それぞれの


二人で肩を並べてソファでくつろぐ休日の午後。
新聞から目を休めて、ソファの背に凭れたロイがおもむろに口を開いた。
「そういえば」
「はい?」
仕事かプライベートか判断がつかない語り口に、リザは読みかけの小説をそのままに応じた。
「髪、伸びたよな」
さらりと毛先に触れられて言われる。
他愛ない日常会話と判断して、読書のスピードはそのままにした。

「そうですね……。仕事中はまとめてますから、余計そう感じるのかもしれません」
「……理由を聞いても?」
「まとめる理由ですか? 邪魔ですし――」
「そっちじゃない」
「は?」
ちらりと横顔に向けられた視線を感じて、リザはようやく本を置いた。振り返る。
と、やけに難しい顔をしたロイと視線が合った。
「大佐?」
「あー……」
ふいと視線を逸らして、迷うように呻かれる。
「…………髪、長いよな」
「そうですね」
「…………」
「……あの……」

ただ髪を弄りながら黙するロイに居心地の悪さを感じて、さすがに声をかけようとしたときだった。
毛先を弄るロイの手が、くん、と髪を引いた。
「――理由を聞いても?」
「はい?」
背凭れから体を起こし、膝に肩肘をついて問う様は、どこか拗ねているように見える。
ロイが何を言いたいのか分からずに、リザは訝しげに小首を傾げた。
変わらない口調で、ロイが続ける。
「何かきっかけでもあったのか?君、ずっと短かっただろう」
「――ああ」
それでようやく理解出来た。
リザの目から見ても、可愛く成長したと正直に思う少女の姿を思い浮かべる。
「ウィンリィちゃんって覚えてますか? エドワード君の……」
「ん? ――ああ、あの幼馴染の……」
「最初に会ったとき、彼女の髪を見てから、なんとなくロングもいいかなと――。大佐?」
リザの髪から手を放し、もの言いたげに更に唸ったロイへ、訝しげに問いかける。
と、ロイは探るようにリザを見た。

「……それだけか?」
「ええ、まあ」
「本当に?」
「私の髪がどうかされましたか?」
追求の意味が分からず、ため息を吐いてロイに向き直る。
その視線を避けるように、ロイは再び体をソファに沈めた。
「……噂があっただろう」
「噂?」
言い難そうに出された単語を鸚鵡返しに問えば、ロイは嫌そうに顔を顰めた。
「君が髪を伸ばし始めた頃、司令部内で結構騒がれてただろう。気づいていなかったのか?」
「さあ……。どんな噂ですか?」
平気より激しく劣るほど耳聡くないわけではないと思うが、噂の種類にもよる。
当事の記憶を探りながら聞いたリザに、ロイは無理やりな咳払いをして続けた。

「……君がどこぞの男の趣味で髪を伸ばし始めたらしいというだな」
「なんですかそれ」
どんなものかと思えば、くだらない。
呆れ口調を隠さず言って、リザも深く腰掛け直した。
顔だけ横向けて、視線を逸らし続けているロイをじっと見つめる。
さすがにバツが悪いとでも思ったのか。
ロイは、ふんと鼻を鳴らして、リザに完全に背中を向けた。
「私も最初は眉唾ものだと思っていたんだ! だが、噂の出所がカタリナ少尉と聞けば真実味が増すだろう!」
「カタリナ……レベッカですか? まさか」
出てきた人物に少なからず驚いて、体を起こした。
声のトーンが上がるのを自覚しながら、ロイの背中越しに言うと、ロイも即座に否定した。
「ああいや、彼女からというわけじゃない。彼女と君がそんな会話をしていたという噂だ」
「――ああ」
言われて、そういえばと、射撃場での他愛ない会話に思いついた。
その相槌に、ロイが勢い良く振り返る。

「え、事実!?」
大きくため息を吐いて、リザはソファに凭れた。どっと疲れた気がする。
「違いますよ。レベッカのジョークです。それに私、その場で否定しましたよ」
「……本当に?」
「貴方がそれを疑いますか」
謂れのない疑惑を向けられて、眉を寄せる。
胡乱げに睨めば、ロイがやっと苦笑した。
「冗談だよ」
「どうだか」
「怒った?」
言いながら、肩に腕を回されて、またロイの指先がリザの髪を弄りだした。
横にあるクッションを抱いて、横を向いてやりたい気分になったが、盗み見たロイの顔がやけに楽しそうで、それをすると負けな気がする。

「私はずいぶん信用がないみたいですね」
「まさか」
代わりに告げた厭味を軽くかわして、ロイがふっと笑った気配がした。
「信用してるさ。それでも心配するのは仕方ないだろう。焼きもちだ」
「…………」
耳元で堂々と宣言されてしまった。
二人きりのこの距離で、耳朶に唇をつけて囁いたのは絶対にわざとだ。
咄嗟に耳を押さえてしまった自分を恨めしく思う。
「まだ怒ってる?」
「……呆れているだけです」
耳を押さえながら呟きで反論したリザの手に、ロイの手が重なる。
ゆっくりと外して、ロイの指がピアスに触れた。
「それは良かった」
首を竦める反応を楽しむように触れられて、リザは今度こそはっきりとロイを睨んだ。
なんか似たようなの書いた気がしないでもない…

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