Please let me protect XXX.――5





ほのかな明かりが照らすだだっ広い室内に、重い音が木霊する。
狙撃手とさして離れてもいない距離で、壁に背を凭れかけて、揺ぎ無い動作で照準を合わせるリザを見つめた。
背中に伝わる壁越しの振動と直に鼓膜に響く重低音で頭の奥が痺れている気がする。
どのくらいそうしていただろう。
間断なく連続で放たれていた檄鉄の音が止んだ。


「――さて、行こうか?」
「……本気だとは思っていませんでしたが」
「甘いな」


既に軍服を脱いだロイが拍手の合間にくつくつ笑うと、リザが苦虫を噛み潰したような表情を返した。


「大丈夫。そんなに遅くまで付き合わせる気はない。安心したまえ」
「ですが……」
「じゃあ上官命令」
「……はい」


射撃の腕は以前と全く遜色はないらしい。
リザには着替えてくるように命じ、スコアに目を通したロイは感嘆の声をあげた。
先月まで休息を得ていたブランクを感じさせない。
実はロイが知らないだけで、彼女はこの一年間、毎日いつものように射撃練習を怠った事はないのではないかとすら思える。
そんなことはあり得ないのだろうけども。

一人で硝煙の薫るこの場所に佇んでいると、性懲りもない想像の波に飲み込まれていく気がする。
女々しいな――
どうすることも出来ないと認識しているというのに。


「大佐?」


ふと笑い出しそうになったロイの後ろで、着替えを終えて戻ってきたリザの声が聞こえた。




* * * * * * * * * * * * * * * * * 




カウンター越しのほの暗いカクテルバーで二人過ごすなど、本当に久し振りだ。
職場でのリザは、まるで何事もなかったかのように、いつもの冷静沈着で鬼のような書類の束を抱え
無遠慮に執務室を往復したし、減らない山に辟易したロイがどこへ逃走しても、必ず銃弾が生命線ギリギリを掠め飛んでくる。
腹心の部下たちも、ロイとリザ、そしてハボックの関係を知ってはいるのだろうが敢えて口にはしない。
そもそも初めから二人の関係を確定付けるものがなかったのだから、当人同士が何事もなく過ごしているなら、
他人がどうこう言える性質の話でもないのだが。

しかし中央に戻って以来、仕事はそれなりに忙しくこうして会う時間はほとんどなかった。
そのせいかどうかは断定できないが、リザが戸惑っているような気がする。
グラスの中で爆ぜる炭酸の音を聞きながら、他愛もない会話を交わす様子はどこか心ここにあらずといった感じだ。
やはり何もないと言い切れる精錬潔白な関係ではないのだから、色々と気になるのだろう。


「そんなに警戒する必要はないんじゃないのか?」
「警戒――なんて」
「ここでどうこうするわけないだろう。もう少し信用したまえ、君の上官を」
「……ここじゃなきゃするんですか」


ロイの軽口に反応して、リザの口に笑みが乗った。
心地いい、と感じる。
こうしていれば赴任前と何も変わった感じを受けない。
そもそもロイの赴任中に幾度も遣り取りを繰り返した時も、なんら変化はなかったのだ。
いや、実際にはあったのだが、リザはそれをロイには見せなかった、というのが正しいか。
リザの中で、果たしてロイがどう位置付けられているのか、今更すぎて聞くことが出来ない。


「君の腕は相変わらずだな。久々に見惚れさせてもらった」
「まさか本当に撃ち終るまで待たれるとは思いませんでした」
「待つといったら待つんだよ、私は」
「…………すみません」


一瞬、嫌な空気が流れた。
ロイははっとして、自分の口を覆う。


「そんなことでいちいち謝るな。責めてるわけじゃないし、そんな理由もない」
「そう――ですね」


グラスを手の中で遊ばせながら、またリザが小さくすみませんと呟くのを、ロイは苦笑して聞き流した。
律儀な女だと思う。
明らかな子供じみた嫌がらせのようなロイ単独での赴任が決まったとき、必ず戻ると言ったロイに、リザは確かに言ったのだ。
『お待ちしています』と。
何を待つのか、明確な目的語はなかったし、わざわざはっきりさせたいわけでもなかった。
しかしここでの謝罪の意は、大方「他の男に惹かれて」だろうか。
そんな理由など、どこにもないというのに。
リザがなまじ女でロイの部下で、ロイとの間に肉体関係を持たせてしまったが為の罪悪感を背負わせる為に
抱いたわけではないのだ。

あんな気の狂いそうな極限状態の下でなければ、リザが簡単に男に体を開くわけではないことくらいロイにも分かる。
そしてそれが三流以下のハクロ将軍あたりでは起こり得なかった事実だという自負もある。
ロイはリザだから求めた。
自分を繋ぎ止めるたった一つの手段として。
そしてリザはそれを受け入れた。

リザにロイとのことを忘れろというのは無理かもしれない。
こうしてプライヴェートに酒の席につくことも、リザには心的苦痛を与えているのだろうという自覚もロイにはあったが、
それでも二人で話がしたいと思った。
それは赴任先で、リザから送られる書類を読んで、定期連絡の電話の後で、
ずっと願っていたことだった。
リザがロイにある種の罪悪感を持っていることはロイにも罪悪感を抱かせたが、
それが誰も入り込めない二人だけの共有部分だと思うと歪んだ独占欲が少しは満たされた気になる。
なんとも馬鹿らしいことだ。
人のモノ、といったらリザは怒るかもしれないが、そうなってしまったというのに、
それでもいいから本当は抱きたいなんて、それこそ本当にどうしようもない。


「ところで、君、子供の写真とか持ち歩かないのか?」
「――ありませんよ。あっても見せません」


泥沼に陥りそうになる思考を何とか押し止め、ロイが話題をふった。
まさかその手の話題を、こうも軽く持ち出されるとは思ってもみなかったのだろうリザは、軽く瞠目して、
しかしはっきりと拒絶の意を示した。


「いいだろう別に、写真くらい。減るもんでもあるまいし」
「絶対に嫌です」
「何でそんなに否定するかな。傷つくじゃないか。――ハボックは見たよな?」
「……それは、そう、ですが」
「そんなに構えるんじゃない。君は何も悪くないんだから」


再び謝罪の言葉を漏らしそうになった彼女に苦笑して、ロイは一息にグラスをあおる。


「興味があるんだ――君の、子供だから」


言って、困ったように笑った。
それは本心だった。









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