ガールズトーク 「っは〜。どっかに金のあるフリーのいい男はいないもんかしらねー」 「この間の彼は?資産家だったんじゃなかったの?」 昼下がりのオープンカフェでコーヒーカップを置きながらこぼされた言葉を拾えば、レベッカは顔を潜めて見せた。 「フリーじゃなかったのよ」 「あら、残念」 そんなところだろうと思っていた。 一度遠めに見掛けただけだが、どうにも軽薄な女好きにしか見えず、どこがいいのと思わず目の前の本人に確認したくらいだ。けれどもそこで「お金以外ないじゃない」と断言した上で、話のネタ程度に「絡んでみようかしら」と言っていたレベッカを知っているから、これが本気の失恋ではないことくらいわかっている。 だからこそ、自分もコーヒーに口をつけたままの姿勢で笑ったリザに、レベッカもわざとらしく眉根を寄せて半眼で睨んできた。 「思ってないくせに」 たまの休日、気の置けない友人とくだらない会話に花を咲かせるのは実に楽しい。 メニューを開いてくすくす笑いながら、リザは久しぶりの非番を満喫していた。 ***** 「あんたはどうなのよ」 しばらくレベッカの男談義に興じていると、不意に矛先を向けられた。 追加で頼んだスコーンは既に食べ終えて、今はデザートのチーズスフレを待つばかりの身の上だ。 いまいちつかめない話題の提供に、リザはきょとんと瞬いた。 「私?レベッカほどお金に執着してないわよ?」 「よく言うわー。国家錬金術師なんて湯水のようにあるじゃない。ああ、あるから気にならないみたいな?」 「……は?」 何の話だ。 レベッカに隠れて国家錬金術師資格をリザが取れたわけもない。 何となく嫌な話の流れだろうかと身構えがてら眉を上げたリザの態度に、にやにやとした笑いを浮かべたレベッカが、テーブルについた肘を心なし前にずらすようにして更に言った。 「は、って。大佐よ大佐。焔の錬金術師」 「なんで彼が関係あるの」 やはりそっちの質問か。 他の面々と違い、悪意のない故意の質問には、まだどう答えていいのかわからない。 レベッカもたぶんそれを理解した上での揶揄半分といったところなのは、軽い口調と砕けた態度に表れている。 とりあえず煙に巻くことに決めて、リザはふうと息を吐いた。 「ないの?」 「ないわよ」 「ふーん」 「……」 「……」 何で相槌まで無言になる。 ほとんど熱さの感じられなくなっているコーヒーを追加で頼もうかと考えながら、口をつけかけて。 「ヒミツ?」 「……じゃなくてっ」 親友の飽くなき問いかけに、リザは持っていたコーヒーカップをガチャンと置いた。 ***** 「まあでも、ぶっちゃけ国家予算の比重ハンパないわよね」 「そうね」 運ばれたチーズスフレをつつきながら、気を取り直したようにレベッカが言った。 先程の話題を、どこで何に繋げる気なのかわからないまま、リザは当たり障りのない返答で返す。 金持ち水準での話題なら、アメストリス大国で国家錬金術師は王道と言えないこともない。 軍の狗だなんだと錬金術師の間では侮蔑されることもあるのだろうが、一般人での認識はこんなものだ。 「でもむちゃくちゃ成金趣味に走る国家錬金術師もあんまりみないわよね」 「錬金術で成金になりたいなら、軍に縛られない方がいいからじゃない?」 「そっかー」 いないわけではないけれど。 少なくとも思い浮かぶ身近な錬金術師にそういう趣味はありそうにない。 昔、何かのついでに、錬金術師達が一斉に金を精製したら大変なことになりますね、というようなことを話したら、実にあっさり「ないんじゃないか?」と言われたことを思い出した。 曰く、「理論がわかって当たり前に出来ることをして何が面白い」ということらしい。 何となくわかるようなわからないような。 わからないことを突き詰めたいというのは学者らしい欲求だろうが、それを追い求めて利益を省みないところが一途で、言い方を変えれば研究馬鹿の一言に尽きる。 「で?大佐って研究バカ?」 「は?」 と思っていたら、丁度良くそう聞かれて驚いた。 思わず怪訝な顔で問い返したのを、レベッカが気軽にパタパタと手を振って続ける。 「いやホラ、とりあえず金持ちのいい男じゃない?リサーチくらいしとこうと思って」 いい男? 何だか引っかかる言い方だ。 今までの彼女の傾向からいって、彼が好みに分類されるものだろうか。 優男より筋肉質なタイプを好んでいたはずのレベッカが、いつ趣旨変えしたのだろうと訝しみながら、リザはコーヒーカップを持ち上げた。 「……科学者は多かれ少なかれそういう気質だと思うわ」 一口啜れば、レベッカが残念そうに首を振った。 「あー。惜しいなー。一般受け微妙なオタク気質かー」 「オタクって」 その判断はどうだろう。 苦笑しながら言ったリザへ、だって、と悪びれずに首を竦めてみせた。 「やっぱり休日も会話そっちのけでわけわかんない数式にブツブツ言ってたり、食事中に話しかけたら逆ギレして、理論が飛んだ!とか言い出したりするんでしょ?」 「そんなわけないでしょ。……どういう偏見持ってるのよ」 完全な言いがかりだ。 世の錬金術師達が聞いたら、一斉に猛抗議されそうな質問をごく当然のように言ってのけたレベッカは、つまらなさそうにチーズスフレを口に入れる。そうしてフォークの先を遊ばせながら更なる偏見を口にした。 「えー。だってマスタング大佐なんて特に軍だと上手くやってるじゃない。そういう人に限って、余計プライベートはだらしなかったり、女に対して暴力的だったりあるのかしら〜、って。休日だと力が抜けるみたいな。そういうの全然ないの?」 「ないわよ」 それでは完全なダメ男だ。 更に言えば、そんなつまらないプライベートからスキャンダルに発展しかねないことを、あの彼がするわけがない。 むしろプライベートほど自然体なフェミニストぶりに拍車がかかっているような気さえする彼が知れば、さすがに渋い顔をしそうだと思いながら、リザは呆れ半分で目を細めた。 「いきなり幼児言葉使い始めたりとかも?」 「ないわ」 「最中にいきなりものすごくマニアックな要求されたりとか」 「あるわけないでしょ」 どんなプレイだ。 むしろそんな例えがすらすら思い浮かぶ親友の、今までの交際関係が心配になる。 逆に質問してもいいのかしら、と不安を覚え始めたリザをよそに、レベッカはつまらなさそうに首を傾げて見せた。 「見たまんま?」 「あのままよ」 「ほんっっとうに?」 「本当に」 「なんで休日やプライベート知ってんの?」 「……」 「……」 なるほど。そういう繋ぎ方か。 しかし気づいたときには既に遅し。 落ちた沈黙の合間に、リザは最後のチーズスフレにフォークを刺した。 それ以上の追及をするでもなしに、レベッカもまた、少し大きめの塊を、そのまま一口で飲み下したようだ。 二人分の静かなカフェのテーブルに、鳥の声が遠くに聞こえて小さくなる。 「……」 「……」 無言のまま、レベッカは食後のコーヒーを飲み終えて、優雅な動作でナプキンで口元をさっと拭った。 それから世間話を続けるようにそっと身を乗り出すと、身構えたリザの側で、右手の甲を自分の左頬にそっと添える。 「ヒミツ?」 「……レベッカ!」 言わずと知れてしまった気がする。 無理に聞き出そうとするでもなく、満足げに笑ったレベッカがウェイトレスを呼ぶために手を上げた。 追加にものすごく甘いものでも頼もうかしら。 うっかり乗せられてしまったリザはぶすくれたまま、すっかり冷めたコーヒーを一気に煽ったのだった。 『611 Museum of Anniversary』へ寄稿させていただきました。 611の日!おめでとございます! だというのにたんぐ不在!でもロイアイ!です!笑 |