Teach me?






くぐもる吐息が行き場を失い、鼻に抜ける。

「ん……ぅっ」

途端に甘たるい音になってしまったのを理解するより早く、口腔に侵入してきた弾力のある舌に絡め取られて、ペトラは更に自分の呼気が熱くなるのがわかった。
逃げ場もなく戸惑わせてみても、角度を変えたリヴァイの息を感じる時にはもう粘液の合う音が鼓膜の内側から直接脳に響くようで、ペトラの背筋をぞくりとした感覚が這う。

「ちょ……、待っ」

かくんと膝が抜けそうになって、慌ててリヴァイのシャツを掴む。
が、その指先すら微かに震えて力が上手く入れられない。
そんなペトラの様子をわかっているだろうリヴァイは、しかしまるで頓着してくれることもなく、むしろ余計にペトラの身体に自身を寄せた。
踏鞴を踏もうにも背後は壁に押し付けられて行き場がない。
冷たい兵舎の壁だけが、ジャケットを脱いだ背中に当たっていた。堅く冷たいはずなのに、もう随分前からその感覚すら覚束なくなっている。酸素を求めた唇を上から覆うように食まれてしまい、ペトラは堪らずリヴァイの胸をどん、と叩いた。

「ぃちょ……ッ……」
「……何だ」

ようやく貰えた返事らしい言葉は、どこから聞こえたのか判断できないほどすぐ傍だ。
息と唇が合わせた場所から震えるようにペトラの口に侵入して、リヴァイの唇が下唇をついばんでくる。

「ん、――い、……息、できません……っ」
「教えてくれと言ったのは、おまえだろが」

言いながらもペトラの答えを待つより早く、リヴァイの舌がまた容赦なくペトラを絡め取る。
これじゃあ目も開けられない。
何度も深く浅く角度を変えて侵入されるリヴァイの動きに必死でついていこうとしても、気がつけば足の間に差し込まれた彼の膝にくず折れる形でペトラの腰が落ちていた。
いつの間にか手ではなく肘を壁につけるほどにリヴァイの身体が密着している。
薄く開けた目でペトラを真っ直ぐに見据えながら、名残惜しげに舌先を軽く吸い上げて、リヴァイが唇の間に隙間をくれた。

「教えて、くれてます……?」

頬をなぞるリヴァイの指先だけが唇と裏腹に優しく触れて、ペトラはやっとで絞り出すようにそう言った。

いつもいつも、上手く返せていないだろう自分に自信がなかったのは本当だ。
教えて欲しいと言ったのも本当。
だけども、今日といつもと何が違うのかわからない。

リヴァイの視線を感じすぎて、すぐに見つめ返す勇気が持てないのもいつもと同じだ。
確かめるように頬にある手に手を重ね、ペトラはそれを追ってゆるゆると瞼を持ち上げた。
勝手に昂ぶったせいで濡れた視界がリヴァイを捉える――が、合ったと思った途端に、リヴァイの掬い上げるような唇にまた奪われた。
今度は浅く絡められて、ん、と漏らしてしまった声が恥ずかしい。

「習うより慣れろ」
「う、うそつき……」

揶揄するような動きに堪らずペトラはそう言った。
リヴァイがふっと吐息を漏らす。笑ったようにも呆れたようにも思える微かな振動が唇にかかった。
ペトラが瞼を瞬かせる間に、リヴァイの親指が唇に触れた。

「……口、開けろ」

されるがままだったペトラの下唇を僅かに引いて、リヴァイが言う。
誘導されて薄く開ければ、そこへ侵入してきた親指が歯列に触れてペトラの舌を刺激した。

「ん――」
「そう……もっと舌出せ」
「ぁ、んぅ……っ」

これは、キスのレクチャーだろうか。
抑えるような動きに変わったリヴァイの指から逃げて、軽く噛む。
緩んだ指の腹に吸い付くように唇を動かして、舌とは違う質感のそれにペトラは必死で舌を絡めた。先を窄めて押し付け、舐る。
動かないのをいいことに、今まで彼から受けた愛撫を思い出すように、ゆっくりと何度も唾液を絡ませた。
と、その隙間から、リヴァイの人差し指が差し込まれて、ペトラはびくりと顎を引いた。

「……オラ、逃げんな」
「だ、だって、ひゃっ!」

言い訳めいたペトラを窘めるように、リヴァイの膝がぐっと上に押し付けられた。
思わず悲鳴が口をついて出る。
刺激に気を取られた一瞬の隙をつくかのように、リヴァイがペトラの首筋に歯を立てた。
そこからやわやわと唇だけを這わせて上に登らせる。

「――ペトラ」

耳朶に低く声が届くと同時に、ぬめる舌が熱い息と共にペトラの耳の中に侵入した。
ぞくんと背筋が一気に粟立つ。直接的な水音がペトラの身体の最奥を疼かせて、完全に膝から力が抜ける。
最初からそれを見越していたのか、しがみついてしまったペトラを支えるリヴァイはまるで動じず、当たり前のように、より身体を壁との間に挟み込んだだけだった。
押し付けられたリヴァイの身体も随分熱いと今更ながらに気づかされる。

「兵長、それ、キスじゃな……っ」
「応用だ」
「ゃ、あ――」

せめてもの抵抗も、すかさず首元に這った舌の動きに嬌声に変わる。
耳朶はリヴァイの指先に弄られて、喉への刺激がペトラの身体をどうしようもなく熱くする。

「教えてやる」
「ん……ッ」

絶対、うそだ。
教えてくれる気のさらさらない口腔の蹂躙を受けながら、ぐにゃりと溶けかけた思考の中でペトラはそれだけを微かに確信したのだった。



【END】