キスの初めは消極的に




(ハンジ Ver.)


視線を合わせて、指先で軽く顎に触れれば、伺うような視線を向けながらも拒みはしない。あっさりと僅かばかりの距離を縮めて、私が少しも踵を浮かす必要がない高さに詰めてくれるのは、優しさということでいいんだろうか。
軽く合わせるだけの唇が音もなく離れて、すぐまたもう一度と求めるのはいつもこちらからばかりだけど、それを厭う様子を彼から感じたこともまるでなく。何度もつつくようなキスをして、薄く開いた唇の合間から漏れる吐息を噛みつくようにして奪っても、いっそ従順すぎる口腔に焦れるのも、これまたいつも私が先だ。

拒まれないのを良いことに、侵入を果たした舌先で明確な熱の在処を求めていく。
頬を挟んで歯列をなぞり、なかなか求めてこない小憎たらしい舌を追い。当てて絡めて、それでも満たないもどかしさを、後頭部に回した手で柔らかい明るめの金髪を掻き回すことで伝えてやる。そうすれば、腰に回されていたとばかり思っていたモブリットの腕が、いつのまにか私の頬を捉えていて、彼の親指が唾液で濡れた唇に触れた。

「……ん、」

拒むつもりかと少しだけムッとして、薄く開けた瞼からそっと表情を盗み見ようとしたが、それより先にモブリットに爪の先で柔く唇を下げられた。唇とも舌とも違う厚みのそれに焦れて、思わずそこに噛みついてやる。
ちゃんと返してくれないならば、舌も指も同じことだ。
開き直って、彼の指に集中することにする。
意外と太く骨張っていて、指の腹に確かめるように出した舌を這わせれば、ざらりとした感触がある。舌先をすぼめて指紋を辿り、それから指の横を唇で食んだ。モブリットの指が僅かに動くが止めてはやらない。そのまま全体を舐って、先端からぱくりと含む。固いなあ、と思いつつ何度目かで軽く歯を立ててみた。と、そんなに痛くはないはずなのに、モブリットが喉の奥で小さく息を震わせた。名残惜しい私の口から、非情にも指は引き抜かれていってしまう。
今度こそ憮然として視線を上げると、眼前にひどく潤んだヘイゼルの瞳があって、私は少しばかり驚いた。

「……あれ、ごめん、そんなに痛かった?」
「知っていますか」

何をと問う前に、彼の指を捉えていた私の手が逆に取られて、そのままモブリットの口に消えた。生温い口腔と捕らわれた舌でひたりとねぶられて、今度は私の喉奥で、ひ、と小さな声が上がる。

「指先も感じるんですよ」

咄嗟に引き抜こうとしても存外強く手首を取られていて敵わない。モブリット、と睨んだ先で、わざとのように音を立てて舐られ、指と指の間を唾液で塗らされて、ぞくりと背筋が粟立ってしまった。唇で丁寧に甘噛みされれば、びくりと肩も跳ねてしまう。
認める、知ってるよ、気持ちいい。
だけど、と荒くなってしまう呼気の間で掴まれた手を震わせながら私はモブリットをきっと睨んだ。
こんなところを器用に感じさせられるなら、なんで最初からしてくれないかな。される方が好きというわけじゃないくせに。
チラチラと舌と指の隙間から合う視線に観察されている気にさえなって、私はモブリットのシャツを引いた。

「……も、指、はいいからっ ── 」
「ええ」

そうですね、穏やかな声音が嘘のように口中に消えて、下から掬い上げるようにモブリットの大きく開いた唇が見えた。あっという間に視界が一面金色に染まって目を閉じる。寸前で思った事は、食べられてしまいそうだということだ。
その表現はあながち間違いとも言い切れない。

ついさっきまでと同じ人物とは思えない性急さで、口腔が蹂躙されていく。頬に当たる鼻が何度も向きを変えて、その度掛かる彼の前髪にすら震えそうだ。んぅ、と漏れてしまった甘たるい息声も、端からモブリットに奪われてしまう。
必死に舌を絡めて、追って、応えようとする私の右手を、キスは止めずにモブリットの左手が掴んだ。一本一本、ゆっくりと交互に交差させて、指の付け根を圧されてから、滑るように絡まれていく。指も、舌も、熱く痺れて気持ち良すぎて膝が震える。そろそろ無理かも。立っていられそうもない。

「ハンジさん」
「……ずっるいな」

重なったままの唇で囁かれた自分の名前の振動にまで身体の奥を疼かせられて、悔し紛れにそう返す。
モブリットめ、大人しい顔をして、本当にずるい。しかももう一人で立つことすらままならないタイミングを完全に計られている感がありありとする。
こっちが焦れるまで待てる余裕も狡すぎる。

「腹黒副長め!」
「……よく言いますね。あんたの方がずっとずるい」
「なに言っ ── 、ちょ、モブ、」

言い掛かりを一方的に言い切ったモブリットに再び深く呼吸を奪われ、もうダメだとなけなしの理性が諸手を上げた。あと何歩か、ものの数秒とかからず辿り着けるはずのベッドまでなんて、考えるのももどかしい。
モブリット、とキスの合間に名前を呼ぶと、少しだけ緩めてくれた動きに合わせて、彼の首に腕を回す。支えてくれる腕に甘えて、震える指先で何度も彼の髪をすいた。

「ここでして」

ベッドまでは無理だから。
ダメかな、と快感に抗える気のしない自分を笑うつもりで口角を上げれば、返事の代わりかモブリットに大きく唇を食べられた。籠る吐息と甘く激しい舌の動きに翻弄されて崩れる膝を、今度は支えてくれないらしい。
そのまま床に組伏せられて、キスの始めがウソみたいだな、と毎回思う思考を今日も途中で中断された。


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(モブリット Ver.)

唇が甘いなんて妄想だと思っていた。

振り向いた彼女のライトブラウンが音もなく瞬いて俺を見る。伸ばされた指先が顎に触れて、求められているのだと理性より本能が告げた。薄く開いた唇に吸い寄せられるように腰を屈める。――とはいえ、そう身長差があるわけではないから、自然とキスを請うように、下から伺う姿勢になった。
早く、と焦れてしまう内心に気づかれなければいいと思いながらそっと合わせる。
触れた先から吐息が漏れて、たったこれだけの行為に思考が鈍くなってどうしようもない。重ねただけのキスとも呼べない淡い接触しかしていないはずなのに、乱暴な欲望が鎌首をもたげ始めた事を自覚して、震えを悟られる前にと距離を取った。

けれどもそんな俺を知ってか知らずか、両頬を悪戯な掌に引き寄せられて、何度も吐息の交換を強請るようなキスに翻弄される。
ここじゃなくて、続きをするならもっとちゃんと、あなたを優しく求められる場所じゃないと、これ以上はまずい。
そう思うのに、ちろりと彼女からの舌の侵入を許してしまったのは、自分から言い訳を放棄したようなものかもしれない。
初めての時は一度のキスで、あんなに照れ臭そうにしていたくせに。
今となってはぎこちないのは俺の方だ。

蠢く舌先に絡め取られて、吐息が籠る。いつもはからかい半分でくるりと撫でてくる俺の髪を、ハンジさんがぐしゃりと乱した。頭皮に感じる指の動きさえいやらしいと思う。
もうどちらの熱かわからない水音に、背中の芯からゾクリとするものが駆け上がって、俺は咄嗟に彼女との唇の間に指を挟んだ。

――ほら、まずい。
軽く腰を支えていただけのはずなのに、いつの間にかあなたの顔にまで触れている。
これ以上を望んでくれるなら場所を変えて、少なくともあなたの部屋のこんな入り口に突っ立ったままじゃ、そのうち俺が押し倒してしまいそうだ。
視覚的にも濡れてなまめかしい彼女の唇を親指の腹でそっと拭う。

「――」

一瞬目が合ったと思ったら、俺の指がパクリと咥えられてしまった。
舌でなぞって、唇で食んで、まるで俺を試すかのように途中であえかな吐息を溢す。
いやがおうにも高まってしまう下半身の疼きを見越しているなら、最悪だ。あんた、いつの間にこんな行為を覚えたんです?
いや、違うか。たぶん彼女にそんなつもりは毛頭ない。俺の指を両手で持って一心不乱に吸い上げるその姿は、とても集中してみえる。指があるから舐めてるだけだろうな、こっちの事情なんておかまいなしに。艶めいて見えるのは俺の脳がそれを求めているからだ。頃合いを見計らって引き抜こうと思っていたら、くちりと歯を立てられて、奥歯を噛み締めなけらばならなくなった。

「……あれ、ごめん、そんなに痛かった?」

もう駄目だ。限界だ。
もっと優しくしたいのに、指とリンクした欲望が溢れだしてどうしようもないところまできてしまった。
驚く彼女の指を、お返しとばかりに舐め尽くす。

「モブリッ、ト」

そんな啼き声で呼ばれたら益々煽られてしまうだけだ。
手だけで抵抗を示されても、身体は俺に預けてくれるのだから、逃がしてやる謂れはない。
さっき彼女がしたよりも意図的に唾液を絡めて追い詰めると、俺を睨むライトブラウンが色を濃くして、匂い立つ女の色香で揺れているのを確認する。その目にとてもそそられる。
――と言ったらたぶん怒らせてしまいそうだ。

普段は紙面や巨人に輝く瞳が、人類に捧げた心臓の鼓動が、愛しくてそれ以上に崇高で、敬愛して止まない上官を形作るその総てが、今この時ばかりは俺に熱を向けている。
もどかしく甘えるようなシャツの引き方は、初めて強請られた時からずっと変わらず、俺の男を簡単に暴く。

もう指はいいから、と上がった息で促されて唇を奪った。
本当に、奪う、という言葉が相応しい強引な蹂躙をしていることはわかっているが、必死に受け止めようとするこの人の可愛さといったらない。優しく、出来うる限り丁寧に、その身体に俺の全てを刻みたいと願うのに、単純に刻み付けるだけになってしまいそうになる。せめてものお詫びにと、行き場を求めて胸にすがる彼女の指に指を絡めた。
舌の合間に、んぅ、と溢す息声が甘い。
唇も唾液も、まさか声まで甘くなる女をどうして貪られずにいられるだろう。

「……ずっるいな」

ハンジさん、――随分切羽詰まった情けない男の声で名前を呼ぶと、重なったままの唇で彼女がそう返してきた。

「腹黒副長め!」

続いてそんな言葉を賜る。真意に少しだけ頭を巡らし、お開きの合図だったら気づかなかった事にしようと結論付けるまでコンマ何秒の世界だった。
何かを言い掛けた彼女の唇を噛みつくようにして、呼吸ごと深く奪う。角度を変えて何度も何度も。抵抗されても今さらだが、抵抗はない。このまま続けてもいいらしい、と判断して甘い舌に集中する。
何度目かの鼻に抜けた呼吸の後で、ハンジさんが俺を呼んだ。返事の代わりに抱き締めたい。無粋な思いで見下ろせば、二人の唇にかかる銀糸がつ、と光る。
それから彼女が口にした台詞に、もう後戻りは無理だと知った。

「ここでして」

ベッドは後ろに見えている。歩けば10秒もかからない。だけどもこんなにかわいい女の身体を、どうして我慢できるだろう。
返事の代わりに抱き締めたい、は通り越した。今すぐ中に入りたい。
息継ぐ暇も与えられずにくず折れた彼女の膝もそのままに、まずはここで溶かしてしまえと、その身体を床と俺とで縫い止めたのだった。


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という、キスしてるだけなのに、妙にお互い牽制してるモブハンも可愛いモブハンモブハン\\(^o^)//


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