deeply

「好きだよ」
「ありがとうございます」

顔色ひとつ変えずに、甘さの欠片もない明瞭な応え。
まるで作戦指揮官からお褒めの言葉を頂戴致して光栄ですとでも言わんばかりの慇懃さ。
彼女は私が女性との会話の中で特に気をかけているムードというものを解そうとしない。
疲れた体に鞭打って残業に勤しんだ上司へ精神的労いが欲しいというのに。

「そういうところは嫌いだな」
「そうですか」
「そこだ」
「そうですか」
「……」

あらそれはそれは。
とでも言いたげな彼女の表情は、それでも決して不快を与えるものではない。
ただ言葉遊びを堪能したい大人の会話が閉ざされたことに、椅子に座ったままで頭を抱えた。そんな私の様子に、不意に頭に置かれた柔らかな温度を感じ、珍しく彼女が近づいてきていることを知る。
彼女はいつでもこうだ。
手を差し伸べるとあしらうくせに、邪険に振り払ったかと思えばゆるくゆるく指を絡める。
いつでも振り解ける彼女の範囲で。

「君、私で遊んで楽しいか」
「比較的」
「そうですか」
「そういうところ、好きですよ」

そのくせこちらから彼女の差し伸べた手を振りほどく余裕を与えない絶妙のタイミング。
全ての業務が終了したことへの彼女なりのご褒美なのかなんなのか。
淡い微笑つきで囁かれれば、夜の執務室二人きり、窓を叩く風の音にすら否応なくムードは高まる。

「……ヤバイ」
「はい?」

例えそれが、独身男の身勝手さだと言われようとも。

「君が悪い」
「大佐!」

素早い反射神経で危険を察知した彼女の腕を、それより早く私の腕が引きずり込む。
机に押さえつけてみれば、あからさまな非難の声。

まさか職場で、職場だから何もしないと思っていたのか、近づきすぎだ。
君が悪い。
相手は腐ってもロイ・マスタング。
私だぞ?

「無理」

常日頃君が私に冷淡な反応を返してくれていたお陰で、今の抵抗は何の枷にもなりはしない。これは感謝すべきなのか。
どこだと思ってるんですかとかいい加減にして下さいとか誰かに見られたら困るのは貴方ですとか、珍しく口数多いじゃないかと笑ったつもりが、ヤバイ。余計興奮してきた。

こういう時、いつも思ってしまうのだけど。
彼女は男をソノ気にさせる天才なんじゃないだろうか。

「そういうのは嫌いです!」

そういうのってどんなの。
彼女の頬をがっしり固定して顔を近づければ、ダメ出しのようなその台詞。
だけどほら。
君の抵抗はいつも口だけ。

「嘘つきは舌を吸われるぞ」
「そんなこといわ…ッ!」

吸われる寸前まで口だけは達者に抵抗するんだな君は。
そのくせ。

こっちの方が吸われてるんじゃないかと思った。
舌じゃなくて私の頭が。心ごと。

押し返そうと突っ張っていた手が、分厚い軍服の襟口を皺も気にせず鷲掴みにして、
必死で受け止めつつ、合間に息を紡ごうとする苦しそうな濡れた吐息。
睨んでるんだか誘ってるんだかただ見てるんだか計れない潤んだ視線が時折絡んで、
余計にヒートアップしてしまう。
自分からけしかけたはずが、どうしようもなく胸が疼いて仕方ない。

たかが夜中のキスだけで、
自分がどれだけアホで青くてどうしようもない馬鹿者なのか自覚させてしまうあたり
もしかして本当に嫌ってる?

部屋に帰ったら、そこのところじっくり聞いてみる必要があるのかもしれない。

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