8・奪うような口付け 見つめ合って触れ合った唇が止まる。 いつもなら次を考える時間を与えないロイの動きを訝しんで、リザは薄く瞼を開いた。 至近距離でロイと目が合った。 「……やめますか?」 「やめない」 あんな決戦の後だ。どこかまだ万全ではないのかもしれないと思っての提言は、しっかりあっさり拒否された。そのくせ唇の触れ合いそうな距離で、行為の先を誘うでもなく、リザの頬を、顎を、くすぐったくなるくらいの丁寧さでなぞってくる。 「……大、佐」 「感じてる?」 「感じそうになるのでやめてください」 「やめてやらん」 ソファに座ったまま、背もたれに預けた体は自由だ。 拘束するでもなく、押し倒すでもなく、ただ何かを確かめるかのように、見つめてなぞる。 「どうかしたんですか?」 「いや?私に触られるだけで感じるとか言うから、可愛いなと」 「……」 拡大解釈だ。 僅かに眉を寄せると、ロイが宥めるように額に唇を付けた。次に瞼に。そして頬に。 唇にも一瞬触れて、しかし深くはせずにそのまま首元に降りていく。 「痕、残ったな」 少しカサついたロイの口唇が瘢痕を啄みながら、そう言った。後に続くように舌が這う。 「……っ、そう、ですね」 離れた場所から冷えていく感覚に、背筋が震えそうになる。 「痛みは?」 「もうありません」 「本当に?」 「――っ、ほんとう、に」 言葉と同時に強く吸われて、リザは息を飲んだ。そんな場所に跡を残したらハイネックでも際どいというはずの抗議すら飲み下してしまいそうになる。 だがギリギリの理性が辛うじてロイの肩を押した。 「痛かったか?」 「……違います。場所を、少し考えてくださ――大佐っ」 しかしリザの抗議を途中で遮り、ロイは再び首元に鼻を埋めた。 押し返す抗議の手を片手で器用に封じ込め、瘢痕から首筋へと執拗な愛撫を繰り返す。 「ん……っ、大、佐!」 他にどこも触れず、なすがままのリザの声音が跳ねて、ロイを呼んだ。 顎に達していた唇を離して、ロイが上目遣いでリザを見つめる。 緩められた拘束をやんわりと解いて、リザは自分の首筋に触れた。 「もう本当に傷は痛くないんです」 「そうか」 リザの言葉に、ロイがまるで自分の傷のように顔を歪めたのを認めて、両手でロイの頬を無意識に包んだ。 子供をあやすように黒髪を梳いて、額を合わせる。それから目を閉じて、右手をロイの腹部にやった。 薄いシャツ越しに伝わる体温が気持ち良い。 「貴方のここも――」 頬に添えていた手を下ろし、シャツのボタンを外していく。 「……む」 素肌に直接触れると、ロイが僅かに身じろいで、自分の体温がロイより低いのがわかった。 だが、自分の傷跡など瑣末に思える彼の傷跡の位置を、ロイがしたように何度も確かめるように優しくなぞる。 「――もう痛くないですか?」 聞けば、付き合わせた額越しに、ロイの笑う息を感じた。 薄く瞼を上げて様子を見れば、目を閉じたままで苦笑するロイがいる。 「今は、もっと下が痛いな」 「なら、もっとちゃんとしてください」 久し振りなのに。 憮然として言外に含ませた意味合いを、おそらくロイは正確に受け取った。 「わかった。手加減なしだ」 言葉と同時にソファの背に押し付けられる。 今までの優しさが嘘のように、息継ぎも出来ない激しさの唇がリザを塞いだ。 キスお題ぽく。 |