あなたであれば例え涙の一滴でも(02)




2、好き、大好き、キス

 たぶん、いや、絶対。彼女はキスが好きなんだろう。

 唇へのキスに特別な意味を置こうとするのは、男よりも女に多いと思っていた。
 けれどカナメさんは違うのだろうか。
 請われるままに薄く開いた唇へちろりと舌を差し入れれば、鼻に抜けるような声と共に遠慮がちに彼女の舌が絡んできた。上手くはない。けどすごくいい。
 初めてこういう関係になった日の夜も、そういえばカナメさんからのキスだった。とはいえ唇を合わせて俺の様子を窺うだけのキスだったけれど。
 十分に潤してからもキスの雨を身体中に降らし続けていきながら、ゆっくりと足を開かせる。太腿を持ち上げ自分の両脇に押し広げてから密着するように身体を進めた。
 そうすると抵抗する気もないくせに、未だに恥ずかしくてたまらないというような顔をしてふいっと逸らす仕草に胸が疼く。その腕を取って宥めるように身体を寄せれば、おずおずと首に回される腕が、俺を求めているように錯覚しそうだ。

(……本当に)

 これで好きな男を相手にしたら、一体どれだけたまらない所作をするつもりなのか。
 もう何度も繰り返した行為だというのに、くしゃりと後頭部を撫でる仕草には不安と懇願が滲むようで、そう遠くない見知らぬ男の為だとわかっていても尚、払拭してあげたくなってしまう。好きでもない男にそんな表情を出来るなんて。ワルキューレのリーダーのこんな姿を、まだ誰も知らないでいる。暗い愉悦だ。

 顔を上げ、吐息を吹き込むだけのようなキスを一つ。

 先端を入り口に宛がえば、緊張で強張る腰とは裏腹に、彼女のそこは簡単に俺自身を迎え入れてくれた。もうすっかり抵抗はない。それほど何度も身体を重ねた。彼女の中は形を覚え、奥へ奥へと締め付け離そうとしないほど、この行為が気持ちいいと知っている。そう教えた。誰が。俺が。俺が、全部。

「メッサー、くん」

 一度すべてを納めると、カナメさんが消え入りそうな声で名前を呼んだ。
 朧気な室内灯を反射して煌めく瞳が涙を湛えて、俺をしっかりと映していた。
 それ以上を言わなくても、わかっている。初めてのときもそうだった。キスを、といつも彼女は欲する。
 無言でぐっと腰を進め、同時に唇を唇で優しく覆った。ホッとしたように弛緩した身体が愛しくて、つい勘違いをしてしまいそうになる。
 でも違う。この人が好きなのはどこかの誰かで、単にキスがお気に入り。それだけだ。このキス魔め。

「ン……ふっ、……きっ」

 ちゅ、ちゅ、と啄むような音を立てた隙間にカナメさんが呟く。

「すき、メッサー君、」
「は」
「……キス、」

 紛らわしい。止めてくれ。
 思わず唇を離したらカナメさんが涙に濡れた瞼を上げた。震える睫毛に縁どられた青い瞳が、どうして、と不安に揺れて見える。
 唇へのキスくらい、好きな相手にとっておきたいくらいの線引きは必要だったんじゃないんですか。翻弄されるこちらの身にもなってほしい。ああ、でも慣れたいんだったか。練習相手に抜擢された俺のキスに、毎回とろりと表情を溶かす様に暗く興奮してしまう馬鹿な男がここにいる。
 もうどうとでもなれ。

「俺も、好きです」
「……え?」
「キス」

 一瞬驚いたように瞬いた彼女が理性を取り戻してしまわないよう、再び甘く唇を食む。まって、と動いた気のする唇を無視して舌を割り入り、奥に埋め込んだ熱の律動を再開した。
 腰を打ち付け、うねるように動かして、同時に口腔を貪れば貪るほど中がきゅうきゅうとしめつけてくる。

「好きです」
「ん、ぅ」
「好きだ」

 あなたが。

 呼吸の合間に本音を混ぜて舌を絡める。そうすればより艶かしく蠢く中は、やはり俺を求められているかのように錯覚させるから困る。

「――ん、私も、好き、……すき、っ」

 あなたは言葉を選ぶべきだ。
 頭の良いはずのカナメさんの舌ったらずな行為への賛辞に、ずくずくと胸の内を黒く黒く焦がされながら、俺は爪先に抜けるような快楽に酔うしかない夜を抱くのだった。




                                    【 ⇒ 】

お互い想う相手は他にいるんだろうなーと勘違いしたまま、身体の関係だけ続けてる不毛なメサカナ。
オムニバス的に書いているので、時系列は1〜5のとおりですが、へ〜そういうことがあったんすね〜くらいの気持ちで読んでくださるとありがたいです。