「もし私が見合いで結婚したらどうする」 例えばそんな。 基本的に何をしてでも上に行く覚悟があるかと問われれば、勿論彼はイエスと答えるだろう。 だが生憎、ロイは自他共に認めるフェミニストだ。 後ろ盾を必要とするかわりの人身御供的な妻は欲していない。 それを踏まえて婚姻を結ぶというのなら、それは「見合い」という形式での出会いを指すのであって、その実そこにきちんと彼の心が存在しているのだと思う。 だからどうするも何も、リザにはどうしようもない事柄だ。 「あら、おめでとうございます。お相手はどちらのご令嬢ですか?」 「仮定の話だ、仮定の!もし!仮に!万が一!」 「……もしも?」 ぼんやりと背中合わせのロイに首を傾けてみる。 今日は天気が良いので、少し開け放した大きな窓から入る日光が気持ちいい。 忙しない毎日に追い立てられて、非番の日にこうして二人、日光浴が出来るとは思わなかった。 シャツ越しに伝わるロイの体温も気持ちが良すぎて、リザの頭がロイとの会話をきちんと整理できていなかったのかもしれない。 祝辞を述べたら、ロイの背中が覿面に強張った。 ――――もしも。 「そう、もしも。私がどこぞの将軍様から御令嬢を宛がわれた場合」 宛がわれてしまった、ということはロイにはその気がなかったということか。 半ば強制的な結婚が、そうそう上手くいくとは思えないのだが。 それに第一、上からの命令とはいえ、好きでもない女と大人しく籍に収まるような可愛げのある男だったか。意外にロマンチストなロイの真意はどこにある。 「愛はないんですか」 「さあね。ああでも長くいれば家族愛は生まれるかもな」 「……」 ふん、と鼻をならしてロイが言う。 ―――― 長く、いるのか。 リザは静かに瞼をおろして、ロイの背中に体重をかけてみる。 そうして仮定の話を反芻した。 後ろ盾と本来の実力で順調に駆け上がるロイ。 その後ろに控える自分と、傍らにいつも在る妻の姿を。 家族愛は、時として激しい熱の奔流を孕む恋愛よりも厄介だ。 穏やかな愛情は、ロイを温かく包み込んでいくのだろう。 「仮定の話は嫌いか?」 「いえ別に。戦略の基本ですから」 黙り込んでしまったリザに、ロイが言葉をかけた。 それには即答で否定して、少し体をずらす。 日光に当てすぎていた所為か、少し頬が熱い気がした。 「なるほどね。で?この場合、君の取るべきルートは?」 「心からの祝福を」 「――……」 ロイがそれでいいというのなら、他に何を言う必要があるのか。 ぴくりと動くロイの背中を押さえつけるように、リザは自分の体重をかける。 見合いだろうと恋愛だろうと、本当に彼がパートナーを決定してしまったら、ロイの家でロイの背中で、こういう遣り取りも出来なくなるのだろうか。 そう思うと、少しでも長く、こう出来る間にロイを感じていたいと思った。 体を横にずらして、頬を背中にあてた。 着痩せするロイの筋肉質な背中に指で触れる。 太陽の恵みを吸収したロイのシャツが、冷たいリザの指先を優しく温めていく。 肩甲骨がキレイなのよね、とロイの背中を思い出して、顔だけシャツに沈み込ませた。 「その証として、私もお見合い結婚してしまうかもしれません」 「何を、」 「そのうち子供が生まれたりして、愛のある家庭ですくすく育つんです」 「――ちょっと待て」 「ああ、大佐のところのお子さんと仲良くさせて下さいね」 ロイがこちらに向き直ろうとしているのが分かったが、しっかりとシャツを掴んで早口で言った。 夫になる人に多くは望まないが、せめて黒髪ではないといい。 「そうして休みの日に子供と日向ぼっこをしたりするんです」 子供の背中に顔を埋めて泣いたりなんか、出来るわけがないのだけれど。 鼻腔いっぱいに綿と太陽と、それから親しみ過ぎた臭いを吸い込んで吐き出した。 「…………」 「…………」 ロイからは何の言葉もない。 ああそうだなとでも笑ってくれればいいのに。 僅かに衣擦れの音、それから少し遅れて、ロイ身を動かしたのが分かった。 声をかけようとして、やはりぼんやりとしたまま、背中越しにロイを振り返る。 「……何の証だ、それ」 ロイの声は掠れていて、極々小さすぎた。 見える横顔は眉根がこれでもかというくらい寄せられて、強く握り締められた拳の甲がロイの口元を覆っている。だから余計に聞き取り難かった。 だらしなく胡座を崩したような格好の背中が徐々に丸められて、リザの寄りかかっていた部分がなくなる。仕方なしに体勢を変え、四つん這いで、そろりとロイの前に歩み寄った。 もうつむじしか見えない。 「仮定の話ですよ、大佐」 自分で振った話題のくせに。 不規則な呼吸音を落ち着かせようと、リザはロイの髪に擦り寄った。 黒い髪はリザのそれより遥かに熱を吸収してあたたかい。 黒い瞳も、もしかして熱を吸収しすぎて、だからまわりが赤くなっているのだろうか。 リザを窺うようにちらりと見せられた瞳を見て、男の癖にやけに色気のある顔だと思った。 確かめるように目元に唇を寄せようとして腕を伸ばす。 不意にロイの拳が解かれ、リザの腕がつかまった。 首筋にちりと痛みが走る。 「本気だったら噛み付いてやる」 「……もう噛んでるじゃないですか」 首筋に感じる生暖かい熱に、何故か胸が圧されて、リザはロイの頭を掻き抱いた。 徐々に下がるロイの頭を離せない。 鎖骨を食んで、それからその少し下に強めに噛みついたロイが、は、と息を吐く。 そこに額を押し付けて呼吸を整えたロイが、ゆるゆると再び伸び上がって、やはりだらしなく崩したままの足の間に、リザをぎゅうと押し留めた。 |