** 悪ふざけ ** 背を向けた途端に抱きすくめられて、リザは思い切り眉をしかめた。 「私が何をしたいかわかるか?」 お構いなしに耳朶に唇を寄せて囁かれる。 この体勢ではリザからロイの表情を窺い知ることは出来ない。 だが馴れ親しんだ声の調子で、からかいの度合いが高い雰囲気を察して、リザの眉間の皺が深くなった。仮眠室でなんて、ふざけるにもほどがある。 「…私が何をされたくないかわかりますか?」 「セックス?」 だから悪怯れもせず言ったロイの額を、背を向けたままで思わず殴ってしまった。 思いもよらないリザの反撃に、ロイが呻いて額を押さえた。その隙に腕を解いて向き直る。 「――っつー…酷いな。痛いじゃないか」 「大佐――」 自分の行為を棚にあげ、不機嫌さを微塵も隠そうとしないロイに呆れる。 恨みがましく睨んでくる視線を真っ直ぐに見返しながら、リザも負けじと低い声で威嚇した。 「悪ふざけがすぎるようでしたら、もっと痛くしますが」 「もっと気持ち良くしてやるから大人しくしろよ」 くっ、と喉の奥で嗤ったロイに腕を引かれた。 「――んっ!」 そのまま噛み付くような唇が降ってきた。思わず引き結んだ口唇は、ロイが指で乱暴にこじ開ける。 いつものように優しく舌先で伺いをたてたりはしてくれない。力任せに開かれた中に、ロイの舌が無遠慮に蠢く。 吸われて押しつけて甘噛みされて、リザの自由はロイの舌先にいいように弄ばれている。 「っ…、…ッ」 上手く息の吸えない苦しさに、リザの手がロイの胸を叩いたが、うるさいとばかりに手首を取られて、 そんな些細な抵抗も封じられただけだった。 足が震える。もちろん恐怖心は欠片もない。 だからこれはロイの無理矢理なキスによる酸欠のせいか――それとも、ぞくりと走る快感のせいか―― 「――っ」 カクッと膝の力が抜けた。備え付けのベッドの端に足が当たって、そのまま倒れるようにもつれこんだ。 ベッドマットに沈んだ頭の横に、ロイの手が置かれた。 ぎ、と軋むスプリングの音が、場違いなほど優しい金属音に聞こえたのはどうしてだろう―― ロイの舌が、ちゅと小さな音をたててリザから離れた。 「…っ、は、…ぁ…」 ずっと閉じていたせいで薄闇に慣れない瞳を開けると、すぐ目前で、ロイが額の髪を梳いてきた。 無意識に差し出していた自分の舌先とロイとの間に、名残惜しげに繋がった銀糸が不意に視界の隅でちらついた。 「――!」 慌てて顔を背けながら、リザは手の甲でそれを拭う。 「――気持ち良かっただろう?」 そんなリザをさも愉しそうに見下ろしながら、臆面もなくそう聞かれて、リザはカッと顔が熱くなった。 「ば…馬鹿なことを言ってないで、早くどいて下さいっ!こんなところ――」 「『誰かに見られたらどうするんです』?」 言おうとした台詞をロイに取られて、リザはぐっと言葉に詰まる。 退ける気はないといわんばかりに、ロイが体重をかけてきた。押し返そうと突っ張った手が痛い。 「さて――どうしようか?」 「大佐ッ」 舐めるように視線を細めたロイに低い声で迫られて、リザは飲まれそうになる本能を内心で叱責しながら、唸るように声を荒げた。 ――と、ロイがおもむろに体を起こした。 「冗談だ。大きな声を出すな馬鹿者」 「あ――すみませ…え、な…」 急に真面目な声でそう言われて、リザは咄嗟に謝りかけ――しかしすぐにベッドの上に跳ね起きた。 その言い分はあまりにリザに理不尽すぎる。 「何を――!」 「――だから」 「――ふっ」 文句を言い掛けたリザの口を、ロイの手がぴたりと覆った。 大声を出すな、ともう一度耳元で念を押されて、リザはかわりに睨みあげた。 それにロイ はふっ笑うと手を離して立ち上がる。 「…悪ふざけが過ぎます」 「つい、な」 ドアへと向かうロイはそう言うと、リザを振り返った。 まだ何かする気だろうか。思わず身構えたリザに、だがロイはにやりと口角をもちあげると、 「君があんまり気持ち良さそうだったから調子に乗った。謝るよ」 「なっ――」 リザの声が喉に張りつく。 「大佐ッ!!」 今度こそ叫んだリザの抗議は無視して、ロイの体は素早くドアの向こうへと消えた。 「――ッ」 遠ざかっていく足音が、ロイの笑い声に聞こえる気がして、リザは掴んだ枕を閉まったドアへと投げ付けた。 さっきのキスも消えるようにと、唇も乱暴に擦りあげる。 だが押しつけた手の甲の感触で、違う記憶が浮かび上がった。 自分のものとは違う、少しカサついた、それでいてやわらかい熱い唇―― 「――最悪」 リザは小さくそう呟くと、ベッドへ横になり体をまるめた。 本当に時間がないときに毎回毎回、こんな――中途半端に煽るようなことをしないでほしい。 眉間の皺が常駐するようになりでもしたら、どうしてくれよう。 寄りはじめた眉間をぐっと押さえて伸ばしながら、リザはかわりに下唇を噛み締めた。 |