ジャック・オ・ランタンの甘い罠


夜、というよりは随分遅い時間だという自覚のあるまま訪れた玄関先で、一瞬寝起きを疑うような緩慢な動作で迎え入れてくれたリザが、とん、と抱きついてきた。街に飾り付けられた陽気な雰囲気も手伝って、手土産にと買ったケーキの入ったオレンジ色の小さな箱を落としそうになる。
ロイは咄嗟に受け止めたリザの背中で持ち直した。が、少し寄ってしまったかもしれない。
イベントにかこつけて切り張りされたカボチャのポップが、普段通りのカップケーキに刺さっているだけのような気もしたが、実はこういう遊び心が嫌いじゃないリザだ。ポーカーフェイスに乗る喜色を見つけられる自信があったはずなのに、予想外の展開になった。

「リザ」
「はい?」

抱き留めたままで名前を呼ぶと、当然気づいていたはずの化粧箱を無視して返された言葉と同時に襟元をぐいっと下げられた。途端、首元に噛みつかれる。
思わず脱力しかけたのは、そこから何かを吸い取られたせいでは無論なく、ただ、それを期に強く香ったアルコールのせいだった。

「……酔ってるのか?」
「いいえ」
「嘘吐け」

即答ぶりが清々しい。

「何でそう思うんです?」

嘘つきの鑑のような回答に付け加えてそう聞きながら、リザの指先が鎖骨に触れる。薄っすら爪痕を残そうとするかのように立てて、また首に歯を立てられた。
何故もなにも、鼻腔をつく香りで酔えそうな甘い匂いをさせて分からいでか。
妖艶な吐息を絡ませながらロイの回答を待つ仕草に、添削される学生時代を思い出して苦笑が乗る。と、それを咎めるように、リザが鎖骨に爪を立てた。
酒臭いから、だけを理由にしたら叱られそうだとロイは内心で苦笑を深める。

「……酔ってなかったら、君がこういう事をするとは思えない」

言葉を選んでそう言えば、リザはふと唇をあてていた首から顔を離してロイを見上げた。アルコールのせいか潤みを含んだ色素の薄い瞳が困ったように瞬かれて、真意が見えない。
見つめ返していると、先に視線を伏せたリザが、こつんとロイの胸に額を預けた。

「するんですよ。幻滅しました?」
「馬鹿言え。普段からこうだと思うと、興奮して仕事が手につかんだけだ」

首筋に噛みついた部分からだけではなくアルコールの匂いがするリザに身体を押し付けられて揶揄するような口調になる。リザがロイの背に両腕を渡してぎゅっと抱きつきながら、また首筋に顔を近づけてきた。
らしくない迫り方は、それなりに慣れている風に見せかけて、次の予測がつくぎこちなさで、酔いにでも任せていなければ、リザがしそうにもない行動だ。
というのに、耳元に聞こえてくる口調は普段通りだった。

「なら、いつも興奮してらっしゃるんですか」
「……それは、私が普段から仕事をサボっていると言いたいのか?」

何もそれを今言わなくても。
抗議の気分でリザに回していた片腕に力を込めると、ふ、と笑んだ声音に不意をつかれて、また首にがぷりと噛みつかれた。

「酔ってるんです」
「…っ、だろうな。歯が痛い」
「当たり前です。痛くしてるんですから」
「いっ」

今までで一番強く噛みつかれて、思わず肩をびくりと跳ねさせる。
少し屈んで掬うように抱きしめていたせいだろう。首筋というよりは、随分上に残りそうな場所だった。
普段から危ない位置には痕をつけさせてくれないくせに、君はするのか。

「…………」
「リザ」
「……」

ちらりと窺うような視線を感じるが、まだ離してくれる気はないらしい。
今度は痛くない程度に甘噛まれた。自分でつけた痕を労るように小さく動かす歯の隙間から漏れるくすぐるような篭る息遣いに、ロイは不覚にも喉を鳴らした。
誤魔化すようにリザの背中で箱を持ち上げ、その存在を示してみせる。

「ケーキを――」
「いりません」

途中で遮るようにそう言って、リザは後ろ手でロイの手から小箱を抜き取ると、器用な動作でシューズボックスの上に置いた。
自分でつけた痕を軽く見据えて、そこにちろりと舌を這わせる。

「っ」
「お菓子より」

僅かに首をずらすことで刺激に耐えたロイを追って踵を浮かせたリザが、首元に鼻先を甘えるように埋めて言った。

「イタズラしてください」

もう完全に軍服で隠れない位置で唇を動かしながらそう言われて、ロイは今日まだ一口も飲んでいないアルコールが自分にも確かに回ったのを実感した。




不意打ちで迫られたら、ちょっとドキマギしてるといいですマスタング。
ハッピーハロウィン!


 
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