Please let me protect XXX.――6





ハイハイが上手くなったとか、最近言葉を覚えただとか、乳幼児がいる親としての話題をリザはまるでしない。
それは勿論ハボックも同様だったし、ロイの前ではしかねるというのも当然だろう。
リザとの関係を少なからず知る仲間たちが、ロイの前で避けているのかもしれなかったが、
未婚の副官が妊娠、出産までして、その後の情報が風の便りにも届かないなんてむず痒い以外のなにものでもないではないか。
それでいてリザの勤務態度に子供や家庭を臭わせる一切が欠如していれば、
どこかで確認したくなる。

リザに似ているのだろうか。
だとしたら感情表現に少し難が出るかもしれない。
だがしかし、その中に潜む本心を覗かせる表情に気づいたら、きっと最高な気持ちになれる。
そこまで考えて、もう一つの遺伝子が浮かび上がった。
――嫌味なほどのロイにはない金髪がちらつく。
どちらの髪色かなんて考えるだけ無駄なことだ。
両親がブロンドなら、最高にキレイなブロンドの子供になってしまう。
ロイの子ではあり得ない色素の配色で、リザに良く似た子供が微笑む。
なのにそれが泣きそうなくらい愛しい。


「……自虐癖でもあるのかもしれん」


答えあぐねているリザの隣でロイは思わず呟きを零した。


「出るか」
「――あ……はい」


そろそろお開きにしておかなければ。
自分の痛い想像を止める為と銘打って、ロイの言動に可哀想なくらい忠実な部下を傷つけてしまうかもしれない。
数多くの女性をエスコートしてきた優雅さを嫌味なほど露呈して、恭しくリザの肩にコートを滑らせた。





* * * * * * * * * * * * * * * * * 





冷たい夜風が奇妙に開いた二人の間を吹き抜けて、さらに寒さを助長する。
最初の約束どおり、そう遅い時刻ではなかったが、
季節がら暗い夜道を女性の一人歩きで返すわけには行かない、とロイは半ば無理矢理リザの隣を陣取っていた。
せっかく執務外で会える時間を、もう少し長く留めたかった。
リザがどう思っていようとも。


「――今日は彼女の…グレイシアの家に泊まるんです」
「さっきも聞いた。そんなに牽制しなくても、上がり込むつもりはないよ」
「そんなつもりでは」


会話が途切れがちになる。
人気のない街灯の下では、澄んだ空気の中に場違いなムードが重苦しく纏わりついているような気さえしてくる。
職場では変わらない二人の距離が、一歩外へ出ただけでやはりこの妙な空間分が縮まることはないのだと思うと、
胸が締め付けられた。
初めて抱いた朝ですら、こんな息苦しい距離を感じることはなかったというのに。


「……リ…中尉」
「はい」
「――――――のろけてもいいぞ」
「……は?」
「のろけても、いい」


突然の台詞に、リザが間の抜けた声を出して、ロイを見上げた。
そんな彼女の顔を見ずに、ロイは黙って前を向きながら続ける。


「私に気を遣わないでいいんだ。君があいつを想うならそれで、いいんだ」
「……いい……?」
「ああ――――だから。
 腫れ物に触るように避けなくてもいい。あいつのことも。……子供のこともだ。
 どういう経緯が君らの間にあったのかは知らんが、君が後悔しないというならそれでいいんだ。だから――」


言いたいことが上手く伝えられないジレンマに緊張する。
気づかれないように息を吐いて、ロイは歩調を緩めた。
どう受け取られるのだろうかと考えると、まともにリザの顔を見ることが出来ない。




「――――そばにいてほしい。今までどおりに」




おかしな台詞だと、口にした途端ロイ自身笑い飛ばしたくなった。
これではまるで、的外れのプロポーズではないか。
または肉体関係の継続を求めるふざけた男か。

しかし他に言うべき言葉が見つからなくて、戸惑いが知らず剣呑な視線となって視界を射抜くように睨みつけた。
隣を歩くリザの無言が、なおさらそれに拍車をかける。
無論、抱きたくないわけではないが、まさか無理に犯したいわけではない。
だがこれでは余計な警戒を強めるだけかと、嘆息しようとして、


「…………ても?」
「え?」


消え入りそうなリザの声音に、ロイは反射的に彼女の顔を振り返った。
俯く視線。
リザの歩調が緩められ、足が止まる。
街灯の下で寒さ故か、リザの語調が震えている。


「そばに……いても」
「…………………」
「……そばにいても、いいんですか?」


本当に?と掠れた声で問われ、眩暈がした。
下を向いたまま泣いているのかと、冷えた指先で優しくリザの頬に触れれば、あまりに従順に上向いた顔に、
ロイの方が泣きたくなった。



「……そんな顔をするんじゃない」



勘違いをしそうになるじゃないか。
この期に及んで、まだ君が、私を想っているのではないかという愚かしい妄想に縛られる。
ブロンドの子供の輪郭がぼやける。

リザが拒絶ではなくロイの腕を掴むのがいけないのだ、といいわけて、半歩距離が縮められた。



「そんな――」



男        女
私を求めるリザの顔を――――



リザに負けず劣らず掠れた自分の声がロイの耳に届く。
語尾が音になる前に、微かに震えてリザの唇に触れた。





――――いっそ突き飛ばしてくれればいいものを。





何故リザが拒まないのかだなんてどうでもよくなる。
一度触れてしまえば、堰を切ったように溢れ出す想いをぶつけるかのように、リザの口内を蹂躙した。
リザは包み込むロイの両手に頬を擦り付けるように時折傾げて、口付けを強請る。
憶えのある懐かしい行動に翻弄されて、ロイの理性は瓦解した。
縋るように喘ぐリザがただ狂おしかった。
漸く縮められた距離に、隙間風の侵入を許さず、寒さを忘れるほどの口付けを与えながら、
ロイは痺れる思考回路を遮断した。




ヒューズの家まで、角を曲がれば、という距離で。









…区切り方を間違えたことに今気づいた…;
遅い!(殴)


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