2.アルミ缶越しの




毎日買い物に出るわけではない家庭で、久し振りに買い足しに出れば、自然と量も多くなる。
夏の盛りに近づいた季節の買い物は、時に重労働になることがあった。
こんなになるつもりではなかった、と思うくらいの紙袋を抱えて台所に入った私は、後で水でも一息に煽ろうと考えていて、マスタングさんの慌てた声で、初めてそこに彼が居たのだと知った。

「リザ!?言ってくれれば買い物くらい私が行ったのに!」
ひょいと荷物を取られて、途端に軽くなった腕に驚くと、彼が労わるように私の腕に触れる。
背後には引かれたままの椅子と、テーブルの上に置かれている缶ジュース。
「そんな頼み事をしたら、勉強の邪魔をするなと父に叱られてしまいます」
既に勉強の合間の、息抜きの邪魔をしてしまったらしい。
申し訳なさを感じながらそう言うと、マスタングさんは流しへ紙袋を置きながら、はははと軽快に笑った。
「なら手伝わせて。息抜きにもなるし。それくらいは師匠も叱らないさ」
彼がここに来るようになってから早数ヶ月。
手際良く荷物を開けていくと、勝って知ったる台所に素早く収納してしまう。
自分の家だというのに、私は横で後ろで、彼の傍をちょろちょろするしかなかった。

「すみません、後は私が――」
「じゃあリンゴ」
「え?」
「実は少しお腹が空いてたんだ。これ一つだけ、食べたらまずいかな?」
「すぐ切ります!」
紙袋の中から最後の一つを取り出して掲げて見せたそれを、私は奪うように取ると、切り分ける。
所在なさげな私にさり気なく役割を振ってくれた事に、安堵と少しの照れを感じたが、知らない風を装った。
皿にもってテーブルに置くと、マスタングさんは私にも隣に座るようにと椅子を引いてくれた。
変なところで女の子扱いをされるのには未だに慣れなかったが、大人しく従う。
ありがとうと礼を言ってリンゴを食べ始めた彼の横で、忘れ去られた缶ジュースが目に留まった。
良く見れば、まだ開けてもいなかったようだ。
忘れているのか、冷蔵庫に入れ直した方がいいだろうか。
水滴の付きはじめている缶ジュースをしばらく見つめていると、視線に気づいた彼が、ああ、と私の方にそれを押した。

「外、暑かっただろう?」
「え」
「まだ口はつけてないよ」
「あ、いえ、これはマスタングさんの……」
飲もうと思ってたんでしょう?と暗に言えば、彼は軽く首を振った。
「保冷効果の高い物質容器にちゃんとなっているかの実験中だったんだ。私が練成してみたものだから保証はないけど」
「でも……」
それなら尚更、何も分からない素人の私が、勝手に開けていいものか分からない。
だが勧められて、そういえば喉が渇いていたのだとも思い出した。
「ちゃんと冷たいかどうか客観的に教えてくれると助かるんだけどなあ」
「……ありがとうございます」
逡巡していた私は、また彼の言葉で背中を押されてしまった。

何だか完全に彼の庇護対象になっているらしい自分に羞恥心と、何故か少しだけ胸の奥にもやもやを感じる。だが、これ以上何を言っても、彼を困らせるだけだということも分かるから、私は素直に缶を受け取って、プルタブを開けた。
プシ、と抑圧された空気の抜ける小さな音がして、細かい水滴が、乾いた空気に潤いを運ぶ。
炭酸水を練成した容器に移し替えていたらしい。
飲んで、喉に気持ちの良い冷たさだった。
「冷たいです」
一口飲んで缶を置くと、私の様子を伺っていたマスタングさんが相好を崩した。
実は本当に結果を心配していたらしい。何だかもう一言伝えたくて、私は彼に向き直った。
「美味しいです」
容器の性能だと言っていたのに、しかし思わず味の感想を言ってしまった。
本当に、これでは子ども扱いされても仕方がない。
だがホッと胸を撫で下ろしている彼は、私の落胆振りには気づかなかったようで、笑顔のまま私の持つ缶を指した。

「そうか、良かった。私も飲んでみていいかな」
「あ、はい、どうぞ」
請われて、そのまま缶を渡す。
また律儀に礼を言って、マスタングさんの口が缶に付けられた。
私よりも大胆に傾けて、喉がゴクリと上下する。
(あ――)
そこで私だけが、思い至ってしまった。
「本当だ。良かった。ありがとう、リザ。はい」
「え、あ、はいっ」
出来栄えに満足したマスタングさんが、私に缶ジュースを戻してくれて、私は自分の思考のせいで上擦った声を抑えるのに必死だ。
これにまた口をつけるというのは、つまり、そういうことになる。
「リザ?」
だが、今更グラスを出して注ぐのも、絶対変に思われる。
彼がさらりとしたことを、変に意識する私がおかしいのだ。
「――飲み、ます!」
「え、あ、はいっ」
突然の宣言に、何故か敬語で返事をした彼を、ぎゅっと瞼を瞑って追い出すと、私は彼よりも豪快に缶を傾けて、残りを一息に飲み干したのだった。






缶といえば間接ちゅー。

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