「おー、おめでっと」
結婚する――、と告げた直後はそれだった。
前々から二人の仲を知っているカカシの反応は、だからごく軽いものだった。
――はずなのだが。




もしもアスマが病室で紅とのデキ婚を話してたら。




「おー、おめでとう…て、ちょっ、え、なに、子供いるの…?」
「ああ、まあ、そういうこったな」
いつものように愛読書から目を離さずに祝辞だけ述べていたカカシが、めずらしく驚いたような顔を向けてくる。意外なほど真剣な表情に、てっきりからかわれるのだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。簡単に頷いてみせると、カカシは俺の両肩にがっしりと手を置いて身を乗り出した。
「アスマ」
「なんだ?」
「それ、順番違わない?」
「頭も打ったのか」
「失礼ね」
「……」
カカシからこういうからかい方をされるとは予想外の反応だった。
てっきりもっとお固く自分達の将来について語り合うことになるか、はたまた真逆で盛大に暴露話でもさせられるかと思っていたのだが。
思わずくっくと苦笑しながら、俺はカカシの両手を退かそうと動く。

「やけにマジな顔で何を言いだすかと思いやおまえ――……てマジか」
笑っていないカカシの目がそこにあった。
え。待て。待て待て待て。
そこでどうしてお前がそんな真剣なんだ?
「アスマァァァ!」
「な、なんだ」
「婚前交渉はおとうさん許しませんよー!」
不調な身体を押してまで、詰め寄る台詞がそれか。
あまりの白熱振りに一瞬呆気にとられてしまった。
しかしどこか鬼気迫るものを感じる。
俺は僅かに身を引きながら、カカシの相手に話題を振った。

「なぜおまえが父になる。んなのカカシ、おまえだってサクラに何もしてないわけじゃねぇだろが」
「何ができると!」
「……あー…」
しまった。地雷か。
後悔しても時既に遅し。
真剣な眼差しに気魄すら滲ませて、カカシは俺の襟元をがっしりと絞り上げてくる。
大人しく養生しててくれ。て、おい。何だその目に光るモノは。
「サクラはまだ純粋で汚れを知らないの!そんなあの子に何をどう…」
「ナニをナニすりゃいいじゃねぇか」
「…アスマ」
「いやいやいや、冗談だ。写輪眼しまえ。な」
一瞬俺の体が揺らいだぞ。
おいおい、写輪眼どころか万華鏡使う気だったのかこのやろう。
火事場の馬鹿チャクラ。その標的をどうにか逃れる。
と、カカシはそれまでの悪ふざけが過ぎたのか、ベッドにどさりと倒れこんだ。
額に腕を翳して息を整える木ノ葉きってのエリート忍者の、こんな体裁のない姿はめったに拝めるものではない。

「しっかし天下のはたけカカシがねぇ」
「なに」
ぶすくれた声に、隠せずからかいの色が滲んでしまう。
「さすがに教え子にゃ手ぇ出せねぇか」
「元・教え子。オレだって手くらい出すよ」
「は?だっておまえ今…」
「つなぐ」
「アカデミー生か!」
ずらした腕の下から負けん気の強い視線で言い切られて、思わずつっこむ。
「だってサクラさん可愛すぎてオレどうしたら…」
もうどうでも好きなようにしてくれ。
呆れ果てて辟易とし始めたところへ、ちょうどタイミングよく、病室をノックする音が聞こえた。
ドアノブが回る。

「あ、アスマいた……て、カカシどうしたの?」
「紅。いや、いまさら自分の幼女嗜好を自覚して苦悩してるんだろ」
「……あぁ」
両手で顔を覆ってさめざめと丸々カカシへの説明に、紅は疲れたように同意の息を吐いたのだった。




手が出せないカカスィー。

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