「――大佐」
「何かな」
「これは……どのような任務なのかお教え頂けますか?」
「そうだな――」

突然部屋を訪れたロイに、内密の急務と指示を受け出張を言い渡されたのが昨夜遅く。
訝しむ間もなく列車に乗り込み、指示を仰ごうと指定された寝台のドアに手をかけ――
――ラフなシャツに綿パンといういかにも休暇を満喫中ですと言わんばかりの出で立ちで、
彼の親友とカードゲームに勤しむ上官の姿を捉え、ヒクつくこめかみをリザは必死で押さえていた。

「この間ヒューズが軍部主催のパーティーで旅行券を当てただろう?」
「ええ」
「あれ、実は4人家族用でね。しかも就学前の子供は数に入らない…となると大人2人分余ってしまう」
「…………」
「グレイシアとエリシアは仕事の都合が合わなくて先に行っているそうだ。だから――と……
 ――――今回の任務は『行方を眩ませた二人を探しついでにバカンスを楽しむ』、というのでどうかな」

潜入捜査になりそうだと言われた通り、私服姿のリザの手から小振りのボストンバックを取るとベッドに預け、
わざとらしく肩に手を回して微笑むロイをちらりとも見ることなく、
備え付けの寝台の上からカードを手際良く片しながら、2人のやり取りを傍観していたヒューズに声をかけた。

「――――中佐、次の停車駅はどこですか」






列車でGO!(12.大人の純情)







季節外れの旅行客は人影疎らで、落ち着いた静けさに包まれている。
仮にも軍事国家において軍の名の下で発券された旅行券だというから、ましてやそれを使うのが佐官位だというのだから、
もう少し等級を上げた寝台なのかと考えていたが、ここはどう見ても3等寝台。

「本当はちっとはマシなはずだったんだけどよー。グレイシアとエリシア先にって日程変更したら、
 俺らのランクが下がっちまってな?まあでも明日には着くし、客も少ねえし、我慢してくれや」

リザの物言わぬ視線を察してか、ヒューズが理由を教えてくれた。
リザ自身が、というのではなく、高慢な上層部の人間ならば悪態を吐きそうだと思っての疑問だったので、
どういっていいのか分からずに、ヒューズの言葉に曖昧に頷いた。
とにかくあまりにも急なことで、そういえば部下たちがどうしているのかと今更ながら思い当たった。
突然上官が二人もいなければ、当然業務に支障が出るはずだ。
当然といえば当然だが、何も指示は与えてきていない。
本来はロイがやるべき期日の迫った書類もあった。
今日の朝一で提出する予定のファイルをどうすればいい。
――次の駅で降りて電話をして、それからくだりの列車に乗れば……全然ダメだ。間に合わない。
窓の外で移り行く景色に視線だけ流して、取り留めのない思考の波にとらわれていたリザの眉間に、
指が突きつけられたのは突然だった。

「眉間に皺」
「……誰の所為ですか」

低く言って振り払う。

「貴方と違って私は休暇願いも出してませんし、第一仕事が――」
「心配ない。君がそう言うと思って休暇の許可は出しておいたし、急ぎの書類は全て処理済みだ。
 今日提出のファイルはハボックに任せてきた。ここ数日の指示も与えたぞ。他に懸念は?」
「…………」

しゃあしゃあと言い放つロイに溜息が出た。
休暇理由をまさか旅行とはしてないだろうが、何と手際の良いことか。
この有能さを普段の業務に半分でも生かしてくれていたなら、今この瞬間のリザの気持ちも、
少しは晴れやかなものだったかもしれないというのに。

「あなたは――」
「――まあまあ!せっかくのバカンスなんだし、ロイのバカが無理矢理連れてくるとは思ってなかったけど、
 グレイシアも久々にリザちゃんに会えるって楽しみにしてるんだ。帰るなんて言わないで。な?」

口を開きかけたリザを遮って、ヒューズが両手を合わせ拝むようにしながら片目を瞑った。

「リザちゃん誘えって言ったのも俺だし。ホント、ごめんな」
「中佐が謝られるようなことはありません。――大体、私、誘われてもないですし」

強引に、というレベルでもない。
仕事に託けて騙すなんて何を考えているのか。
隣から肩に伸びてきたロイの手を思いきり嫌そうな顔で避ければ、憮然としたロイが言った。

「正攻法で誘ったら絶対NOだろう、君」
「当たり前です」
「まあまあ!ここまで来ていがみ合いはなし!俺に免じて許してやってよ。頼む、リザちゃん!」

また険悪になりそうなリザの手を取りヒューズが言う。
不本意ながら得てしまったプライベートな時間とはいえ、上官であるヒューズにこうして気を遣わせてしまうのは
居心地が良くない。
そもそも愛妻の楽しみを奪わないようにと必死のヒューズは、好意でチケットをくれたのだし、
本音を言えば、リザもグレイシアに会えるのは嬉しかった。
苦笑して「大丈夫です」と答えれば、眼鏡の下でホッと柔らかく下げられた瞳と目が合った。

「ありがとうな、リザちゃん」

微笑んで、ヒューズはリザの頭を撫でた。
他意はないのだろう。
その行為が、普段リザが愛犬にしてやるのと同じくらい自然に触れられて、心地良ささえ感じるが
同時に少し照れくさい。
ロイと同年代でリザと一回りも違わないはずなのに、何故か幼い頃の父親が連想されてしまうのは、
実際にヒューズが人の親であるからかもしれない。
それ以前に他人と接する時の感覚がロイとは根本的に違うのだが。

「――いい加減手をはなせ」
「大佐っ!」

不意に抱き寄せられて反射的に押し返したが、思いの外しっかりと腕に力が込められていて、ビクともしなかった。

「気安く触るな。グレイシアに言うぞ」
「おいおい、ヤキモチかよ。嫉妬深い男は嫌われるぜー、ロイちゃん」
「うるさい!」
「だってリザちゃん可愛いんだもんよ。なんか娘みたいで思わず。なぁ?」

ヤだったらごめんな、と言われ「いいえ全く」と即答すれば、苦虫を噛み潰したような視線を向けられた。

「……こんな大きな娘がいるか。下心丸見えの親父みたいな台詞を吐くな」
「俺は実際親父だからねえけどな。下心あるのはお前だろ」
「あって悪いか」
「悪いですっ!」

同い年で地位は上で、どうしてこうもバカなんだろう。
リザは眩暈がしてくるのをはっきりと感じた。

「いい加減にして下さい、大佐。くだらないことでヒューズ中佐に突っかかりすぎです。中佐に下心なんて皆無です。
 世の男性を貴方と同列に扱うなんて失礼すぎます」
「待ちたまえ。最後の台詞は私に失礼すぎるだろう」
「すぎません。女性と見れば見境なく手を出す貴方と中佐を一緒にしないで下さい」
「見境くらいはある!!」
「あー…そこじゃないと思うぞ、突っ込みどころは」

離すまいと抱き締めるロイに離れようと突っ張るリザ。
おかしな格好のまま睨み合う二人に、おずおずと仲裁に乗り出したヒューズの台詞は届かない。

「確かに――騙したのは悪かった。だが君、ヒューズを持ち上げすぎなんじゃないか?」
「貴方を援護できる状況ですか?」

なんだか不毛なことになってきた。
幼い口論に、いつものような冷静な対応で潜り抜けれない自分も相当幼い思考回路になっているようだ。
向かいでヒューズがどうしたものかと慌てているが、止まらない。

「そんなにコイツがいいのか、君は!」
「いや、そんなことリザちゃん言ってな」
「そうですね!」
「ちょ……リザちゃんもストップ!」

ああもう。何でこんなくだらない――――

「ヒューズ中佐みたいな人がいいです!」
「――――――」

―― それは。
目の前でヒートアップしてくる二人の口論をどうにか宥めようとするヒューズの姿が、子供の喧嘩に手を焼く父親の姿に見えて、
「大きくなったらパパと結婚する」という幼子のような気持ちで、つい出た言葉に過ぎなかったのだが。
無理矢理抱き寄せられていたリザの肩に置かれたロイの手が一瞬強まったような気がして、
だがすぐさま突き放すようにそれは離れた。
二人が本当の子供だったら、ここからさらにヒートアップして全てを清算することが出来たのに。

「――そうか」

ただ一言吐き出して、顔を背けられてはどうしようもない。
言い過ぎ、たのだろうか。
ロイの態度に思考を巡らせてみて、しかしそれすらよく分からなかった。
謝るのは違う気がするし、何だか変だ。
リザもロイと背中を合わせるようにして顔を背けると、窓の外に視線を移した。
西日が射して目に痛い。

「あー…ロイ?リザちゃん?た、楽しくしようぜ……って頼むから。おーい」

何故か視界が滲むのは陽炎の所為だと判断して、
弱々しい声を出すヒューズにリザは無理矢理笑顔を向けた――――つもりだったのだが。
必死で込み上げるものを堪えるその表情が、愛娘のエリシアを彷彿とさせ、再び伸ばしかけた手を抑えてヒューズは苦笑した。

(……ロイの気持ちがわからんでもないな)

無論リザに対して下心などあるわけもないが、目の前の親友が落とされた女が、
実に無意識的な愛らしさを持っていることは認めざるを得ないと思う。

(ウチの奥さんと天使には劣るけどよ)

怒り、というより完全に拗ねてしまったロイの横顔に、気付かれないように溜息を一つ。
思春期の少年にはどう対処するべきか、今度育児書に目を通そうと、ヒューズは静かに心に決めた。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



通路に灯る薄明かりが、室内を重くぼんやりと照らし出している。
おざなりに付けられたカーテンの隙間からその色が染み込んで、まるで今の気分そのものだとリザは嘆息した。
向かいの上段からはヒューズの規則正しい寝息が聞こえる。
軍人らしからぬ深い眠りを示すそれは、気の置けない仲間と過ごす余裕からか、
それともロイと夜半に飲んだアルコールの所為かもしれない。
夕食をとった食堂車で売り物ではなかったそれを、可愛らしいウェイトレスからロイが舌先三寸で手中に収めたものだった。
頬を赤らめて下がる彼女に礼を言ってくると立ち上がったロイが、パーテッションの横で胡散臭く微笑むのをリザは見た。

「誘われてしまったよ」
「お前なぁ……」

したり顔で紙切れ――多分彼女の部屋番号か何か――をシャツの胸ポケットにしまうロイにリザは無視を決め込み、
ヒューズは懸命に二人の仲を修復しようと話題をふりまいていた努力を無遠慮に打ち壊されて、深々と溜息をついた。

寝台に戻り、酒を飲む気にはなれなかったリザを背に暫くヒューズとグラスを交わし、
わざわざ車内の電灯が落とされてからロイが静かに抜け出す音を、リザはカーテンの中で聞いた。
こんな限られた空間でいけるところなど高が知れてる。
なかなか戻ってこないのは――多分そういうことなのだろう。
数時間前に見た女の顔が浮かんでは消え、胸がざわつくのを感じた。

ヒューズに悪いことをしていると思う。
リザはシーツの上でもぞりと寝返りを打った。
目を瞑って、朝がきて、もう一度このカーテンを開いたら、向かいで寝ているはずのロイに挨拶をしよう。
例え見慣れぬ痕が視界に映っても、笑顔で。

(…………・………)

もう一度寝返りを打って、リザはカーテンの方へ向き直った。
胸にシーツを抱え込むように丸まりぎ、ゅっと瞼をおろす。

「――リザ?」
「――――ッ!?」

突然名前を呼ばれて、驚愕の声をあげることだけは辛うじて免れたが、体がびくりと反応してしまい、
布ずれの音を立ててしまったから起きているのはバレバレだろう。
小用には長すぎるが情事には短すぎやしないかという何とも中途半端な時間に、
まさかロイが戻るとは思ってもみなかったため、その驚きもひとしおだった。

「……入るぞ」

返事がないのを怒りの沈黙ととったのか、ロイは溜息交じりにそう言って
リザの承諾も待たずに静かにカーテンに手をかけた。

明日―――― そう思った矢先に、計画倒もいいところだとリザは思う。
上手い言葉が見当たらなくて逆光で見え難いロイから視線を逸らしたままでいると、またロイの溜息が聞こえた。
何を言うつもりなのだろうか。少し怖い気がする。

「まだ怒ってるのか」
「…………」
「騙したのは悪かった。ただ―― ……いや、すまん。謝る」

リザの足元にゆっくり腰掛けると、高くない天井に身を屈めながら、
膝の上で組んだ両手で額を押さえるようにしてロイは言った。
声がひそめ気味なのは、寝ているヒューズへの配慮だろう。

「明日向こうについて一泊する予定だったんだが、すぐ戻ろう。その方が……
 ……明日、切符を取るよ。――おやすみ」

閉められたカーテンの中で影が動いた。
沈んでいたベッドが軽く軋み音をあげ、元の位置に戻る。
何と言えばいいのか分からずに、リザはその動きを黙って目で追っていた。
帰るべきなんだろう。だが本当にこのまま――?
そのまま背を向けて行ってしまうのかと思ったが、ロイは不意に立ち止まると布団に半分以上隠れていたリザの頭に手を伸ばす。

「…………」
「おやすみ」

ポンポン、と。
ごく優しいタッチで、ロイの手がリザの髪に触れた。

「――――っま、」
「……リザ?」

どうしてそんなことをしたのかとか、怒っていたのはロイも同じだったはずだとか、
言いたいことは山ほどあったはずなのに、上手く言葉に出来なかった。
ただ、髪に触れた熱がそのまま遠のいてしまう気配にどうしても耐えられなくて、シーツを跳ね上げると
リザはロイのシャツを掴んで引っ張り寄せていた。

「……まって、下さい」

 まだ行かないで――

もしかすると柄にもなく縋るような表情をしていたかもしれない。
呼び止められて振り返ったロイに「どうした?」と優しく問い掛けられても、何となく側にいて欲しくてなど言えるわけもなく、
リザは押し黙るしかなかった。

「――上がっても?」

シャツを掴んだままのリザの右手に手を添えたロイに、無言のままただこくりと首肯すると、また頭を撫でられた。
ヒューズにされたときより数段照れくさい。
壁に背を預けリザの隣に腰を下ろしたロイが、黙ったままのリザの髪を優しく梳きながら先を促す。

「リザ」

名前を呼ばれて髪に触れられて、心地良さと同時に胸の奥が甘く疼いて、リザは咄嗟にロイの胸に顔を押し当てた。
抱きとめたロイに「……どうした?」と囁きかけられる。

「頭……、撫でないで下さい」
「……ヒューズはいいのに?」

わざと頭を撫でられて、リザはより一層強くロイに顔を埋めた。

「大佐とは全然違うんです」
「……」
「――……気持ちよすぎて苦しくなる」

まるで主人には絶対服従の愛犬のように。
千切れんばかりに尻尾を振って、もっともっと撫でていて欲しいと貪欲になってしまうから苦しい。

「まだ、怒ってますか」

頭に手を置いて黙り込んでしまったロイに、おずおずと視線を上げてリザは言った。

「……別に、怒っていたわけじゃないんだが」
「でも」
「君が」
「……?」
「あんまりアイツと楽しそうにするからだな――」

そこで一旦言葉を切ってリザを抱き締めると、ロイは大きく息を吐く。

「――拗ねただけだ」

普段なら、何をバカなくだらないと一蹴できたのに、
今日初めてまともに言葉を交わしているからなのか、抱き締められた胸が苦しくて脳に上手く血流が回っていないからなのか、
笑い飛ばすことさえ出来なかった。
安心するとさえ思ってしまったのは、抱き締められたロイの香りの中に、
さっきのウェイトレスの面影が見当たらなかったことも原因かもしれない。

「リザ」
「……はい」
「キスをしても?」
「……何でですか」

いつも何も聞かないくせに。
伺い立てるロイに、リザは怪訝そうに顔をあげた。

「仲直りのキス」

そっと。
今度はリザの返事を待たずに唇が触れた。
もう一度。
今度は軽く啄ばむように。

どれくらいぶりのキスだろう。
時間や仕事に追われて、最近ろくな会話もなかったように思える。
キスの仕方を確かめるように、ロイは何度も角度を変えて甘えるように口付けを強請った。
次第に深くなっていくそれに、耐え切れずに息が漏れる。
体が揺らいだ瞬間を捉え、ロイがゆっくりとベッドの上に身を沈めた。
唇が離れ、顎を伝い、咽喉へ。

「……んっ、ちょ…っと、大、佐ッ」
「なに」
「何じゃありませ…!何をして……あッ」
「んー?」
「待って……ってどこをっ、大佐!」
「したいなぁ、と思って」
「バ……ッ!!」

いい雰囲気なのは認めるとして、流石にこんな場所ではヤバイ。
押しのけようと力を込めた両腕に絡めるようなキスを落として、ロイに軽々と上へ束ねあげられてしまった。
悪戯めいた表情じゃない。
足の間に片膝を立て抵抗するリザの太腿を撫で上げる。

「馬鹿なこと言わないで下さい。ここをどこだと思って…ってちょ、っと!」
「寝台列車。こういうところもスリルがあってもえるだろう?」
「もえなくていいんです! 大体ヒューズ中佐が、」
「もう寝てる」
「――ん…やッ……!お、起こしてしまいま、」
「協力しよう」
「――――んぅ……ッ」

ぬめりのある感触が、口腔を粘着質に塞ぐ。
漏れ出る吐息の一欠片さえも逃がすまいとロイの舌がリザの中を蹂躙する激しさに、頭の芯がくらくらする。
リザの腕を捕らえていた手で頭をいとおしげに何度も撫ぜられ、自由なはずの両腕が苦しげに
ロイの胸や髪を這い回ってしまう。
たくし上げられたシャツの間から、冷えたロイの手で肌をなぞられ、
温度差に塞がれたままの唇で声を立てようとして、鼻に抜けるくぐもった声しか出せなかった。

「ふぁ…」

背中に回されたロイの掌が、しっとりとしたリザの肌に吸い寄せられホックを外す。
そこで漸く離されたロイの唇から銀糸がリザの顎に伝った。

「もうやめ……たい、さッ……」

親指の腹でそれを掬われる。
ずり上げられた胸に圧迫するように口唇を押し付けられて、リザの背中に甘い疼きが駆け巡った。

「ホントにこれ以上は、も……ッ!」
「――大丈夫」

何が大丈夫なものか。
いくら心地良い眠りの中にいるとはいえ、深夜に不自然に潜めた声や耳障りな軋む音。
これで起きださなければある意味軍人としてどうかと思う。
だのにバタつかせるリザの足から最低限の抵抗のみを許して、スカートを捲り上げるロイに頭の中が混乱した。

したくない――――といえば嘘になる。

ロイに触れられるのは嫌じゃない。ロイとするのは嫌じゃない。
何より久し振りがこんなキスの始まりでは、高揚しているのはロイだけではないのだ。
だけれども――

「――ぃ、や……ッ!」

抱え上げられた足の付け根に密着するように、肌蹴たロイの体が押し付けられる。
長く骨張った指がショーツの隙間から敏感な部分を掠めるように触れられて、リザは思わず腰を引いた。
が、侵入を拒む手立ては存在しない。
痛くない程度にロイを挟み込む形で固定された体勢がより淫猥な気がして、リザの眦から涙が零れる。

「大丈夫、リザ……ヒューズは起きないから、このまま……」
「ど……して」
「君と、ちゃんと話が――」

したかったから――――

心許なげに問い掛けるリザの頬にキスをして、ロイは耳元に囁きかけた。

「―― 君は飲まなくて正解だった」
「何…………あ、さっきのお酒…………?」
「ちょっとした、まあなんだ……強力な薬物を入れてみた」
「なんてことを……」
「だから」
「――――アッ!?」

不意に入り口を攻め立てられて、声を殺す暇がなかった。

「んッ、あ……ちょっ、たい……んぁっ!」
「声の心配はしなくていい」

落とされるキスとは裏腹に、乱暴に指がリザを突く。
突き立てる指を増やしつつ親指で陰核を押さえつけると、リザの足が無意識にロイの体を締め上げた。
捩って逃げることも適わない場所で与えられる快感に、必死で置いていかれないように。

「―――― ッ!」

く、と中で曲げられたロイの指が、リザを捉えた。
辛うじて胸板を押し返そうと務めていた手が、咄嗟にシャツを握りしめる。
軽く痺れるような快感に、リザは咽喉を反らせて反応した。

「リザ……」
「―― はっ……たい、さ」

達したのを確認し、ロイはリザの中からゆるりと指を引き抜いた。
それにも軽く反応を示し、リザが僅か腰を浮かす。
そのタイミングに合わせるように抱え込んだリザの体をさらにきつく抱き寄せて、ロイは自身をあてがった。
入り口でどちらのものともつかない粘着質な水音が聞こえる。

指とは違う質量のそれを、先程と違い、ロイはゆっくりと挿入した。
リザの開いた口から喘ぎとも吐息ともつかない甘い音が漏れる。
誘われるように口付けて、指で擦りつけた個所に優しく押し付けるように動かしていく。
苦しい息の間から、絡めた舌を名残惜しそうに放し、腰を抱え直す。

「あ、イ…ッ……んっ、大佐、もっ……」
「『イイ』?『もっと』?」

言葉にならないリザの断片を確かめるように耳朶に吹き込めば、羞恥で濡れた鳶色の視線がロイを睨んだ。

「いじ、わ……るっ!」
「うん?」

足りずに奥へ奥へと誘うそこから先端を残して引き抜くと、下唇を噛んだリザが目にとまり、
嗜虐心が煽られるのをロイは否応なく感じさせられた。
睨み付ける視線が果たして、この行為に対する怒りなのか、焦らされている現状への情欲なのか、
リザの本心としては判然としなかったが、結合部への物足りない愛撫にふるえる身体と、それに呼応して早まる呼吸に
ロイは後者だと判断を下す。
攻め入りたい欲望を抑え、浅く緩く抜き差しを繰り返す。

「や……大佐ッ、それダ、メ――っ」
「ダメ?抜く?」
「違――――ッ!」

上擦った声と同時に、リザの手がロイの首に回された。
狭いベッドで隙間を埋めるように、リザの腕が離すまいと力を込める。

「……ねが……っ、もぅ……」
「――――リザッ」

焦らしたつもりが焦らされた。
ギリギリまで煽られて滅多にないリザからのお強請りに、ロイ自身の忍耐の限界も相俟って、
叩き込むように最奥まで一気に自身を叩きつけた。

「んあっ、あ、あ、や……んんーッ!!」

それでも声を抑えようとロイの肩口にしがみ付くが、突き上げられるたびに悦楽の激しさに逆らえない。
高く鳴くリザの喘ぎに手加減など出来るわけもなく、
悲鳴をあげるスプリングにも容赦なく、ひたすらに激しく腰を打ちつける。
回されたリザの手がロイの黒髪を這い回り、淫らに蠢く腰のリズムに合わせて、
細く無駄のない足が筋肉質なロイの身体を締め上げた。

「――は…っ、くっ、リ……ザッ」
「ん、イッ……あっんっ!も、……ぅっ!!」
「――――――ッッ!!」





吐き出し続ける欲望を身体が受け止めているのを、痺れたように疼く結合部から如実に伝わるのを感じて、
互いの荒い息を貪るようにキスを交わした。
今、カーテンの内側からライトで照らせば、奇妙に絡まりあった生物の影絵が浮かび上がるはずだ。
汗ではりつくリザの金糸を優しくかきあげ、ロイはその額にキスを落として抱き締めた。

「――本当に」
「……ん?」
「大丈夫なんですか……、中佐」
「………………」

いまだおさまりきらない動悸を肩で整えながら、小さな声でリザが言う。
大丈夫でなければ今更の話だが、ロイがそこまで非情だとは思わない。
確認の為に言ったに過ぎなかったのだが、いやに間があることに、リザは甘く飛んだ思考を総動員してロイを押し返した。
こういうとき、性に関して切り替えの早い女で良かったと実感するというのもおかしな話だ。

「――ちょ……まさか!?」
「違う!そっちは大丈夫だ!いや、ホント!」

せっかくの雰囲気を全てぶち壊しかねないリザの剣幕に、慌ててロイが否定した。
耳を澄ませばヒューズの変わらぬ呼吸音が聞こえて、安堵する。

「あー…ただ」
「『ただ』?」

だが思案顔で歯切れの悪いロイを怪訝な顔で見上げ先を促す。

「……窓、開けるか」
「は?」
「いや、だから」

わからない、と眉を顰めたりザに苦笑して、ロイの顔が耳元へとおろされる。
声を潜める必要性は少ないが耳朶にかかる吐息に、何か良からぬ発言をする前のロイの苦笑が混じっていた。

「――――ニオイが、ね?」

独特だろう、ここ狭いし。

低音で囁かれて、背筋がゾクリとした。
この甘く重だるい空気が渦巻くパーテッションに、新鮮な空気を入れ替えようか。
それは――至極最もな言い分なのだが、途端に羞恥が支配する。
陸揚げされた魚のように口をぱくつかせるリザに、気味が悪いほどの紳士的な微笑を浮かべ、ロイが言う。

「少し寒いが、一緒に寝ればあったかい」
「……お、起きた時が非常にまずいです!」
「仲直りしたと思うだけだろ」
「子供じゃないんですから!大佐、退いて下さい!」
「――ああ、このままだと」

薄暗がりでもはっきりと分かるほど火照ったリザの全身に内心で忍び笑いを漏らしながら、
いたってしたり顔でロイは額を合わせて覗きこむ。

「何したかバレるな」

やっぱり朝一番で帰った方が無難だろうか。
それよりも到着前にきちんと起きられるんだろうかと、軋み始めたスプリングに揺られながら、
押し返していたはずの自分の腕が手繰るようにロイを求め動き出すのを感じていた。








コメ

……『列車でGO!』って……
自分のネーミングセンスのなさに大爆笑です。
よしのさんからの素敵キリリク「寝台列車でロイアイ&ヒュ!(エロ!)」、やってみました。
そのままヤッてみました(殴)。えへ。
お題に絡めたはずが、どこが純情なんだという話に。
拗ねたあたりが純情だと…だと…だ……と……;

よしのさーん、ヒューたんが後半いびき出演のみですが、大丈夫でしょうか(アホ)。


1 1