もしもシリーズ <3,ホークアイ中尉が味覚音痴だったら> 「……中尉」 「何か」 「――――――――これは、何だろうか」 あらぬ臭いを発する小さな蛋白質の塊が乳白色の粘性がある液体の上で存在を主張して止まない様を凝視したまま、ロイが咽喉の奥から絞り出すように言葉を紡いだ。 「? シチューですよ。上の豆は醗酵させた大豆で納豆と言いまして、健康に良い食品です」 「そうじゃない。それは知ってる。オクラや長芋さらに海藻等一般的に粘性のある植物に含まれるグリコプロテインという糖蛋白質が免疫細胞を刺激し人間の免疫力を高め――そういうことではなく。何故それを上に乗せているのかということをだね……というかそれ以前にこのシチューの凝固具合は何……君、片栗粉とか入れてない、よな」 「入れましたよ?」 (――――なんでやねん……ッ!!) 心の底からツッコミたい。ついでにハリセンを打ち下ろしたい。 しかし何よりロイの面前で繰り広げられている状況に衝撃を受けすぎて、それは声にはならずに嚥下された。 (何で食えるんだ、コレを) なんの躊躇いもなくスプーンによって黙々とリザの口に運び込まれる液体であるべき物質は、面白いくらいにこれまた何の躊躇いもなく飲み込まれていく。 「大佐が斬新で栄養価の高いものが食べたいと仰られましたので頑張ってみました。 粘性の高いものは免疫力を高めるそうですので、ついでにシチューにも粘着性を持たせてみようかと」 「…………そうですか」 粘着性と凝固性では全く違うということを教えるべきなのだろうか。 いや、でも怖い。 何が怖いって、ロイの要求に応えてくれた結果がコレで、新手の嫌がらせかと思ったら本気の愛情で、それは非常に嬉しいのだが、今この物体を平然と(むしろ美味しそうに)食せている彼女が怖い。どうしよう。 「大佐?…………美味しくないですか?」 微動だにせず思考の波に精神を委ねすぎていたロイに手を止めて、上目遣いで問うてくるリザの視線が不安で揺れる。 それを見た瞬間、ロイの腕がバネ仕掛けのように勢い良く指令を送った。脳ではなく脊椎に。反射運動は素晴らしい。 恐ろしいほど見事なコラボレーションは、口腔から鼻腔へ零れた香りも伴って、食堂を通り胃袋へダイブ。 「す――――…・・っっごく美味しいよ、リザ!!」 あまりの美味さに視界が滲む。 シチューの隠し味に何を使ったんだ、リザ。 スプーンを持つ手がカタカタ震える。 「良かった……大佐?おかわり沢山ありますからね?」 「わー…い」 ヤバイぞ。 口から出そうだ。 魂が。 しかも元気良く。 |