04.ミステリー





「……」
目の前で眉間にかなり深い縦皺を刻んでいる上官に、リザは訝しんだ視線をやった。
仕事の悩みを持つ顔ではない。
妙に神経を尖らせているロイの口元が、何やらもごもごと動いているのも気になる要因だった。
「お嫌いでしたか?」
少し前、休憩にと出したサクランボは皿からきれいに消えている。
リザのいない間に誰かにやったのでなければ、彼が食べたので間違いないだろうとは思いながらそう聞けば、ロイは「いや」と眉間に皺を寄せたまま、
「……苦い」
と小さく呟く。
「にが……――傷んでましたかっ!?」
サクランボの味にはあり得ない感想に、リザは慌ててロイに駆け寄った。
選り分けたときに、傷んだものはなかったはずだが、まさか。
しかし苦いと思うならすぐに吐き出して欲しい。が、ロイは片眉を上げて、そんなリザを制した。


「ああ、違う。ヘタだ、ヘタ」
「――ヘタ?」
べ、と出された舌の上に、サクランボのヘタが、ぐにゃりと歪んで乗っていた。
「……大佐。食べられるのは実の部分だけですよ」
「知っている。可哀相な目で見るのは止めたまえ」
半眼で睨みながら、ロイがふんと鼻を鳴らす。
「何をされているんです?」
「結べるかと思ってな」
「ヘタを、ですか?」
「……キスが上手いというだろう」
「ああ――そんな噂もありましたね」
確か思春期の頃くらいに、とはさすがに言わない方が良いだろうか。
やたらと真剣に取り組んでいるらしい上官の意を汲んで、リザはどうしたものかと眉を上げた。
それで今更、口の中が苦くなるまで、悪戦苦闘していたというわけだ。
仕事もこれくらい集中してくれていれば、今、机上にある3倍くらいの量ならば、あっという間に終わるだろうに。


「何度やってもダメだな。出来たためしがない」
「何度……」
言われて皿を見てみれば、種とヘタの数が合っていないことに気づいた。
忌々しげに諦めたヘタを足元のゴミ箱に投げ入れている。一体どれだけ、こんなバカなことに時間を費やしていたのだろうかと呆れてしまう。
「違うぞ中尉。昔から、という意味だ。今日はそんなに試していない」
内心だけで吐いたはずの息が伝わったのか、ロイがムッとしてリザを見上げた。
「君、出来るか?」
「は?」
「これ、結べないよな」
残り数本にまで減っているヘタの一つを摘み上げ、揶揄するようにそう言われて、リザは至極あっさりと首肯してみせた。
「出来ますよ」
「え、出来るの?」
「おそらく」


失礼します、とロイの手ではなく、皿に残ったヘタを抓んで口に入れる。
軽く端を歯で押さえ、舌先を使って輪を作った。
ロイの目を見据えたままで、もごもごと何度か小さく動かした口を開けると、リザは小さく舌を出した。
指先で器用に結ばれたヘタを摘まんで見せてやる。
と、ロイが信じられないとでも言うように、固く結ばれたヘタを目を眇めて首を振った。
「…………何で出来るんだ」
「さあ」
何でと言われても。
ロイのように別段練習したわけもなく、友人たちとの遊びの延長でたまたまやってみたら出来ただけで、向き不向きがあるのではと思うのだが。
「何だ?コツがあるのか?こんなもの、どうやってそんなに固く結べるんだ!」
ゴミ箱へ捨てようとしたヘタを奪い取ったロイが、角度を変えて検分する。
それからおもむろに最後のヘタを口の中に放り込んで、また苦いと断念しては、リザの作った固結びのヘタを恨めしげに睨んでいる。


「別に出来なくても良いと思いますが」
これが出来るからといって、人生で得をした覚えはとんとない。だから逆も然りだろう。
サクランボのヘタくらいで何をそこまで熱くなれるのか、リザにはまったくわからない。
「良くない。キスがド下手な男みたいだろうが」
しかし、くそうと毒づくロイは非常に不機嫌だった。
そんなことを今更気にする必要がどこにあるのか、本当にさっぱりわからない。
「お上手なんですから、そこまで気にされなくても」
「そういう――……何?」
リザの言葉に熱り立ちかけて、ロイは目を瞬いた。
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙の後。
リザはまるで何事もなかったかのように、空いた皿をさっと取ると一礼した。
「では後程、書類を取りに伺います」
「待――」
命令が耳に届く前に、リザは素早くドアを閉めた。
シンクへと向かいながら、ヘタのなくなった皿を見つめ、ふうと疲れた吐息が思わずといった風にリザの唇を掠め出る。


サクランボなんて迷信だ。結べるから何だというのだ。
あんなにさっさと結べる自分は、ド下手らしい男にいつもいいようにされているのが現実なのだ。




END



増田うまそうなので何となく。
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