「僕は…うーん…強いて言うなら身長、ですかねぇ」
「背、ねぇ。俺そっちは気にしたことねぇわ」
「いいなぁ。で、ハボック少尉は?」
「やっぱ胸」



 選定基準

女のどこを重視するかだなんて、リザが休みの時だからこそできる男たちの本音トークは、あまり褒められたものではないのかもしれない。だから怖いもの知らずなフュリーがロイに話をふったときには、流石のハボックも乗ってはこないと思っていた。
いくら東方司令部、いくら気の置けない仲間内とはいえ、どこから言質を取られるかしれない。
ましてやそれが焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐ともあろう御方の女性の好みともなれば、それこそ壁に耳あり障子に目ありになりかねないのだ。

女性はすべからく美しい。

いつものとおりのそんな台詞でさっさと逃げるか、さもなければ失礼に値すると苦言を呈すだろうと思っていた。だからロイがこの手の話題に意外にあっさり乗ってきたのに、ハボックは些か驚かされていた。

「そんなの決まってる」

目の前の事務作業にも飽きてきていたのかもしれない。
軽く肩を回してペンを置きながら、ロイは二人に向き直ると背凭れに深く身体を沈めた。

「顔だろう?」

さも当然と言わんばかりに告げられた事実に、ブレダあたりが言ったら笑えるのに…と一瞬失礼な思いが浮かんで、ハボックはブルブルと頭を振った。

「顔……なんですか?」

思わず問い返したフュリーの気持ちも分かる。
常日頃から老若(男は除く)女問わずフェミニンな笑顔で応対しているロイの口から、そんな生々しい発言が零れるとは思ってもみなかったのだろう。
憧れを打ち砕かれた市井の女性のような顔で言うのはどうかと思うが。

「何だ?まさか性格だなんて言わんだろな」
「いや、俺は胸で曹長は身長ッス」
「馬鹿言え、顔だ。性格は良ければそれにこしたことはないが、性格が良ければいいなんて、モテない男の負け惜しみだな。胸の形は最高におまえ好みの近所のおばちゃんと貧乳のアイドル、どっちを選ぶ?曹長、君もだ。小柄なジャワ原人と長身のスーパーモデルならジャワ原人を選ぶというのか?」
「……近所のおばちゃんに手ェ出すほど飢えてないっス」
「ぼ、僕もやっぱり相手は同じ人間がいいかと……」

どう考えても無茶な二択だ。そうとしか答えられない。
しかし彼らの返答に満足げに頷くと、ロイは勝ち誇ったようにふんぞり返った。

「やはりおまえらも顔重視じゃないか」
「今の選択肢は顔以前の問題かと思うんスけど」
「確かに顔も一応は見ますけど…でもホラ…えっと、他に、」
「他に?」

悲しいほど一生懸命ロイのフォローに勤しむフュリーを途中で遮り、ロイはまた決まっているとばかりに片眉を上げた。

「胸、脚といって一旦腰に戻って最後は顔だな」
「ぜ、全部外見……」
「何様ですか、アンタ」

視線は少し上向き加減で一体何を想像しているのか。
おまえらは違うのか戯言抜かすなカッコつけるな、と吐き捨てる上官に、ハボックはやたら鈍痛を訴えるこめかみに手をやった。もうフュリーさえ二の句がつなげなくなっているではないか。
ここにリザがいなくて良かったと心の底から今日のシフトに感謝する。
ハボックの嗜好ではないのだが、あの怜悧な視線に侮蔑をこめて見つめられたら立ち直れないかもしれない。

「顔がよければ多少の性格の悪さは愛嬌になるというだろう」
「色の白いは七難隠す、じゃないんスかそれ。ていうか本気で顔重視なんスね……」

それならロイはリザのこともやはり顔で副官に指名したのだろうか。
二人の経緯を詳細に知らないハボックはふとそんな疑問が頭を過ぎる。
まさかそれだけの理由で今まで彼の副官が務まるわけはないし、リザの護衛に関する卓越した銃の腕や迅速丁寧な事務作業、冷静沈着な上官の捕獲、と様々な要素が見受けられるが、それはたまたまオプションとして付加されているだけで、同じ要素をもつ美人が現れたら、ロイはどうするのだろうという漠然とした純粋な好奇心だ。

「……中尉も顔っスか」
「中尉?――彼女の顔を見ない男はいないだろう?」

やはりこの場にリザがいなくて正解だ。
突然出された人物の名に、思わず辺りを窺ってから返答を返す上官に染み付いた悲しい性に同情しつつ、男同士の本音トークは賑わいを見せ始める。

「それに彼女は胸も大きい」
「た、大佐!?」

何で知っているんだと言いたげな顔で上ずった声をあげるフュリーを無視してハボックはつなげる。

「――知ってますよ」
「ハボック少尉!?」
「ほう」

見てれば分かるでしょ、そんなもん。俺のボインセンサーがしっかりキャッチしちゃうんですって。
だから笑顔で発火布に手を伸ばさないで下さい、と心中泣きたい気分になった。
どうにか矛先を戻そうと、平静な振りを装いつつ密かにフュリーの後ろに回りこめば、青褪めたフュリーに笑顔を向けたロイが小さく舌打ちしたのが聞こえた。

「じゃあ例えば中尉が二目と見られないような顔になったらどうするんスか?
 そんでそん時に美人で有能で信頼の置ける部下が側にいたら?副官乗り換えます?」
「中尉が二目と見られないような顔になるわけないだろう。よってどうもしない。以上」
「だから例えですってば!
大怪我して顔がひしゃげるとか大火傷するとかサメに喰われるとかして、今の顔じゃなくなったらって話!」
「ハボック少尉、サメはちょっと……」

最後の例はかなり苦しかったんだから突っ込むなよ、と視線で訴える。
そんなやり取りは全く無視して、ロイはふと視線を廻らせてからおもむろに口を開いた。

「――だからそれで何で中尉が二目と見られない顔になるんだ?」

わけが分からん。
そう言いたげな視線がハボックとフュリーに注がれる。
少し小首を傾げて聞いてくるこの黒髪の上官は、本気で分からないと言いたいらしい。
そこにからかいや小馬鹿にしたような表情は微塵も感じ取れない。
実戦経験においてフュリーは勿論、ハボックの比ではないはずのロイだ。
『二目と見られない顔』なんて、それこそ数え切れないくらい目にしているはずなのに。

つまりアレ?
中尉の顔が世間一般にいう『二目と見られない顔』だとしても、大佐にとってはどうでもいいわけね。
アンタにとって重要なのは『顔』。そんで『胸』『脚』『腰』だっけか?
それって要するに、『中尉の』 顔で、胸で脚で腰ってわけで。

結局一番重要なのは、彼女かどうか。
あーもうなんっか、どっと疲れたぞ俺。

そんな顔中に疑問符を貼り付けた顔で見ないで下さい。
紡ぎだされたロイの台詞に、フュリーは暫く考え込んで、その意味に首まですっかり茹で上がってしまったではないか。
ハボックでさえ、銜え煙草の所在が一瞬分からなくなってしまった。
火がついてなくて良かったと、執務室を後にしたとき憐れな相棒を拾い上げた。






「……大佐って、何か、ホントに、すごい、ですよねぇ……」

自分たちから振っといて、実に尻切れトンボな会話にロイは甚く不満が残っていたようだが、これ以上話していても、明日リザにどやされるだけになりかねない。
随分くだらないネタで話し込んでしまったと、自分たちにも残されていた残務処理に取り掛かりながら、ハボックはフュリーの顔を見た。
先程の会話を思い出したのか、茹でタコは卒業できたようだがそれでも早取りトマトくらいの顔で片頬を掻いている。

「すごいっつーか、ありゃあ……」

完璧中尉中毒じゃん。



彼女以外は見えてない。
いくら厳格な選定基準を設けても、それが適用されることは端からない。
それにロイ自身全く気付いていないのだからこんな手に負えないことがあるか、と思う。
彼にとって彼女の存在は常習性にお気をつけ下さいのレベルはとうに過ぎ去りしオハナシらしい。

禁断症状にお気をつけ下さい。

ハボックは心の中で無能な上官に手を合わせた。

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