雨降り、不機嫌ビターシュガー

「君はピロートークをもう少し楽しむべきだと思うがね」

やっと汗の引いてきた身体の気だるさをまとっているのは同じだろうに、適当に相槌で返していた私の背中へ大佐が憮然とした口調でそんなことを言ってきた。

「……」

髪を引かれて肩越しに振り返れば、かまえと瞳に書いてある。
男の方が疲れるという定説を昔レベッカに聞いたことがあった気がするが、どうやら彼には当て嵌まらないらしい。

「何だ」
「……いいえ」
「言いたまえよ」

首が疲れる――なんて言ったら絶対にムッとするくせに、それでも既に少し不機嫌を滲ませたその顔は、上層部に見せる飄々としたものとも、仲間内に見せる気安い上官の顔でもなかった。ドアの外でもうきっと寝ているハヤテ号を思い出してしまった程度に、拗ねたようなその表情はずるい。
また完全に背を向けた私に、今度は髪こそ引かないものの、スプリングが鈍く軋んで、ベッドの中でじりりと身体を寄せられたのがわかった。

「リザ」
「……終わってからも旺盛なサービス精神に感心していただけですよ」

仕方なしに言葉を選ぶ。
出してしまえば満足なのが雄の性だと認識しているのだから、そんなに気にかけてくれなくていい。
彼の求めるスキンシップはたまに甘ったるくて、正直とても困っているのだ。

「……」
「大佐?」

けれども、当然だとでも言って軽く流すだろうと思っていた彼の言葉が続かない。
その代わりとでもいうかのように、背後の気配が僅かに不穏なものに変わった気がして、私は彼を呼んだ。

「誰と比べた?」
「は?――ちょ、」

返事のない彼を振り返ろうとして、ぎゅうと後ろから抱き竦められる。
密着した素肌が体温の低い私の温度を改めて知らされて、伝わる熱に身体が震えた。

「比べたわけでは――」
「面白くない」

そんなことを言われても。
比べる相手が選り取りみどりの人と一緒にされるなんて心外だ。
が、何か言わなければ離してくれそうにない拘束に、私は内心で溜息を吐く。
勝手に思い込まれた事に対しても謝罪は必要だろうかと考えていたら、更に不満気な声が唇と一緒に後頭部に押し付けられた。

「ベッドの上で他の男の話はマナー違反だ」

したつもりのさらさらないことへは、どう返したら良いんだろう。

「……そういえば、大佐はされませんよね」
「するか馬鹿者」

逡巡して、それから矛先を変えようと彼の乗りやすい話題を振ったが、逆効果だったらしい。即答でやけに苛ついた声音で返されてしまった。

「するか」

二度目の同じ台詞は、彼の腕の中に閉じ込められそうな強さを感じて、私は思わず身を捩った。

「……っ」
「リザ?」
「やはり熱いので離れてください」
「君な……」

肩からぐるりと回された腕から逃れようと肘で彼の胸を突く。
と、やれやれといったように私の肩から離れた手が、今度は私の腕の下に差し込まれた。

「大、佐!」
「これくらいいいだろう。何なら凭れてくれてもいい」

それじゃあまるで意味がない。
後ろ向きだから余計に耳朶に響く彼の声音で、体温が更に上がりそうだ。

「貴方は体温高いんですよ」
「前のお相手は低かったのか?」
「そ――」
「君は低いから丁度いいだろ」

彼から振ってきた質問への回答すらさせてくれない。
そのくせ、離す気はないとばかりに胸を掬うのはやめてほしい。

「――大佐っ」
「もう少し。気持ち良いんだ」

どんな理屈だ。正直すぎるにも程がある。
せめてもの抵抗に腕を掴んでも、力は緩められる気配すらない。

「変態」
「どうしてそうなる」

それならばと口にした悪態に、さすがにムッとするかと思ったけれど、大佐はおかしそうに喉の奥で笑っただけだった。何だかとても部が悪い。

「やめてください」
「もう少し」
「やめ……っ、明日書類山のように回しますよ」

少しだけ、手のひらで圧し潰すような動きをされて、私は思わず声を荒げた。悪戯が過ぎる。
しかし大佐はそれにも面白そうに笑って、かまわないと耳を食んだ。

「いつも山だろう。今更だ」
「休憩でも、貴方にだけはコーヒー淹れませんから」
「いいよ。どうせ本気で詰まってたら淹れてくれるのが君だ」

回された腕の熱さがどんどん肌から伝わってきて、ものすごく困る私の表情は、きっと眉根に皺を刻んでいるだろう。けれど嫌悪ではないと知られないで済む為に、今は向かい合っていなくて良かったと思った。
身じろぐ隙間さえ与えてくれないこの抱擁は、どうしたらやめてくれるのだろう。
考えていると、長い指の間に突起を掠められて、私はぐっと息を詰まらせた。

「……っ、明後日のキャシーさんとのデートにハクロ将軍との打ち合わせをずらしますよッ」

それは困ると言ってほしい。
ふざけたように降参した両手を離して、冗談だとでも笑ってくれればいいと思う。

「なんだ、嫉妬か?」
「何を馬鹿な――」
「仕方ない。仕事優先だからな」

だとういのに、そういった彼の唇が甘えるように項に埋められて、私の言い訳が尽きそうになる。

「ネタ切れか?」

してやったりな口調が本気で憎らしい。

「……無能っ」
「こら」

口中で思わず呟いた単語を拾って、嗜めるようにシーツの中で足が絡んだ。
これ以上は本当に――
もしかして下手な逃げを打つよりも、黙っているのが得策だろうか。
時折粟立つ肌は仕方ないとして、彼にされるがまままんじりとしていると、足への悪戯がやんだ。
しかしまだ腕だけが密着する肌をやめてくれない。
不意に、大佐が呟くように低く言った。

「雨」
「……はい?」
「降り出してきたな」

耳を澄ますと、窓の奥で微かな雨音が聞こえてきた。
そういえば、夜半から降り出す地域もあると、今朝のラジオで聞いた気がする。
思わずついてしまった悪態が本当になってしまったかのようだった。

「そうですね」

本降りになる前に送って行こうかと考えた私が身体を起こそうと動きかけて、相変わらず緩まない彼の腕に手を乗せる。

「……大佐、本当にもう離し」
「もう少し」
「大――」

甘える、というよりは少し強引な口調が肩口に埋められる。

「ひどくなる前に帰られた方が――」
「雨の日は無能だからな」
「自覚されているのなら」
「だからここにいる。安全だろう?」

ああいえばこういう。
ふふんと鼻を鳴らして私の体を自分に向ける。睨む間もなく唇を塞がれた。

彼との事後は本当に苦手だ。
まるで恋人同士のような密着も、甘えられる感覚も、最中ならば気にもならないはずなのに。
こんな、胸の奥が疼くような感情は、いつか枷になったりしないだろうか。
可能性があるなら早めに摘まないと。
わかっているのに、枕元に潜ませた愛銃に手を伸ばせないまま、私は今夜も彼の腕を叩く程度の抵抗しか出来ないのだ。



【2016/06/11】
ロイアイの日なのに、甘くなーーーーい!!!笑
お互いに気持ちのベクトルを知られないようにしているけれど、相手の匂わす態度で不機嫌になったりトゥンクしちゃったりして、まずい、ないない、ダメだ、と理性と闘いつつ、大人の付き合いしている的なロイアイ、を久し振りに書きました!

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