些細な事でケンカをした。
苛立たしげに「帰れ」と言われて、無言で一礼をして部屋を出た。
私は絶対に悪くない、と思う。だから今回は絶対折れてはやらないのだ。




13.花一輪







真夜中、突然の来訪者を知らせるチャイム音に、警戒より先に驚いた。
こんな時間に自宅を訪ねるなんて、常識的な友人達には思い当たらない。
暗殺を企てられるほど重要人物になった覚えはないし、それがあるとしたら一介の部下より上官が狙われるはず。
だとすれば、緊急の事態が起こったのだろうかと考えて、それはないなと再びベッドに沈没した。
そうであるならまずは電話のベルが鳴り響くだろうから。

      ビー…ビー…

「……るさ、い」

眠たいのに。
部屋の隅でまどろむ愛犬がヒュンと小さく鼻を鳴らして、どうするのかと問うてくる。
非常識な来訪者は、ベルをけたたましく鳴らすわけでもなく、控えめに、だけども決して諦めるわけでもなく。
大体予想はついているのだ。
だから余計に出たくなんてないのに。

      ビー…

布団から這い出し、ガウンを引っ掛け、だるい体に鞭打って廊下を歩く。
なるべくゆっくり、気配を絶って玄関へ向かい、ドアの向こうで動く男の影を捉えた。
チャイムはシンとした空気を震わせやけに響いて聞こえる。
こちらは睡眠時間を妨げられてむかっ腹が立っていることを言い訳に、ドア越しに打ち抜いてやろうかしらと考えて、
すぐに自分が愛銃を不携帯だとの事実に気づき、情けなくなった。
これで本当は暗殺者でしたなんて、間抜けすぎて笑い者だわ。

      ビー…ビ、

「……リザ?」

完全に気配を絶って分厚いドアを挟んだ状態で、何で気づかれるのか。
聞こえた声に訪問者の予想が的中して、溜息をつくと、かけたチェーンはそのままに鍵だけ開けた。

「非常識ですおやすみなさい」
「――ちょ、待て」

薄く開いたドアの向こうにやはり彼を確認し口早にそう告げると、ドアを閉めかけた私に素早く反応して、
彼はその隙間に長い指を滑り込ませた。
そんなことをされたら一気に力を込めるわけにはいかない。
昼間、私に出て行けと促した指先だと思うとそのまま閉めつけてやろうかとも思ったが、所詮無理な話だ。
その指に当たるのはかわいそう。
私はその指は好きなのだから。

「……開けてくれ」
「イヤ。です」
「寒い」
「私はものすごく眠たいんです」
「開けてくれたら眠っていいから」
「馬鹿ですか」
「バカでもいいから」

隙間にこれでもかというほど顔を近づけて、瞳を覗き込まれた。
月明かりに反射して、黒曜石がきらきらと爆ぜているようだと思った。
早く帰れという意思に反して、指先から力が抜ける。
と、その期に乗じて彼がもう片方を差し込んできた。

「……何のつもりですか」

彼の手から差し出された小さな花を思わず受け取ると、彼はやっと両手を引っ込める。
障害が消えたドアは重力に引かれるように静かにその扉を閉ざした。
仕切られた空間に、何故だか面映さを感じて立ち尽くしていると、
彼の低い、だがなんとも耳に心地良い低音が空気の合間を縫うように聞こえてきた。

「カモミール」
「知ってます」
「どうしても君に受け取ってもらいたくて」
「何故」
「…………よく、眠れるように」

嘘つき。
そんなつもりなら端からこんな時間に来なければいい。
本当は気づいているのだ。カモミールの伝える彼の意味に。
わざわざ花言葉に託すなんて、何て気障でこの人らしい。

    ―――――― 『仲直り』。

チェーンを外して、コン、と一回内側からドアを叩く。
その合図に気づかないはずがないと知っていて、静かに扉を押して入ってきた男を、
不機嫌な表情全開で迎え入れる私は、相当怒っているのだ。

「悪かった」
「許しません」
「愛してる」
「知りません」
「好きだよ」

宥めるように囁いて、彼の腕が私を包んだ。
気温が下がった真夜中の玄関、突っ立っていて冷えすぎた体に彼の体温が温かい。
まるで子供をあやすように優しく抱かれて髪を撫でられ、
今しがた受け取ったカモミールの花粉が彼の黒いコートに付かないようにと気を配る。

「君が好きだ」

だから泣くなと目元に一つキスを落として、彼が言う。
私の弱いテナーボイスでいうなんてズルイ。
折角腫れの引いてきた瞼がまた熱くなってしまうではないか。

「……違います」

珍しく自分の声音が感情そのものを乗せていると思う。
むずがる子供のように拗ねた声が聞こえてくるのは、きっと眠くて仕方がないから。
絶対そうに違いない。

「私が貴方を好きなんです」

熱い瞼に熱い唇。
本当はどれほど待っていたかなんて、表す言葉が見つからなくて、
早く深く眠りたいの、とロイの体にしがみついた。










コメ

増田が何をしたのかはご想像にお任せします。
可愛いリザたんに、ハアハアしたかったのさ。ただそれだけ(阿呆)。



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