エリザベスちゃんのお酒


若い華やいだ声がアルコールの匂いに乗って、楽しげに店内を駆けていく。
必要以上に嬌声を張り上げる人間のいないこの店は、適度に酔わせてくれる居心地の良い空間だった。リザはカウンター越しに出されたバーボンを軽く呷った。

「今日は一人かい」
「ええ、――フラれちゃった」
茶目っ気を出して言ったはずが、言葉にすると意外なほど悲しげに響く。
リザは誤魔化すように髪を撫でた。
マダム・クリスマスがふと口の端で笑う。

「違うだろ。あんたが他の男に取られたと嘆いていたのは坊やの方だよ」
「……ロイさんが?」
「まあ、あの坊やよりいい男なんざ、ざらにいるとは思うがね」
「そうねぇ…、ロイさん手癖悪すぎるし」
くすくすと笑うと、マダムは「違いない」と鼻で笑った。
それからカウンターでグラスを磨きつつ、「でもアンタはそこが好きなんだろう」と言った。
それに曖昧に返してグラスを呷ると、如才ない動きで隣から次が足されてリザは驚く。

「ヴァネッサ…!」
「もー、そこで『大好きなのv』と言ってあげなきゃ可哀相よー」
「エリザベスは他の男に心揺れてる最中なんだよ」
「マダムッ、人聞きの悪い…」
「ええっ! そうなの!? それでこないだ彼、あんなに私たちにサービス良かったのねー…納得!」
いつから聞いていたのか、あっさりとリザの隣を陣取って会話に加わるヴァネッサに、リザがぴくりと反応した。

「……サービス? 良かったの?」
「やんっ、エリザベスちゃん顔怖いv」
「ヴァネッサ!」
「こらこら。あんまり苛めるんじゃないよ。揺れてる女は情緒不安定なんだから」
「マダム!」
あからさまにからかわれて、しかしマダムの豪快な笑い声と隣の彼女の愛らしさに、ついついリザの頬も緩んだ。緩みついでに二人分のグラスを頼む。

「ロイさんのつけで」
「悪い女だねえ、アンタ」
「ボトル入れないだけ優しいと思うけど」
「ははは、言うねえ!」
「ねえねえ、エリザベスちゃんの揺れてるお相手ってどんな人?やっぱり彼よりカッコ良くて優しいの?」
実際彼女がどこまで知っての台詞なのか測りかねるが、マダムが「私も興味あるね」などとニヤリと笑うものだから、リザもうんと唸って首を傾げた。

どんな人…? どんな人なのかしらあの人。
そういえば大総統を男としてなんて考えたこともなかったから、これは少し面白いかもしれない。
事の重大さを無視して巷の恋話に置き換えると、視点が全然違って見える。
不謹慎なことかもしれないが、たまにはこういう転換もいいと思うと
考える度に張り詰めていた糸が、ちょうどいい具合に緩むのを感じた。
グラスの中の氷が揺れる。

「んー…彼を年配にした感じに似てなくもない…かしら。優しさは分からないけど強引な感じ。でもロイさんよりお金はあるわよ、ヴァネッサ」
「え?」
急に名前を呼ばれて、一瞬鼻じろいだ彼女の顔が可愛かった。
妹分をからかう気分で「お・か・ね」と言うと、ヴァネッサが跳ねるような声で抗議した。
「ひっどーい。何でそこで私に振るわけー!?」
「そっちをやるからロイ坊には手を出すなって言いたいんだろうよ」
「…マダム!」
「そうなの?」

グラスを揺らしながら覗き込んできたヴァネッサに眉を寄せて視線をそらすと、カウンター越しに煙草をくわえたマダムが、得意げな顔でリザを見ていた。
「……ヴァネッサ」
「なあに?」
リザは観念したようにため息を吐くと、彼女のグラスに無理矢理自分のグラスを当てて乾杯する。
それから一息に呷ると、酒のせいにして唇を尖らせた。

「今度彼がお店の子にサービスしようとしたら、『私がサービスしてあげるから我慢しなさい』って伝えてくれる?」
「……やーんっ、エリザベスちゃんたら、かっわいぃ〜っ!!」
一拍の間の後、腕に抱きつきながら歓声を上げるヴァネッサに僅かに後悔しつつ、マダムが満足げに頷いて出した新しいグラスに口をつけた。
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