あの場でへたり込んでしまわなかったのは賞賛に値すると思う。 選定基準 ** sideB 別に折角の休日にどうしても取りに来なければいけない緊急の書類だったわけじゃない。 だが別段することもなく、たまにはウィンドウショッピングでもと街へ出て、たまたま司令部の近くを通りかかった時にそのことを思い出しただけで、全くの偶然だったのだ。 書類を片手に歩いていたら聞きなれた声が聞こえてきて、何とはなしに近寄ったら、会話の内容に女が入ったら白けるかしらと、入り口で逡巡する嵌めに。 一度ノックをする機会を逸してしまったから、次のタイミングは逃すまいと聞き耳を立てて、入れる隙を窺ってしまう。 それにしても、また随分と肩の力を抜いたトークをするものだと、苦笑を禁じえなかった。 「僕は…うーん…強いて言うなら身長、ですかねぇ」 フュリー曹長にはなんとなく納得。 普段自分よりあきらかにガタイのいい男たちに恵まれた職場にいるので、特段意識する必要性を感じていなかったが、言われてみればそうかもしれない。 頭二つ分も下に見える相手なら、キスするのにどれだけ時間がかかるか知れない。 その手のことに積極的な方ではないから、私が屈みこむ必要性があるとちょっと困る。 ……きっとそれとは別に男は特有の矜持やら何やらで、身長差というのを強烈に意識し易い生物なのだ。それは女の私にも理解できる。 「やっぱ胸」 胸の大きさを好みに入れるハボック少尉には全く理解できないのだけれど。 彼は外見も中身も、仲間として異性として、とてもイイ人なのに、結構本気でこういうことを考えているから、いまいちモテきれないんじゃないかと思う。 大佐へ質問が振られた時、自分が犬なら絶対耳がピンと立ってしまっただろうことが容易に感じられて、誰も見ていないのに気恥ずかしくなってしまった。 妙な期待をしてしまったのは、休みで私服でプライベートだからなんだと、胸中で言い分ける。 どうせフェミニストな彼のことだ。 好みの女が好みなんだとか言って、のらくら逃げる気がする。 「顔だろう?」 ………………。 至極真面目な声で聞こえてくる彼の持論は須らく外見で。 自身たっぷりな物言いに変な例え話もあの人らしくて溜息が出そうだった。 変に期待してしまった自分が情けない。 聞くんじゃなかったと少し後悔して、腕に抱えていた資料を持ち直したところで少尉の台詞―― 「……中尉も顔っスか」 ――人が不在なのをいいことに勝手に話題に出すなんて。 しかも絶対私がここにいるなんて知れたらあり得ない会話だわ。 「じゃあ例えば中尉が二目と見られないような顔になったらどうするんスか? そんでそん時に美人で有能で信頼の置ける部下が側にいたら?副官乗り換えます?」 くだらない質問だ。 二目と見られない顔なんて個人の主観以外の何物にも判断できない基準ではないか。 と思ったら大佐のそれを上回る変な例えで具体例が出た。 ハボック少尉らしい。 大怪我、大火傷、サメ――? 最後以外は意外にあり得る状況で、大佐の例えより現実的なところが面白い。 でもやはりくだらない質問。 そんな状況、二目と見られなくなるのは顔だけのはずがない。 運良く命があったとしても、彼の目指すものの足枷にしかならない。 乗り換えるに決まってる。そうでなくては困る。 ただ普段から君の顔が好きだとかその目が堪らないとか言ってくる大佐だから、もしかしたら悩むふりくらいしてくれるかしらとくだらない思いで、そこから離れずにいた。 でも最後には嫌味なほど清々しい声音で本音を言ってくれるだろうから、それを聞きたいという子供っぽい好奇心があったことも否めない。今更だけども、駒の覚悟にするために。 「――だからそれで何で中尉が二目と見られない顔になるんだ?」 だのに、聞こえてきたのは思いも寄らない意外な即答。 一瞬の空白――――――――――心臓の爆発。 顔、部下としての存在、駒である私、使えない状況。 当然のようにそれがどんな状態なのかなんて、今まで私たちが散々見てきた、あるいはそうさせてきた者たちの末路は浮かんだはずだ。 なのに、なんで。 こういうとき、たまに思ってしまうのだけど、彼は自分の台詞に無責任だ。 言葉の持つ意味を把握しきれていないのだと思う。 性質が悪い。 足音を立てないようにと変に冷静な気を配りながら、逃げるようにその場を離れた。 言葉の意味を理解して、分解されて。 中途半端な錬金術は使用を控えてもらいたい。 錬金術師でもない私が、どうやって再構築すればいいの。 |