Just Miss You.(2)




2.

 しょんぼりと肩を落とした人影は、まだこちらに気づいていないらしかった。
 最後に受信したメッセージを流し見て、メッサーはそっと息を吐く。
 危惧していたとおり、無防備な背中だ。簡単に腕を回せてしまうではないか。

「きゃっ!」

 ほら、やっぱり。跳ねる肩も、こんなにもすっぽりと腕の中に納まってしまう。
 こんな華奢な身体で、こんな時間に浜辺をウロウロしないでほしい。

「俺も好きです」

 明るさの消えてしまった画面に打ち込む代わりのレスポンスを耳朶に直接吹き込めば、カナメの体がまたピクリと跳ねた。が、今度は悲鳴はついてこない。背中にいる相手が誰だか、きちんと認識してくれたようだ。
 少し離れた浜辺に数人のはしゃぐ声が聞こえて、メッサーはカナメを抱く腕に力を込めた。聞こえてくる声は男のようだ。おおかた、新年に浮かれたラグナの若者たちだろう。別に今すぐ害があるというわけでないとわかっていても、ああいう輩と先にカナメが鉢合わなくて本当に良かった。

「好きです」

 溜息を吐くかわりのようにもう一度小さく吐息に乗せて囁く。

「……ですが本当に心配なので、こんな時間の一人歩きはやめてください。どうしてもなら俺をちゃんと呼んでくださ――」

 当然の小言を言い掛けたメッサーの腕の中で、突然カナメがくるりと体制を変えた。
 そうして背中に腕を回し、ぎゅうぎゅうとしがみついてくる彼女は、メッサーの話を聞いているのだろうか。表情が見えないから何とも判断は出来かねるが、もしかしたら少し酔っているのかもしれない。
 そういえばいつものカナメに匂い加えて、仄かにアルコールの香りもする。
 髪についたパーティの残り香だろうか。
 鼻先で、すん、と香りの行方を追っていると、カナメがメッサーを呼んだ。

「メッサー君」
「そうではなく――」

 呼べ、と言ったのはそういう意味ではない。

「メッサー君メッサー君メッサー君」
「……どうしました?」

 けれど何だか様子がおかしい。
 宥めるように包み込んで、メッサーはカナメの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
 しばらくそうしていると、カナメはほうっと息を吐いたようだった。胸に温かない吐息を感じる。
 メッサーの背中を締め付けるように回していた腕の力が緩んで、カナメがもぞもぞと腕の中から見上げてきた。

「カナメさん?」
「……会いたかった」

 そうして、とんでもなく可愛い事をぽそりと呟く。

「怒ってる?」
「……心配しました」
「嫌いになった?」
「まさか」

 即答すれば、月光の下でふにゃりと蕩けそうな笑顔を見せたカナメは、またぽすりとメッサーの胸に顔を埋めた。

(ああ、もう……)

 会いたかっただなんてそんなこと、メッサーだって思っていた。いや、ずっと思っている。
 今夜だって本当は、この方角にカナメがいるのだと思う気持ちで走っていたのだ。
 まさか会えるとは思っていなかったし、会えてはいけない場所と時間だったというのに、それをわかっていただろうカナメも、その「まさか」に賭けて抜け出してきたというのなら本当にどうしようもない。
 酒の力が全くなかったとも言えないが、カナメなら入っていなくてもきっと変わらなかったことだろうと思う。

 お転婆、じゃじゃ馬、破天荒、猪突猛進エトセトラエトセトラ――

 頭の中に沸いてくるあらゆる単語が、多くの者にとって、ワルキューレを束ねるリーダー、カナメ・バッカニアとは無縁な言葉だと思われている。それでも、それが彼女の本質でもあるということを知る権利を得られる立場だということがこんなにも嬉しい。

 メッサーのカナメを抱く腕に、無意識に力がこもる。
 腕の中の温かさが染み渡ってきて、カナメの髪をすく指先が震えるほどの感情をなんと言えばいいのだろう。
 もう今メッサーの頭の中には、カナメの不在に気づいて慌てる小隊のことなど欠片も存在していない。愛しさで胸が詰まる、などと陳腐な表現を物語の中にみたことはあったけれど、まさかそれが自分に起こるとは思わなかった。

「ね、メッサー君の国の言葉で『あけましておめでとう』ってなんて言うの?」
「……Ich liebe dich」

 思わず、言葉が口をついて出た。

「いっひ、りーべ、でぃひ」

 たどたどしい発音でなぞるカナメに、どうしようもない愛しさが更に募る。
 会いたかった。カナメに一目会いたかった。本当はいつだって会いたい。けれど今夜は無理だと諦めていたからこそ、カナメのいるだろうパーティー会場の明かりを見つめるつもりで、メッサーはラグナの浜辺を走っていたというのに。
 会いたかったから抜け出してきた、などとあっさり言われるとは思いもしていなかった。
 敵わない。
 常々思っていたことだけれど本当に、一生自分はカナメに敵わないのだろうと思う。
 けどそれがいい。

「Ich liebe dich」

 カナメを抱き締めれば、抱き締め返してくれる動きが愛しくて。

「fur immer」

 永遠に。愛しています、あなただけを、心から。

「ふ? ふゅあ、いんまー? 今のは?」
「……よろしくお願いします、というような」

 新年早々嘘を教えてしまったけれど、このくらいならいいじゃないか。
 あけましておめでとうございます。
 今年も、来年も、永遠に、あなたにそれを伝えられたら嬉しく思う。

「はい! よろしく願いします!」

 これでもかというほど弾む声音で、カナメがメッサーの胸に顔を埋めた。
 どこよりも早い日の出が、今、腕の中にいる。
 込み上げてくる愛しさに突き動かされるように抱き締めて、メッサーはそのつむじに唇を寄せ、もう一度愛の言葉を囁いたのだった。




                                    【 END 】

2017.01.01のお年賀コピー本としてちゃりんこさんに送らせて頂いたメサカナssになります。