男尊女卑だとか女性らしさだとかを示唆するつもりは毛頭ないのだけれど。
コーヒーの香りで目覚める朝や優しい笑顔付きのモーニングキス、ミニスカや裸エプロンと同列に、
妄想はするが中々にあり得ない現実に世の男が涙すると囁かれるのは、朝からの甘い行為。
悲しくも切実な願望の一つだったりするのだ。





15.大佐のご趣味







霞みのかかった思考の中で腕にかかる甘い重みがないことには気づいたが、どこへ行ったという疑問を挟む余地もなく、
下半身にゆるゆるとした刺激を受けて、ロイは不意をつかれ眉を顰めた。
覚えのあるようなないような、その感覚の出所を確かめようと薄目を開けようにも、
どこか夢現な思考が脳への命令を下しきれないでいた。
もぞもぞと刺激は続く。


「……っ」


期せずして洩れた呻きが自分の耳に届いたことを認識して、これは現実なのだと思い知る。
すぐ様飛び起きたい衝動とこのまま刺激を受け続けたい相反する欲望が渦巻き、
張り付いたように拳を握ったままの自分が、ロイは恨めしかった。

いくら昨晩失神させるほど致したとしても、朝の男の生理機能がなくなるわけではない。
こればかりは仕方ないのだ。これで普通だ。
別にやましい気持ちから起立するものではないはずなのに、焦らすように這う動きに
「どうしました?」と「いいんですか?」の疑問が頭の中を跳ね回り始めて止まらない。

無意識に膝を立て受け入れやすい姿勢をとると、刺激はロイの動きに一瞬躊躇った後、またそろそろと近づいてきた。
しかし全ては着衣の上から。
上半身は裸のまま眠りにつくことは多かったが、腹を冷やすなというリザの言葉で穿くようになった習慣だ。
滾る存在をゆっくりと掠めるように触れられて、ロイはぶると身震いした。
――と、生暖かい息とともに湿り気を帯びた弾性物質がロイに押し付けられた。息が上がる。


「――く…ッ」

いっそ触らないでくれ。



普段のリザらしからぬ行為に翻弄され、朝っぱらから興奮の極地に追い立てられながらも、
焦らしすぎるその愛撫に涙が出そうだ。
無垢な刺激は、ギリギリで堪えていたロイの腰のわだかまりを突き上げる。
溢れくる奔流のうねりを感じ、思わず彼女の名を呼んで――――


「リ――……ザッ!」
「はい?」


――――あまりに予想だにしなかった距離感を感じるリザの声音に、ロイは即座に視界をあけた。
見慣れた天井、見慣れた電球、顔を逸らせばそこにいるのは見慣れたりザで。
遠慮がちに「朝食の用意が出来ました」と告げて、ロイの様子に眉根を寄せる。


「怖い夢でも見たんですか?」
「――え……?」


荒く吐いた呼吸で薄っすら額に汗を滲ませ視界を揺らすロイのベッドサイドに歩み寄ると、リザが優しく微笑んだ。
それだけで、瞳を閉じていた間の衝撃は夢ではないかとさえ思えてしまう。
いや、むしろ夢であってくれとどれだけ願うことか。

しかしいまだロイの股間にある、よくよく考えればやはり覚えのある温かい重量と、
既に冷たさを感じ始めた情けない満足感が現実なのだとロイに知らせ、頭を抱え込みたい気分だった。


「大佐?――そういえばこちらにブラックハヤテ号が……あら、そんなところにいたの?」
「ワン!」


飼主の声に反応したのか、ロイの一番触れて欲しくない場所からもぞもぞと移動した黒い塊がベッドの端からリザに飛びつく。
意図せぬ場所からの出現に安堵の声を出したリザが、ふと厳しい口調になって愛犬を叱った。


「ベッドに入ったらダメよ、ハヤテ号。毛が落ちるし、それに大佐がゆっくり休め――――」
「め――めくるな!!」
「な…………い…………」





――――死んでしまいたい。





おもむろに布団を剥ぎ取られたそこに広がる篭もった異臭に無様な染み。
彼女の愛犬が這い出した直後にしてこの状況。
年甲斐もなく泣くかもしれない。


「――……変態ですか、貴方は」
「ち、違う!断じて違うぞ!コイツが勝手に……!」
「いえ、大佐のご趣味に口を挟むつもりはありませんが」
「そんな趣味はない!!」


冷静すぎる部下然とした口調と侮蔑の眼差しを受けて、汗腺という汗腺から水分が蒸発する音が聞こえる。
恋人の愛犬で欲情を吐き出させる趣味などあってたまるものか。
例えそこまで追い詰められた状況にあったと仮定して、それならリザを想って一人処理する術くらい持ち合わせているし、
そうなる前に絶対抱いてる、との意思を込めて否定した。

しかし何を思ったか、リザはやおらベッドの端から千切れんばかりに尻尾を振るハヤテ号を抱え上げると、
そこで初めて眉間に皺を寄せると、ロイを睨んだ。


「ただ――」


全ての元凶であるハヤテ号に守るように回されたリザの手が怖い。


「この子を使うのはやめて下さい」
「――違うと言っているだろう!!!」

君だと思ったんだ。


後始末してから来てくださいね、と振り向きもせず部屋を去る背中に、言い訳じみてるとは思いながらも、
ロイは絶叫せずにはいられなかった。









コメ

ブラハは臭いを嗅いでただけです。
増田さんが寝惚けすぎで夢み過ぎ。


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