真理の果てより悩ましく


店内に備え付けのラジオから話題の曲が流れている。
が、ロイはそれに乗る気にはなれなかった。
目の前に迫る陳列棚を見つめて愕然とする。

――こんなにあるのか…!?

こうしている場合ではない。早く目当てのものを買って家に帰らなくては。
自室のベッドで横になっているはずのリザの顔が脳裏に浮かんで、ロイは挑むようにそれらを見つめることに成功した。初めて間近で見る品数の多さに狼狽しつつ、手を棚に伸ばしかけてふと思う。
ああ、そうだ、薬も必要なのかもしれない。

――まて、何の薬だ?

思いやりから出た新たな疑問にぶち当たり、ロイは憮然と眉根を寄せた。
紳士の嗜みとしてダンスや社交辞令に自信は持てても、女性の生理用品にまで気を回したことは、これまでただの一度もなかった。交際相手の生理周期に気遣う男はいるだろうが、そっちの手入れに気を回す男が一体どれだけいるというのか。
まさか自分がこんなものを真剣に品定めする日がこようとは。

「どれでもいいのか……?」

とりあえず、と無造作に一つ手を伸ばして意外な軽さに驚いた。
よく考えればそんなに重たいものであるはずはないのだが、妙に感動するこの気持ちはなんだ。
ふわふわとしたコットンの感覚に似て、粗雑にしてはいけないような気さえしてしまう。
女性用だなと思わずにはいられない。
感慨深げにしげしげと眺めていたせいで、他の客がいることをロイはすっかり失念していた。

「――っ、失礼っ」
「…………い、……いいえ……」

横手からおずおずと伸ばされた白い腕に、過剰な反応を返してロイが飛び退く――と、若い女性が気恥ずかしげに視線を避けた。そうしてロイの持つ商品の斜め上、『羽付き超薄型昼用』と書かれたものを取る。隠すように商品を小脇に抱えての去り際に、やたらと疑わしげな視線を向けられたような気がして、ロイを居た堪れない気分にさせた。

「持っているのはマズイ、か……?」

妙に力を入れて鷲掴んでいたらしい手中の小袋を持ち上げてみる。
一つ分空いている棚にすっと押し込んで元に戻した。
それから先程の女性が取ったせいで空きのできてしまった棚を見る。
そういえば、今の彼女は選定に迷いがなかった。

「もしかして、決まったメーカーがあったりするのか……!?」

またぞろ飛び出た新たな疑問に、ロイは頭をがしがしと掻いた。
そうだ。衣類にだってそれぞれ好みがあるではないか。それならこれにもあるのだろう。
ああ、何故それに気づかなかったロイ・マスタング!
買ってきてやると飛び出す自分を一生懸命断る姿が可愛いな、などと微笑んでいる場合では全くなかった。付け心地か。付け心地なのかポイントは。
リザ本人に好みの詳細を聞いてこなかった自分の浅慮さを呪いつつ、フルスピードで思考が回る。
素肌につけるものだから、付け心地は大切だろう。それならやはり問題は素材か。だが、何か違うのか?
普通の着衣と違い、それほど多種多様な生地が使用されているわけはない。材質表示はコットンが主流だ。まさかビニールを破いて確かめるわけにもいかず、ロイはただただ悩まされる。

「『さらふわ実感』……? ザラッとしてたら大変じゃないか」

どれもこれも似たような表示にロイの口から悪態が漏れる。

「わけがわからん……」

男の自分から見れば、女性はなんと神秘的な生き物だろうと常々思ってはいたが、まさかここまで複雑怪奇な生態の主だとは。
吸収率の表記を目にして、ロイはうっと泣きたくなった。
夜用、昼用はまだわかる。わからないが、何となくわかる。今は夜で、リザは今晩自分の家に泊まるのだからこれは夜用でいいだろう。だが。

多い日・少ない日とは何だ――!!

これなら錬金術の暗号を解読する方が分かりやすい。生体研究は門外漢だが、聞き齧った程度の知識はあるはずなのに。具体的なようで曖昧な表記に翻弄される。

「……大は小を兼ねる……」

自分に言い聞かせるように、ロイは少し大きめの小袋に目をつけた。

「――と、何だこれ?」

同じ棚の袋の横に、小箱があった。それに気づいてロイはさらに手を伸ばした。

「これも同じ用途な、の、……かっ!?」

多い日夜用、という同じ記載のされている小箱を裏返して、ロイは思わず口元を覆った。
使用方法にざっと目を通した途端、羞恥で体温が上昇する。

――何だこの卑猥な形は……っ。コンパクトスリムタン――……これはいいのか。そのものじゃないのか。いや、小さいがっ。だがしかし。

押し込みやすいワンタッチ式と書かれた小箱を持ったまま、顔色が変化するのを止められない。
リザはどっちが好きなんだ。ああ、わからない。

「娘さんに?」
「――えっ」

突如、後方から声を掛けられて、ロイは上滑りした声のまま、思わず小箱を取り落としてしまった。
拾うのも忘れて振り向くと、小太りな中年の女性がロイを見上げて微笑んでいる。

「あ――いいえ、そういうわけでは、あの」

また気づかなかった。あまりの衝撃に狼狽していたのは認めるが、現役軍人としては問題だろうと冷静な部分でつっこみながら、ロイの口は明確な否定を出来ずに噛んでしまう。
予想以上に狼狽の度合いは高いらしい。

「はい」

その様子に余計笑みを濃くした女性が、ロイの足元から小箱を拾って優しく手渡す。受け取りながら礼を言うロイに、

「お若いのに苦労してるのねえ、あなた。娘さんお幾つ? 初潮かしら?」
「――はぃっ?」
「あら、でも初めてならこれよりもこっちの方がいいわよ。人それぞれだけど、最初は量も多い子が多いだろうし、そうね…………これはどうかしら?」

にこにこと邪気のない中年女性の笑顔がこんなに直視できないことは初めてだ。
女性と話をするときは、どんなときにも笑顔でかつスマートに。相手の目を見て爽やかに。
ああ、こんなところで信条を覆されることがあろうとは――。
誤解の同情を一身に受けてロイが渡されたのは、『羽付き・多い日夜用ロング。さらふわ実感』という小袋だった。

「大丈夫。娘さん、わかってくれるわ」
「お、気遣い感謝致します、マダム…………」
「いいのよぅ。困った時はお互い様よ」

ほほほ、と上品な笑みに逃げ出したくなるのを必死で堪え、ロイは努めて冷静な足取りでレジに向かった。後ろから、やたらと人の良い視線を感じて早足になるのはご愛嬌だろう。
いらっしゃいませこんばんは、という若い店員の可愛らしい声も今夜ばかりはスローモーションに聞こえてしまう。ロイはどこかにある早送りボタンを連打したい気分にかられた。
ここの店員の若い女性は比較的愛らしい子が多い。
と、思っていたのに品物を渡された時、彼女と視線を合わせてしまったことを、ロイはひどく後悔した。
何を買おうが客の自由だプライバシーだ。言っておくが私が使うわけでは断じてない。
向けられた視線だけで愛らしさが消え去るのが実に惜しい。
レジを抜けて、茶色い紙袋に隠されたそれを、しかしロイはさも隠すようにしっかりと抱いた。

「――ああ、くすり……」

足取り重く抜ける夜道に、思い出して一人ごちる。
リザには悪いが、あの店には戻れない。

「すまん、リザ」

痛み止めに酒ではダメかと考えて、そんな自分の頭を路上で殴った。




絶対戻ってから中尉に冷たい目で迎えられると思いますたんぐ。


 
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