薬中はお好み? 「たいさ」
「ロイ、だよリザ。呼んでごらん」 「ん…ろ、い…?」 潤んだ瞳で見上げられ、従順にロイの胸元におさまっているリザの舌足らずな口調に蕩けそうだ。全てはロイの望むまま。 欲望の赴くままに促せば、抵抗はなくくたりとしな垂れかかる柔らかな身体。 防音設備とまではいかないが、重厚な造りの執務室。 リザの目の前でわざと緩慢な動作で鍵をかけスプリングの軋るソファに座らせた。 前置きなく密着した体にも嫌悪の表情は見せず、蜂の巣にされる心配も無い。 ぼんやりとロイを見つめる瞳に変化はなく、ただ動くものを捉えている。 「――ぃ佐!大佐!これマズイっスよ!!」 「…………不可抗力だ」 「…………?」 全てを知る部下の激しく扉を叩く音。 テーブルの上に置かれた薄蜂蜜色したレモネードの飲みかけが少し揺れた。 リザの体を抱きしめる腕に力を篭めて呟けば、眉間の皺を伸ばそうと彼女のしなやかな指が額に触れる。疑問に小首を傾げて触れてくるのはたまらない。 そんな表情普段の彼女からは想像も出来ないはずなのに、 しかも外では彼女の見知ったくわえ煙草の男が喚き散らしているというのに。 「何でもない。リザ?」 「ん」 「好きだよ」 返事の変わりに緩く目尻が下げられ満面に広がる笑顔。 無邪気という表現が一番しっくりくると思うそれを拝めたことに、ロイの雄の欲望が顔をもたげるが、視界の隅に揺れる液体にそこはかとない背徳感。 「――何してるんスか!? 中尉!? どうか正気に!」 「……お前のせいだろうが」 なおも喚く部外の声に、レモネードを睨めつける。 即効性の自白剤――試薬品だそうです。 そう言って席を外していたリザのグラスにポトリと落としたのは紛れもなく今慌てふためいている男だというのに。今更『大佐のだと思ってたんスよ!』なんて言い訳は知らない。 止める間もなく咽喉を下るそれは確かに即効でジャストミート。 自白剤?催淫剤の間違いじゃないのか。 みるみるうちに力なくへたり込んだリザに理性が吹っ飛ぶのを辛うじて抑え、部下を廊下に弾き出した。 見せるわけにはいかない、こんな危険なジャンキーを。 半濁した意識の中で有益な情報を引き出すためにあるはずの薬で、男にのみ有益な表情を無節操に繰り出させてどうする。コレは危険だ! 「ろい?」 効果が切れるのはいつになるのか。 思考を廻らすロイの顔を両手で挟んでリザが言う。 先程の言いつけはちゃんと守っているようだ。 「ねぇ、ろい? たいさ」 なんだこれはおねだりかいやでもしかし一応今は就業中で中尉に意識はないんだろうから これは合意には程遠い?でも別に嫌がってないしむしろさそいうけ誘い受けですかそうですか。 さすがにここででコトに及ぶなんてことにならないように最上級の理性でもって踏み止まり、 どうにか無能で最低人間の烙印を喰らわぬよう努力しているロイの意識が彼自身を嘲笑う。 少しくらいの悪戯や普段見せない無防備な顔を堪能することで慰める予定が大幅に狂う。 伸び上がるリザに、ここで唇に迫るのかと期待半分焦燥半分で思わず瞳を閉じたロイの鼻腔に甘い香り。 唇に触れるのは頬を撫でる指の感触。 ちゅ、という小さな音とともに落とされたのは、リザのニオイをダイレクトに感じた鼻の先端。 ついで更に上昇。右の瞼左の瞼、額、旋毛。 「リ、リザ?」 「ろい」 足の間に膝を立て、背凭れがなければロイの方が完全に押し倒されてる格好で、リザの腰に当てた両腕で体勢を保つという実に情けない姿のまま瞼を開ける。 ジャンキー相手にどもった自分が情けない。 「ろい」 頬に置いたてはそのままに、視線の高さを合わせたリザがロイの額に自分のそれをこつんとぶつけた。 瞠目するロイにふわりと笑いかける。 視線はあくまでぼんやりと。 しかし熱の篭った艶っぽい声音で。 「わたしもスキ、です」 最後の台詞は吐息と共に、触れ合う唇のその奥へ。 流し込んでスッキリしたのか、そのままくたりとくず折れたリザの体を抱きとめて、 安堵の溜息がロイの口から咽を震わせ吐き出される。 ――これは自白剤、なのか―― なおも激しいノックを続ける長身の部下が、試行錯誤の末その扉を開けたなら、 真っ先にこの薬の出所を吐かそう。 いやその前にミディアムかレアか。 自分が飲んでいたらと思うとえらく鳥肌のたった腕で眠るリザの体を抱きつつ、 扉とレモネードに視線を投げた。 |