After that





途中で何度もハボック少尉に合図を送ったというのに、すっかり一緒に気分良くなってしまったらしい彼は、見事に期待を裏切ってくれた。
「飲みすぎです」
「らいじょうぶら」
外を歩いている間は、それでもまだ今よりはましだったはずの大佐は、部屋に入るなり、ぐにゃりと私の肩に凭れ掛かってきた。重くて熱くて、アルコールの塊のようだ。
「まったく大丈夫じゃないですよ、大佐」
「そんなことはら……ない」
引き剥がしながら睨むと、言い直すついでに私に敬礼をして見せる。
ダメだ。完全な酔っ払いがここにいる。
「いくら明日が非番でも、何でそんなになるまで飲んだんですか、もう……」
とりあえず水は飲ませた方がいいだろう。
引きずるようにしてソファまで運んで、キッチンから水を注いで戻ってくる。
アルコールで潤んだ瞳で私を見つめる彼に、グラスを渡した。
「……君が」
「私が?」
きちんと持とうとしない大佐の手を支えながら口元に運ぶと、一口飲んだ彼がボソリと呟くように言った。
「楽しそうにしてたから」
「楽しかったですよ」
飲んでもいいとは言ったが、まさかここまで完全な酔っ払いの介護をする羽目になるまでは、確かに十分楽しんでいた。
「良かったらあと思っていたら、つい酒もうまくらってだな……」
「……」
「怒ってるか?」
とんだ言い訳だ。酔っ払いの戯言だ。
わかっているのに、そう言って赤い眦で窺うような上目遣いをして見つめられて、胸が鳴ってしまった私も、どうやらかなり酔っている。
「……怒ってます」
「すまん――」
こぼさないようグラスを引き抜いた私の肩口に、大佐の額が押し付けられた。
アルコールの入った吐息で謝罪されても誠意はない。
「私も今日遅番だって言ったじゃないですか」
「……リザ?」
そんな相手についうっかり本音をこぼしてしまったのは、どうせわからないと思ったからだった。
案の定ぼんやりとした発音で顔を上げた大佐に苦笑して、私は彼の髪に触れた。
こうしているとまるで大きな犬みたいで、可愛いと言ったら、素面の彼は多分気を悪くする。
「何でもありません。さ、ベッドまでもう少しですから頑張ってください。立てますか?」
手を引くと、おとなしく握り返してきた大佐が、不意にその動きを止めた。
「大佐?」
「――たてる」
「そうですか――って、ちょっ、たいっ、」
おもむろにソファの下に押し倒される。酔っ払いに唇を塞がれた。
「んぅっ」
酔っているから力が入らないんじゃなかったの。
いつもより滅茶苦茶で執拗なキスはやけに苦しい。アルコールにあてられて眩暈がしそうだ。
「やめ……っ、もう!おとなしく寝――んっ、ど、どこ触ってるんですかっ」
「ん?君の体……いや、胸?ここは腹で、足で」
そういうことを聞いているんじゃない。
わざとなのかと思いたくなるくらい、やたら真面目くさった口調で説明されて、私は彼の手から必死で身を捩りつつ、圧し掛かる胸を押し返す。
「も、いい加減に退いてくださ――」
「なか」
「――っ!」
本当にとんだ酔っ払いだ。
出掛かった悲鳴を喉の奥で飲み込んで、私は慌てて腰を引いた。
しかしジリジリとにじり寄ってくる彼はやたらと平静な表情で、目だけが赤く染まっている。
熱い掌がまた私の太腿に這わされて、心に反して、身体がぞくりと粟立った。
「もっとしてい――」
「ダ、――ダメ!ですっ!」
本当になんて最低の酔っ払い――!
言葉と同時に近づいてきた頭を勢いよく押し返す。と、不思議そうに首を傾げられてしまった。
その表情がまるで純真な子供のようで性質が悪い。
「どうして。いつもして――」
「いつもそんなこと聞かないじゃないですかっ」
必要以上に紳士然とした態度で聞かれたいことじゃない。
酔っ払い相手に無駄と知りつつ、思わず大きな声が出てしまった。
しかし大佐は私の態度に憮然とするでもなく頷くと、
「なら聞かん」
「ちょ、や、たい――!」
何故だか別の意味での了解を示して迫る彼に、押し返す手に力がこもる。
が、こんな時に限って気遣いだけアルコールで蒸発させてしまったらしい大佐は、常にない強引さで私の内腿に舌を這わせてきた。
「――っ」
ぞわぞわと駆け上る生理的な反応に、内心で歯噛みする私を無視した彼の唇が吸いついてくる。
「んー……」
――そうして、ぐってりと重たくなった頭が太腿の上で力尽きた。
「…………っ、だからっ」
やめてと言ったのに。
そんな状態で絶対最後までできないくせに。まったくもう本当に――
「――バカ」
固い床の上で勝手に覆い被さって、人の足を抱き枕代わりに気持ち良さそうな寝息を立てている彼の頭を、私はぺしりと叩いたのだった。



END


というオチ。
そして翌日二日酔いの頭で土下座必至なマスタング萌え。

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