い息をどうにか整えながら言う。 リザの台詞に一瞬疑問符を浮かべたロイが先程の回答だと気づくまでに、妙な間があった。 合点がいって、脚の間から漸く顔を上げたロイが、イッたばかりの、しかし確実に何かを欲するような熱の篭った目でこちらを見やるリザに苦笑する。 「……強情だな君も」 暗い室内でリザの荒い息だけがやたらと耳につく。自分だけが盛っているような気がして、リザはロイを睨みつけた。 「そんな視線は逆効果だよ」 逆効果ならそれでイイ。何でもいいから早くしてください。 ロイの熱っぽい囁きも、瞼に落とされた優しい口付けも、焦らされてるようでやるせない。 「でもまだだ」 やや乱暴に口付けられて、そのままベッドの上に押し倒される。 最初から激しく絡められる舌に必死で追い縋りながら、ロイの背中に回そうとした手を取り上げられ、頭上で一掴みにされた。 何だというのだ。 「まだ、と言っただろう?」 「なん、で……んッ」 いい加減にしてくれと体の内部が叫びだしそうだった。 軽く達して余計敏感になっている下部へロイの存在を主張しているソレが悪戯に擦り付けられる。 両手の自由を奪われて、口腔を乱暴に嬲られて、知らずリザの眦から涙が零れた。 常から言葉で責め立てるのを好むロイだったがこれはやりすぎだろう。 ろくな言葉も出せないままに、せめて舌で繋がった個所だけでも離すまいとリザはロイの蹂躙を受け入れる。限定された刺激に更なる快楽を求め、焦れた腰部が動き出そうとしたところで不意にロイの口が離れた。 「――っん……は…」 拘束していた手を解き互いの唇を伝う銀糸を拭うと、ロイは横たわるリザの額に軽く口付けて下腹部に移行した。 そのまま右足を持ち上げ深く膝を折ると、ロイの肩に掲げられたリザの白い肌が、暗闇にもはっきりと浮かび上がった。太腿をひと撫でし、ロイはリザにも見えるように彼女の下半身を持ち上げる。 「これも四足歩行の彼が……?」 あいている手で指し示された部分に、リザは潤んだ視線をやる。 膝と付け根のちょうど中間あたりだろうか。そこに浮かび上がるのは紅い痕。 いつも散らされる彼のしるしより少し歪で大き目のソレに、リザは見覚えがあった。 ちょうどこの時期になると不規則な場所に現れるソレを、どう説明すればいいものか。 「打ち身じゃないみたいだし、四足歩行の彼は器用だな」 「違います。そ、れは……んッ」 答えも聞かず、ロイは中に入れるでもなく軽く秘唇に唇を這わせ、それだけで潤いを増したそこから繋がる糸をそのままに持ち上げた太腿を舐め上げる。 「浮気者」 見せつけるように舌先で紅い痕をなぞり、それからそこに音を立てて吸い付いた。 リザの脚がロイの肩でピクリと震える。 撥ねる脚を支える腕で抑えつつ執拗に吸い付いて、漸く放されたときにはさっきより確かに鬱血した彼のしるし。 それに満足そうに頷いて肩から外すと、ロイはリザの腰を抱え直した。 「今日まで待てなかった?」 「だから違うと――ンッ!たい、さ・・・…っ!」 「ウワキモノ」 それを貴方が言いますか。 そういってやろうとしたら、指で突起を摘まれて言葉にならない声が揚がった。 ひくつくリザの間に自身を割り込ませ、そそり立ったモノで狙いを定める。 その行為に待ち望んだ快感を期待して、あてがわれた怒張を強請るようにリザの腰が揺れた。 散々焦らされて、指と舌とで溶かされて、それ以上のものを望むリザの身体は卑猥に蠢く。 「あげるよ」 言葉とともに一気に押し入られた圧迫感と待ちに待ったさらなる疼きに、リザの内部が中へ中へとロイを誘う。リザは快楽に一瞬呻いたロイの胸に押し付けていた手を、縋りつくように後ろに回した。 そのままゆっくりと前後運動を開始したロイの背を振動に合わせて優しく撫でる。 ふと、細い指先にリザの知らない凹凸を感じた。そこをなぞると、ロイが微かに顔を顰める。 常にないリザの動きに浅く出し入れを繰り返していたロイが視線でリザを促した。 「ここ……」 「……ああ……ッ、昨日シャワールームでひっかけた」 どこのシャワールームよ。 ロイの返答にリザが内壁を締め付ける。それに苦笑してリザの柔らかな前髪を掻き上げた。 「信じてないな」 そこに傷をつけたであろうエナメル質の凶器を思い浮かべるリザの鼻に口付けて笑う。 リザはもう一度優しく傷口をなぞってから、回した腕に力を篭めてロイの頭を引き寄せた。 こんな痕を残した凶器は、自分の持つそれよりも、きっとキレイで長いのだろう。ロイの耳たぶを軽く食む。 「今日まで待てなかったんですか?」 耳元で吐息と一緒に囁いて、背中の傷に爪を立てた。 リザの知らないその痕が、リザの知ってる爪痕へ。 「――ッく……嬉しいね。ヤキモチ?」 その行為にロイの背にいいようのない快感が昇る。 「まさか――――んッ!!」 貴方じゃあるまいし。続けようとして、けれど突然突き上げられた激しさに、頭の中で火花が散った。 それまでの緩慢な動きが嘘のように、ベッドのスプリングが壊れそうなほど激しく軋み音を立てる。 打ちつけ合う肌と卑猥な水音。 乱れる吐息と繋がった場所から溢れ出す焼き付けるような熱に疼き。 時折低く洩れるやけに艶を含んだ男の声音。 女の薄く開いた唇から止め処なく溢れ出す甘い嬌声は、男の動きを一層高まらせる媚薬に過ぎない。こうした時のみリザから与えられる媚薬を欲して、ロイの動きが加速する。 際限なく弾む声を一つ残らず飲み干して体内の熱に変換させるべく、ロイはリザの口腔を犯した。 求めていた熱の奔流に、無意識のうちに腰に絡み付けたリザの脚が、ロイをさらに奥へと誘う。 それに応えて早まる動きに、打ちつけられる快感にリザは、必死に追い縋った。 塞がれた唇から絡み合った唾液とともに止まらない声が零れる。眦に涙が伝う。 「んっ、ハァッ……!あ…や…ッんん!!」 リザの内部が激しく収斂した。ロイを締め付けて飲み込んで、さらに奥へ奥へ。 ロイが狂おしげに低く呻く。 リザの動きにロイは一度ギリギリまで自身を引き抜いて、最後の一突きは最奥へ。 一気に叩きつけるとリザの口から一際高い嬌声があがり、 白い咽喉を仰け反らせるようにして体全体に緊張が走った。 そのままリザの内部の収縮に導かれるまま、滾る全てを彼女の中へ―――― 「良かった?」 ――中に出して。 ――昨日の男より。 繋がったまま、けれどもリザに負担にならない程度に覆い被さったまま、二つの意味合いを含めてロイが問う。前者はたぶん大丈夫。本当にダメならリザはきちんと言うし、それにダメな日は大体分かるのだ。 「良かったです」 抱き合ったまま耳元で言われたロイの台詞に、リザもロイの耳元に唇を近づけて囁き返した。 馬鹿馬鹿しい勝手な勘違いの所為で散々苛められたけれど待った甲斐がありました、とは口が裂けても言わないけれど。かわりに、 「できればこのまま、もう一度」 しません?と繋がったままの腰を揺らす。 ロイを誘うつもりが、過敏になっているリザの方が反応してしまった。 小さな刺激を感じて、きゅう、と締め付けるリザの動きにロイが再び猛りを取り戻し始めたのを感じる。 「……ッ……ずいぶん積極的だな、めずらしい」 「明日から生理なもので」 「なるほど」 だから待てなかったのか、と聞けば、貴方に言われたくありません、と返された。 どちらにせよ、リザからのお誘いはあまりない。 誘われるまま律動を開始しようとして、ロイは一旦動きを止めた。 「……なんですか……?」 瞳を閉じて再び灯り始めた熱に身を委ねていたリザが、不満げな表情で腰を揺らす。 本当、めずらしい。 滅多にないリザからのあからさまなおねだりの快感に耐えながら、ロイは揺れそうになる腰を押し止めた。 「――平気か?一度……」 出しっ放しだけど、と言外ににおわせて躊躇うロイに、リザは今更と呆れを含ませた溜息を零した。 が、すぐに艶めいた仕草でロイの頬に手を伸ばすと「シャワー、浴びますか?」と聞く。 そう言うくせに決してロイを離そうとはしないリザに、ロイは訝しんだ視線を送った。 「ひっかかるものはありませんよ?」 同じ場所にわざとらしく爪を立てるとロイの耳たぶを口に含む。 ザワリとする快感に苦笑して、ロイはリザの瞳を覗き込んだ。 それから「シャワールームへ」というリザの頬に唇を寄せ、上体を起き上がらせるとその耳元に囁きかける。 「このまま?」 ――繋がったまま? 「このまま」 ――つながったまま。 リザの返答に押し倒したい衝動を抑え彼女の腰を抱え上げれば、重力に従い繋がった場所から溢れ出したどちらのものともつかない半濁した体液が、脚を伝い零れ落ちた。 それすらも新たな刺激としてリザの腰が揺れる。 しがみ付いてくるリザに絡み付いてくるリザ。 誰だか知らない昨日の男にはまさかここまでしていないだろうな、と一回だけ突き上げた。 それに耐え耳元で吐き出される熱い吐息に眩暈がする。 ヤバイ。イイ。 シャワールームまでもつだろうかと考えながらその唇を貪った。 |