私はどうすべきだったのか、今でもさっぱり思いつかない。 What should I do? 私服姿でどちらかといえば私とは正反対のふんわりウェーブに絡む長い指先。 甘くて柔らかくて女の私でさえちょっと摘んでみたら病みつきになるかもしれないと思う程の愛らしさ。ガチガチに凍り付いて食べるのに思わず躊躇して、それでも我慢して食べてみたらこめかみの辺りがキーンとして、眉間に知らず皺が寄って、食べたら美味しいはずなのに何だこれは想像してたのと大分違うんじゃないのかなんて、少し冷静になった頭で考えなければならない私とは全然違う。 だから悔しいとか悲しいとかそんなことは全然思いつかなくて、むしろああ敵わないなぁとかぼんやり思ってしまった。 敵わないだなんて考えるのも可笑しなことではあるけれど。 それじゃあまるで私が彼の恋人で浮気相手の女が自分とタイプが違ってショック!みたいになってしまうけれど、そういうショックとは全然違うこの感覚はなんと言い表せばいいのかよく分からない。 確かに私は彼を好きだけどそれは恋人に寄せる甘やかなものなんかじゃないし、そりゃあ互いに身体を求め合ったりするけれど付き合っているわけでもないのだから、たまたま非番の日に偶然デート中の彼を見つけてしまって目が離せなかった私の行動もよく分からない。 ただちょっとだけ意外だった。 仕事明けのデートとか残業ほったらかしてのデートとか仕事サボってデートとか、そんな彼はしょっちゅうだったしそれが彼だと呆れにも似た疲れと、業務だけは真面目にやっとけアホンダラという苛々は常にあったけれど、わざわざ非番の日中に私服でデートだなんて初めてだったから。 それも私が見たのが初めてだったというだけのことなんだろうけど、やっぱりちょっと大いに意外だった。 別に私と私服で街中デートすることが唯一だなんて思っちゃいないしそこまで思い上がる程馬鹿ではない。 だけどいつもの胡散臭い笑顔全開でマシュマロ(今名付けた)に触れてる彼を見てしまった。 溜まった仕事もないし、仕事のサボリでもない。相手は軍関係者でもきっとない。 これは実にプライベート。 そのお楽しみを私が壊す権利など端から存在するはずもない。 なのになんで近付いてしまったのだろう。 自分のことなのに本当によく分からない。 気付かないならそれで良かった。 私もお堅い軍服ではなくいつものきつく結い上げてる髪でもなかった。 彼の前で一度だけ着た時、「似合うよ」でも「キレイだ」でも「素敵だ」でもなく、「可愛い」と彼が言って、少しだけ私にドキリとさせた白のフレアスカートがマシュマロみたいで自分が少し滑稽に思える。 マシュマロのふりしたガチガチカキ氷なんて甘いのかなんなのか分からないというより結構まずそう。昨夜シャワーを浴びて何となく三編みにしたまま本を読んで、気付いたら寝てしまった所為で、ストレートなはずの金髪がゆるりとウェーブを打っているのもマシュマロもどきで泣けてくる。 気付いたとしても無視をして、明日私をからかえばいい。 私も今はプライベートなのだから。 「エリザベス?」 ギリギリまで彼を見て、過ぎざまに視線を逸らした。 彼は私を見ていなかった、はずなのに。 全然視線も感じなかったし、そう動くであろう彼の気配を全くキャッチできなかった。 軍人としてはかなりヤバメなんじゃなかろうかと思って、今は関係ないと思い出す。 掴まれた腕が焼け爛れるかと思った。熱い。 「――あら、ロイさん」 さも今気付いたかのような台詞。馬鹿みたい。 近くで見るとマシュマロは本当に可愛い。食べたい。彼は食べたか。 くだらないことを思った瞬間、掴まれた腕とは逆の手で彼のシャツを乱暴に引き寄せ噛み付いた。 呆気に取られたマシュマロを視界の隅で捕らえ、流石に些か狼狽している彼の唇をこじ開け舌を捩じ込む。 彼が気付かなければよかったのに。 往来で何やってるの。馬鹿みたい。いや、馬鹿だ。 「痛そうね」 「そうでもない」 マシュマロの手は小さかった。 彼女は思い切り打ち付けたのだろうが、あの時彼は全くたたらを踏むことなくその場に立ち尽くしていた。もしまだ食べていなかったとしたら悪いことをしたかなと思う。 あんなことをして、もう二度と彼はあのマシュマロを食べられないだろうから。 あんなに美味しそうだったのにもったいない。 頬に残るマシュマロの名残に舌をつけると、汗で張り付いて癖のなくなった髪に彼の長い指が差し入れられた。彼の手に導かれるまま唇を重ねる。離した時彼の表情を見るのが少し怖いような気がした。彼の頭がキーンとしてたらどうしようか。マシュマロなら甘いのに。 「驚いたよ。君があんなことするとはね」 「ロイさんが気付かなければ良かったのよ」 「私の所為か?」 「そうよ。デート中に他の女を見るなんて」 「デート中の男に舌をつっこむのはあり?」 「拒まなかった貴方が悪いわ」 「エリザベス」 「なに?」 「店に行かなかったこと怒ってるだろう」 私の身体をぐるんと反転させて、顔を挟み込むように聞いてくる。馬鹿じゃないのか。 熱いものを食べると口を開けて新鮮な空気を求めるように、口を開けてあからさまに彼の唇を求めた。しまった。余計熱い。やっぱり馬鹿だ。 「行ったらいつも閉まってた。君が悪い」 「私の所為?」 「そうだ。開業日くらい教えとけ」 「他のお店で十分お楽しみだったでしょう?」 「時間は潰せたかな」 「ロイさん」 「なんだ」 「今日は開けたわ」 馬鹿みたい。 安い古びた裏路地の一室。真昼間から発情期の猫みたいにギャオギャオ言い合うなんて。 違う道に入るなり、踵を返すなり、黙って通り過ぎればよかったのだ。 そうすれば奇妙に絡まり合う互いの衣服の縺れを気にすることも、動く度に壊れそうなほど軋む音に余計な熱を放出することも、この後着替える服がないのにしわくちゃのぐちょぐちょになることを懸念することもなく、プライベートな時間を過ごすことが出来たのに。 |