スウィート・スウィート・リクエスト





視察だ会議だと忙しなく過ぎていった先週の予定が書き込まれた手帳を視線で追って、同じように過ぎていった書き込まれていない日付にふと視線が止まった。気づいて顔を上げる。
「誕生日、何かリクエストはあるか?」
「はい?」
私の隣でソファに腰を下ろしていたリザが、突然の言葉に首を傾げる。
ここ数年、誕生日だからと特別な時間を設けられる余裕などなかったから、当然といえば当然の反応か。
だが、訝しがるというよりは胡散臭そうなものでも見るような目つきで窺われるのはいささかいただけない。
私が不実な男のようじゃないか。

「君の誕生日プレゼントの話なんだが」
「来年ですか?気が早すぎますよ」
どうせ数分先の予定さえ、緊急呼集がかかるかもしれない。
来年のことなど先過ぎて、今から約束などバカらしいとあからさまに書いてある彼女の顔に眉を上げて、私は手帳を閉じた。
「いや、先週分。何でもいいぞ」
「でしたら明日の資料期日を――」
「仕事以外で」
いわんとすることをすかさず制すと、リザはもの言いたげな視線で私を軽く睨んだが、やがていいえと首を振った。
「……特にありません」
「本当に?」
「なら、一日ゆっくり休んでください」
「それは君へのプレゼントじゃない」
「リクエストですよ?」
予想通りの解答に、私は苦笑した。
「なら、私の為に、たまには甘えてくれたまえ」
彼女を覗き込むようにして唇を軽く合わせると、リザが困ったように眉を下げたのがわかる。
まったく。これでは私が甘えているようだ。

「……大佐、手帳の整理はもう良いんですか?」
「ん?ああ」
「なら、膝枕してください」
「そんなのでいいのか?」
「滅多に出来ませんし」
言いながら、私の膝に頭を乗せて、リザがくすりと微笑する。
「膝くらい、いつでも好きに貸し出すぞ。なんなら明日休憩中にしてやろうか」
「したら撃ちますよ」
半眼のリザに下から銃を模った指を顎に突きつけられて、冗談だとその指を取る。
「他にないのか?」
「特には」
私の言葉に瞑目するように閉じられた瞼を見つめながら、そのまま遊ぶように指の腹を甘噛んでみる。
「思いついたら言ってくれ」
もう一方の手で無防備なリザの髪を撫でていると、ふと香りの違いに気がついた。
梳いていた髪を一房掬い上げた私の気配を察したリザが、薄目を開ける。
「大佐?」
「髪、じゃないな……。香水?」
「――ああ、ミストです。司令部を出る時、レベッカに会ってこう……」
人差し指でプレスしてみせる。なるほど、彼女に吹きつけられたわけか。
ほんの少しだったと思いますけど、と言って、リザも香りの元を辿るように首を捻った。

動くときに仄かに香る程度の甘い香りが、いつになくプライベートたらしめていて、私は内心で苦笑した。
カタリナ少尉のその行為は、非番に入るリザの今を見越してのことか。
「そんなにわかります?」
「いつもと違うからな」
髪を元に戻してまたやわやわと撫で梳かしながらそう言うと、何故だかリザが困惑の表情で私を見上げた。
言い難そうに眉根を寄せて、おずおずと口を開く。
「いつも、ですか……?」
不安げにそう嘯いて、おそらく無意識に右手の甲に鼻をつける。
また彼女特有のいらぬ誤解をしているらしい。察した私は、すかさずその手を取り上げた。
代わりのように鼻先に近づけて思い切り息を吸い込んでやる。
「大――」
「この匂いが好きなんだ」
そう言うと、リザが眉を寄せて唇を尖らせた。
あまりしつこくすると照れ隠しが転じて本気で怒られそうな気配に、あっさりと手を離してやる。
と、リザが僅かに赤みを増した頬を隠すように、膝の上で体を反転させた。
顔を思いきり私の腹に押し付けて、着慣れたシャツをきゅっと握る。
「リザ?」
「私もですよ」
「ん?」
膝を丸めて、すんと鼻を鳴らされる。
「貴方の匂い、嫌いじゃありません」

不意をつくのもいいとこだ。
なんて可愛いことを言ってくれるじゃないか。
喜色の広がる優越感に、私は笑い出したい気分になった。
「リザ」
随分上向いた声音で名前を読んで、顔にかかる髪を掬って耳にかける。
まだ同じ体勢で動かないリザの耳朶を優しく抓むと、僅かに彼女が身じろいだ。
「もう少し君のリクエストに応えるから、後で私もリクエストしていいか」
「……」
上から、そっと囁くように問えば、何かを察したらしいリザが無言の抵抗を示してきた。
それに構わず耳朶の淵をうっすら撫でていく。
「私の誕生日分で」
「ずっと前じゃないですか。休憩にご希望の紅茶を淹れました」
そういえばそうだったかもしれない。
こういう時だけ察しの良いリザが、シャツを握りこんだまま往生際の悪い正論を向けるのは、私を調子付かせるだけだ。
「なら去年の誕生日分でいい。ダメならその前の誕生日で」
「……何年遡る気ですか」
「何年でも」
もうダメだ。互いに気づいている事実を必死で逸らそうとする彼女は可愛すぎる。
くつくつと声を溢すと、それでも負けを認めないリザが、さらに体を丸めてきた。
「膝枕でいいですか」
「膝に乗ってくれる方がいい」
「――」
チェック。

リクエストを申請した私に、リザが無言のまま、腹部に一発拳を入れてきた。
だが、拒絶はされない甘やかしに、私は一層気分が上がる。
「30分後でいい」
チェックメイト。

時限付きで宣告して、私はリザの耳から指先を離した。
再びゆるゆると優しく髪を撫でる動作に変えても、しかしリザの体制は変わらない。
手に取るように分かるリザの葛藤を思って、私は緩みかかる頬を自覚しつつ、壁にかかる時計を横目で確認した。



END


2012/02/22でにゃんにゃんして欲しかったロイアイ。
このあときっともっとにゃんにゃんにゃんwwwww

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