必要以上に追い詰めて、醜い欲望を吐き出してしまいたくなる時がある。
拒まれないと知っての行為は滑稽だ。
それは、自分の性格ゆえか、それとも彼女の挑発か――。



 火蜥蜴に踊る


夏にはまだ早い季節だというのに、やけに気温の高い一日になりそうな陽気が室内に篭ってきた気がして、私は手元の資料で自分を扇いだ。
上着を脱いでも暑いと思うのに、執務室に備え付けられた書棚へテキパキと返却作業に勤しむリザは、いつもどおり、きっちりと上着を着込んで、黒いハイネックを覗かせている。

「暑くないか?」
「涼しくはないですが、慣れています。安心ですし」
「安心?」
扇ぐ手を止めぬままでそう聞き返すと、リザは困ったように眉を下げて私を見た。
「錬金術師でもない私の身体に練成陣があるなんて、いらない邪推の元ですよ」

確かにそれは一理ある。
だが、別に襟刳りの大きい服でなければ、大して気にするほどの位置ではない。
背を向けて書架整理に戻ってしまった彼女の背中に、練成陣を瞼の裏で浮かべながら、私は席を立った。
「規定シャツのカラーなら見えないと思うがね」
「屈んだ時に見えるかもしれませんよ。ハボック少尉然り、ファルマン准尉然り、上背のある人の多い職場ですし」

背後に立った気配に気づいているはずのリザは、しかし振り向かないままでそう言った。
彼らほど高くはないが、低くもない私から見ても、そうそう他人の首もと――更に後ろ側の奥になど、目がいくとも思えないが、もしかして覗かれた経験でもあるのだろうか。
だとしたら、そいつは随分彼女に近い距離にいたらしい。
邪推が聞いて呆れる距離で覗き込む、知らない誰かを想像して、口の端に嗤いが乗った。

「火蜥蜴もいるし、か」
「そうですね」
「それこそ邪推のし過ぎだ。屈んで見える範囲に火蜥蜴はいない」
纏め上げた髪の後れ毛に触れそうな距離で低く嗤えば、やはり振り向かないリザが、さすがに資料を繰る手を止めた。

「……大佐、近いです」
「近づいているからな」
今更の指摘に喉の奥でくつくつ笑うと、むっとした雰囲気が気配でわかる。
「職場ですよ」
「知ってるよ」
言わずもがな、ロイ・マスタングの執務室だ。部屋の主がここにいる。

「何を、考えているんですか」
「職場で出来ることを色々」
「な――」
私の挑発じみた物言いで気色ばんだリザが、鋭い視線でこちらを向いた。
おかげですっかり近づいていた私に気づいた彼女が慌てて後ろに足を引く。が、書棚に阻まれ無駄な抵抗に他ならなかった。
まだ、どこにも触れないままで、逃げられた距離の分だけ、じり、と半歩間合いを詰める。

「今の言葉で、いったい何を想像した?ホークアイ中尉?」
「……何もっ」
「そうか。私は色々想像したがね」
私を睨む鳶色の瞳を見据えながら、その目にかかりそうな前髪に触れる。
「……っ。いいから離れて下さい。こんなところ、誰かに見られてもしたら――」

それすらも厭うように剣呑に眉を顰められて、私はぐっと身体を近づけた。
書棚に肩肘をついて、分厚い軍服の布地越しに体温を感じる距離になる。
ぐっと言葉を呑んでしまったリザに代わって、耳朶に囁くように私は声を潜めた。
「邪推されて大変だな」
息を詰めたリザの肩がごく僅かに跳ねる。それでも毅然と私に向かってくる姿勢は賞賛に値する。
「わかっているなら、」
「隠せばいい」

背中の陣も私のつけた火傷の痕も、その黒いハイネックで、誰にも見せまいとしているように。
剥き出して自分のものだと知らしめたい衝動と、秘匿された二人だけの暗号のような独占欲が頭を擡げて、何もかもを無性に暴きたくなるのはどうすればいい。

「は?大佐――」
「静かに」
疑問を呈しかけたリザを、唇以外、触れずに奪った。
身体で身体を押さえつけ、両手で書棚に壁を作れば、逃げ場を失ったりザの方から、私の胸元に手を当てた。
軍服の前を握り締めるその行為は、本気の抵抗ととるには甚だ弱い。
だから私も離してやれない。

「――っ……」
顔の角度だけで口中を甘く蹂躙すれば、絡めた舌の間から、息継ぐ声が零れて、私はようやく唇だけをそっと離した。
「そんな声を出すな。職場だぞ」
「……っ、貴方が」
「隠せばいいか」
「何言、――、っ」

また一方的に切り上げさせて、私は彼女の襟をぐいと下に引っ張った。
咄嗟のことに対応できない隙を突いて、首筋をきつく吸い上げる。
一度ではなく、二度、三度――。
同じ箇所を何度も攻めて、残るように深い跡をそこに刻む。

むりやり引き下ろしたハイネックは、少し緩んでしまっただろうか。
薄めで満足のいく印を認めて、私は今度こそ本当に唇を離した。
それから丁寧に彼女の首元を整えて、半身ほどの隙間を作る。
服の上から私のつけた位置を押さえたリザが、まだ僅かに息の上がった瞳で私を睨んだ。
その姿に、ほの暗い欲が満たされていくなど、想像もしていない見事な睨みっぷりで困ると言っても、きっと彼女にはわからない。

「ついでに隠せて良かったな」
他人に見せられないという背中の陣を覆う為だというのなら、そのハイネックで今日の跡も、これからも。
「……最低ですね」
「自覚はあるよ」
それでも、そんな私を拒みきれない君が悪い。選択の余地は君にしかない。

「見られるなよ。邪推の元だ」
「貴方にしか見せません」
薄く嗤って言った私に、警戒心も顕わに半眼で睨み据えながら、さも当然のようにそう言ってのけられて、私は心底こみ上げてくる衝動を笑いに変えて、肩を揺らした。

やはり君が一番悪い。

「大佐?どうかし――え、ちょ――」
訝しむリザの頤を掴んで、戸惑う表情を両手で包む。
今度こそしっかりと膝も入れて、足場も固定し、掬うように食べつくしてやる。
私に最低な言動を取らせる要因は、須らく君の挑発にあると、そろそろ君は気づくべきだ。



ロイの日なので、黒マスタング目線で。(2013/06/06)
 
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