日向のかくれんぼ




一通り考察をまとめた資料が崩れないよう上に硝子の重石をして、それじゃあと席を立ったハンジの後ろでモブリットも椅子を引いた。
ドアの前で見送るか、それとも部屋まで送っていくか。
ラフに羽織ったシャツの襟からたまに覗く白い首筋を視界の端で捉えながら、モブリットは自問する。
いかにも非番といった一日だ。次回の壁外調査の日程も遠くはないだろうが、まだ調整の真っ只中で、研究班としてやることはあるが急ぐことは特にない。こんな日はどちらからともなく研究室や自室で各々本を読んだり洗濯をしたり、そうして新しい仮説を思いついたらしいハンジの急襲を受けて、自室に招き入れることも呼ばれることも少なくはなかった。

食事はとうに終えて、だが次の夕食まではまだ大分ある。
このまま別れれば、ハンジは自室に戻るのか――いや、談話室でコーヒーでも飲むのだろうか。
明日もこれといった特別な任は就いていない。それはこの上官も同じだと知っている。けれども別段いつもと変わらない雰囲気のハンジに、モブリットは結論を出した。

やはり部屋まで送っていこう。
ここで別れたのではまるで何も起こらない現状に自分が拗ねているようだと思ったから――というのはあながち外れてもいないが、それよりもう少しだけでも一緒にいたいなどと思ってしまった自分の本音に負けたというのが正しい。
ドアノブに手を伸ばしたハンジの後ろから半歩先に進み出て代わりに回す。どうぞ、と言って押さえたモブリットを、しかしハンジは何故かじっと見上げてきた。

「分隊長?」
「あれ? しないの?」
「……」

一瞬何のことだかわからずに視線に疑問を乗せかけて、思いついた意図を自分で疑う。
今の流れでどこかにそんな雰囲気があったかと考えても、思いつけない。
けれどもそれ以外に何か――する、ことがあっただろうか。
実験、資料の用意、商会との打ち合わせの為の口裏合わせに訓練内容の指示形態――どれだ。
ぐるぐると思考を巡らすモブリットへ、ハンジはまったく気にするでもなく、僅かに首を傾けた。

「今日するつもりなのかと思ってたんだけど」

ああ、やっぱりそういう意味で良かったのか。
他に捉えようもない解釈をして、どっと力が抜けそうになる。
モブリットは押さえたドアをそのままに、ハンジに顔だけ向き直った。

「……それ、誘っているつもりですか」
「そうともいうね」

尤もらしく頷かれて、モブリットの胸の奥に微かな反発心がチラついた。
おそらく他意はないのだろうが、日中高度の高さとこんなあからさまな誘い方でも断らないと知られているようで、モブリットは押さえたドアを離さずに、すっと目を眇めて見せた。

「他に言い方なかったんですか」
「セックスしないの?」
「そうきたか」

違う。求めていたのはそうじゃない。
ぐっと顎を引いたモブリットを前に難問に挑んでいるような顔をしたハンジが、返事は?と答えを促してくる。
モブリットは奥の机に置かれた時計の針に視線をやって、小さく嘆息した。

「……じゃあ今夜」
「夜しかしない約束とかしてたんだっけ」
「まだ夕食前ですよ」
「時間あるし予定もないし、間食みたいなものだと思えば」

パタパタと軽く手を降られて、はあ、と思わず溜息が出る。
まるで甘さの欠片のない誘い文句が、とうとう間食の勧めに進化してしまった。
こんな言い方で乗る男がいると思うんですかと苦言の一つも言ってやりたいところだが、では乗らないのかと問われれば首を立てに振るわけがない。それを自覚しているからこその溜息だった。
なけなしの矜持でドアを薄く開いたまま、モブリットは意図して盛大に肩を竦めてみせた。

「散々こっちの誘いは断っておいて今更」

偽らざる本音だった。
二人きりの研究室で、部屋へと送った別れ際、眠いと呻きながらモブリットに凭れてきたその耳朶に。
モブリット渾身の誘いは全く意に介してくれなかったくせに、いくらなんでも酷くないか。
珍しく厭味を含んでみせたモブリットの言い方に、しかしハンジは驚いたように大きく目を瞬いた。

「え? いつ? 何て? 誘ってたの? 本当に?」

ちょっと待って、と言いながら組んだ腕から顎に手を伸ばして考え込んでいる様子は、まるで本当に何も気づいていなかったように見える。キスをして、目を見つめて、部屋に送りますと言った最後に「ありがとう。おやすみ、モブリット!」と目の前で元気に扉を閉めたのはあなたでしょうに、と喉元まで出掛かった言葉を、モブリットは辛うじて飲み込んだ。

「……どうですかって」
「えっ。それ研究の進捗とか体調の確認だったんじゃないの!? だってそれなら昨日も――え? あの時皆いたよね? モブリット……それちょっと、大胆すぎない?」
「すみません、そこは流石に進捗と体調の心配です。それ以上も以下もない」
「わーかーりーにーくーいー」
「……」

俺の所為か。そうか、わかりにくかったか。
誘い方ハウツー本はシーナの書店にあるだろうか、うっと熱くなってきた目頭を押さえながら思いを馳せたところで、ハンジの指がひたりとモブリットのシャツを撫でた。
男の純情をからかうつもりかと眉を顰める。しかしハンジの目はひどく熱を持ってモブリットを見つめていた。

「したいんだけど」
「……っ、あなたは」

欲している。それ以外に疑いようのない視線がモブリットの喉を鳴らさせた。直裁すぎて言葉に詰まる。
確かにわかりやすい誘い方は、次回から真似をすべきだろうか。
駄目押しのように「その気にならない?」と聞かれてしまっては、モブリットの完敗だ。
なるもならないもない。随分前から、暴きたかったのは自分の方だ。
けれども今、ハンジも確かに暴かれたいと願っている。それがわかるから、辛うじて先に欲を抱き続けた忍耐で表情に乗せずに、モブリットはハンジをじっと見つめ返した。
お預けの切なさを少しでも――そんな子供染みた意趣返しは、おそらく自身の高ぶった視線でバレているとは思うのだが。

「……明るいですよ?」
「はずかしいね」
「良いんですか」
「モブリットが嫌じゃなければ」
「そんなわけがあると思います?」
「……ねえ、モブリット。質問ばかりなのは婉曲的な拒絶かな」

視線を交錯させたまま、ハンジの手がモブリットのシャツを引いた。
その手にドアを押さえていない方の手で触れて、ゆっくりとシャツから解いていく。解いた端から一本一本自分のそれと絡め直しながら、モブリットは最後の質問を口にした。

「俺の部屋で良いんですか?」
「モブリットが嫌じゃなければ。あ、でもここじゃなくてもいいよ! 私の部屋は散らかってるけど、あー……掃除しようか?」

良いかと聞いたのはモブリットなのに、ハンジはそう言うと、少しだけ惑うように眉を下げた。
思う存分手玉に取っているくせに、よくもそんな可愛い顔が出来るなと思う。
夕食に向かうためには一度着替える必要が出てくることだろう。汗をかくし、たぶん汚すし。だから、風呂に入る必要もある。シャツの皺を気にする時間を与えられないとを暗に示したつもりだったのだが、まるでそれを望んでいると言われたような気になってしまう。ここでしたいということはつまり――――……そう受け取らせたハンジが悪い。
男なんて相当単純なものなのだ。

ハンジの問いかけには答えずに、モブリットは無言で彼女から視線を逸らした。
そうしてやっとで押し止まっていたドアを引く。ゆっくりと木枠に嵌る音に続けて、ノブの真ん中に付いたつまみをさっと半回転させれば、がちゃりと硬質な金属音が、不躾に二人と外とを隔てる合図のように室内に響いた。
それでもまだどこか不安げに見上げてくるハンジに内心でくそっと毒づきながら、モブリットはその背をやや強引に抱き寄せた。

「ここで」

最後に肌を重ねてから、もう大分日が経っている。したい。モブリットの方がたぶん強くそう思っている。
休日を象徴するかのような下ろしたハンジの髪を指に絡める。抱き寄せられて胸に置かれていたハンジの手が、モブリットの首に回された。
何度も髪を梳いて、首筋を、耳朶を優しく啄み、僅かに出来た隙間を縫って、ハンジの頬に触れる。
軽く上向かせて重ねようとした瞬間、ハンジが、あ、と声を出した。

「ハンジさん?」
「お風呂入ったよ」
「……」

それは、つまり、このために?
言われなくとも、触れた髪で、においでそれはわかっていた。けれどもわざわざの宣言は、今日が非番だったからとか、そろそろ衛生的に限界だったからというわけではなく、準備してたよとでもいうつもりか。
まったくどうして、本当にきれいに転がしてくれる。
ハンジの額にこつんと自分の額をつけて、モブリットは眉を寄せた。

「モブリット?」

そのまま顎を上げさせて喋りながらで唇を撫でる。

「入ってないと言われても今更ですよ」
「……ん……、」

誘ったくせに、最初はぴたりと閉じていたハンジの口唇を指の腹で強引に開けて、モブリットは舌肉を滑り込ませた。髪を撫で、歯列をなぞり、身体を強く抱き寄せる。
何度か顔の角度を変えた後で、ハンジがモブリットと小さく喘いだ。

「……あててる?」
「あててます」

耳の後ろに唇を押しつけて肯定する。
ん、と吐息をこぼしたハンジの首筋に一度鼻を埋めてから、鎖骨に下りて、再び耳朶へ。
髪をかき分けて擽るように啄みながら、腰をぐっと抱き寄せると、より主張する熱を押しつけた。

「いいなあ」

シャツを掴んでいた腕を再びモブリットの首に回して、ハンジが不意に呟いた。
何がと問う代わりに耳の縁を甘く食む。そうすればかくりと膝の抜けたハンジが、モブリットにしがみつくような形になった。少し屈んで抱き止めたモブリットの耳に、拗ねたように囁かれる。

「男は自分がどれだけ興奮してるかこうすればすぐわかるじゃないか」
「……」
「こっちは触らせないとわからない」

ずるい、と呟く唇を奪う。
全く何を言い出すのかと思ったら。
わかりますよ。触らなくても。こんなに全身で感じてくれたら。


副長に宛がわれる部屋とはいえ、万年金欠の調査兵団宿舎の中だ。分隊長クラスでもなければ、部屋数が多いわけでもない。けれども共同部屋が基本の一兵よりはさすがに幅のある室内のおかげで、入口正面の窓から死角になる壁には困らないだけの広さはあった。
吐息と唾液の交換を次第に深くしていきながら、縺れるように壁を伝い、ベッドへ向かう。
午前中、空気の入れ替えの為に開けた窓は役目を終えて締め切っていた。そこから微かに届く掛け声は、訓練に勤しむ仲間のものだ。覆う物の掛けられていない三階の窓からあえて覗く人間はさすがにいない確信はあるが、面した舎前で行われることのある立体機動の訓練で視界に入らないとは言い切れない。

西日にはまだ早い陽光の差し込む明るい部屋で、光を避けるように進む二人の熱が高まっていく。
ベッドの縁に足がぶつかって、ハンジが座る。ぎ、と鳴ったスプリングに二人分の体重がかかった。
唇は奪い合ったまま、後ろ向きで進むハンジのシャツを腕から抜いて下も脱がして、唇を合わせながら手探りで脱がせた衣服を床に落とすと「モブリットも」とハンジが言った。シャツの釦にハンジの指がかけられる。
匂い立ちそうな視線を交錯させて開けたシャツの隙間に、ハンジの手が差し込まれる。触れる指先が熱い。
視線が下りて、ハンジが胸に唇を寄せた。ちゅ、ちゅ、と音を立てたキスを散らして、胸の先をちろりと舐める。
直接下を舐られるより感情的ないやらしさが先にきて、モブリットは息を飲んだ。

「気持ちいい?」
「すごく」
「もっと?」
「……こらっ」

かりりと歯を立てられて、モブリットはハンジの頬を掬って止めさせた。
くすくすと楽しげに笑う彼女を睨んでお仕置きとばかりに押し倒す。

「わっ」
「そうして欲しいなら口で言ってください」
「じゃあ触ってー」
「即答するし……」

ハンジに馬乗りになったまま脱ぎ捨てたシャツを床に放れば、先に落としたハンジのそれの上に落ちた。まるでベッドの上と姿と重なる。素早く下も脱ぎ捨てて、まだおかしそうに肩を揺らすハンジに覆い被さると、笑いと熱のこもった声で耳朶を擽られる。

「でもまだ、どこを、って言ってないよ」
「どこです?」
「……探して?」

このやろう、と毒づきたくなったのは、身を乗り出したハンジに、ちゅっとこめかみへ可愛らしいキスをされたせいだ。反応してしまった下半身は、押しつけていたせいで、彼女にも伝わっているだろうと思うと更に悔しい。

「優秀な副長さんはわかるかなー」

挑戦的に甘えられれば、独占欲と支配欲が鎌首を擡げてくるのを自覚させられて、モブリットはより昂る感情にぶるりと背筋を震わせた。

甘えさせたい。
いつもは凛として隙のない尊敬してやまないこの上官を。
キラキラと希望に満ちて屈託ない少女のように笑うその視線を。
甘えさせたい。どろどろに。
欲をたぎらせて強請らせて甘やかして、俺しか知らない顔をさせたい。

「悪い顔してるなあ」
「……させてるのはアンタですよ」
「うん、もっと見せてよ」
「こっの……」

そうやって部下の範囲を超えた部分を許されるとギリギリの罪悪感と相俟って、いや増す興奮で頭の芯がくらくらする。モブリットは身体を起こすと、右手で脇腹を何度も撫でて、左手で胸のふくらみに触れた。頂きを指の腹で悪戯に押しこねながら、ハンジの反応を探るようにゆったりとした動作で動かしていく。
右手は脇からそのまま下へ大腿をなぞり、立てた膝をくるりと撫でる。
ふ、と鼻に抜けた吐息を合図に、モブリットは首筋に優しくかじりついた。

「っ」

唇だけで刺激を与えながら胸の尖った先端へ。
舌先でじっとり形を確かめるように舐り、吸い上げると、ハンジの手がモブリットの髪を乱した。

「や、モブリット」
「もっと?」
「こらっ、ちょっ、」

先程のお返しにと、もう片方の尖りを甘噛めば、慌てたハンジが逃げるように身体を引こうとする。誰が逃がしてやるものか。下半身を撫で回していた手で腰を捕らえて、今度は音を立てて吸いついてやる。ひ、と短い声を漏らして、ハンジの身体が腕の中でびくりと跳ねた。
ここがいいのは知っている。なぜなら優秀な副長は、優秀な恋人でもあるからだ。
いつもは潜めている先端が快感を享受してぷくりと固いのが嬉しいと思う。この反応を出させているのは自分なのだ。
だめ、とないたハンジがきゅうとモブリットの頭を抱え込むように背中を丸めて、それからふと力を緩めた。
僅かに震えているハンジの胸を最後に吸って顔を上げると、上がった息の彼女に睨まれる。
だがその目が生理的な涙で濡れているのが扇情的だ。

「……だめって言ったのに」
「すみません。聞こえてなくて」
「しれっと嘘つくなよ!」
「お詫びにもっといいところ探しますから」
「ちょ、っと待ってまだ――」

本気じゃない静止なら聞けない。
背中に回して囲うように抱いた腕ごとするすると下がり、舌を肌に這わせていく。
短く篭もった息遣いの合間、時折艶めいた声を滲ませるハンジの様子を頭上に感じて、モブリットは視線を上げた。
ハンジは口に腕を当てて、必死に声をかみ殺していた。
出せばいいのに。むしろ聞かせてほしいと思うのに。
普段の彼女からは誰も想像出来ないような蕩けきった声が、モブリットを昂ぶらせていくとは知らないハンジに、嗜虐心がふつふつと静かに沸騰してしまう。

「……ハンジさん」
「ん」

立てられていた両膝を割って開かせて、モブリットは右の大腿に触れた。
付け根の筋張った筋肉を殊更優しく指でなぞれば、ハンジの足がびくりと跳ねて、無意識にか閉じようと動いた。
それを抑えて、ぐいと持ち上げると、モブリットは太股に顔を寄せた。吐息の触れるキスをする。
ハンジが今にも決壊しそうな瞳を向けて「モブリット」と名前を呼んだ。その声に滲んだ熱情が垣間見えるようだ。そこからぞくりと背筋に染みて、更なる震えが下半身をずくりと強く刺激した。
でもまだだ。

「ここ、こっちも、触っていいですか」
「ひゃ――あっ!」

端から答えを聞く気のない質問をして、ひたりと割れ目に手のひらを宛がう。
中指で少し上の固くなった突起を捏ねまわしてやると、堪えきれないハンジの声がこぼれた。

触らせないとわからない、とハンジは言った。
触らないでもわかると思った。
けれども――ハンジの言も一理あると認めざるを得ない。

モブリットが触る前から溢れていたそこが、モブリットを待ち望んでいる。
入り口を撫でるだけで浮いてしまう腰がたまらない。

顔を沈めて舌で掬い、啜り、中へと差し挿れると、スタッカートのきいたハンジの息も早くなった。
や、だめ、と拒絶なのか催促なのか、おそらく自分でも判然としない声音で、浮かされたように喘ぐ姿も、締め付けてくる太股のキツさも、何もかもがモブリットを粟立たせる。
舌を抜いて指を差し込み、少し上にずれて突起を食むと、息を詰めたハンジの身体が一際大きく揺れた。
軽く達したらしい入り口から指を引き抜くと、それだけでもハンジが喉を鳴らした。

「……モブ――、モブリット……」
「はい」

請われるままに顔を上げた。
子供のように伸ばしてきた彼女の手を頬で受けて、モブリットともう一度今度は甘えた発音で呼ばれる名前を享受する。まだ力の入りきっていないハンジに代わって、モブリットが彼女を抱いた。腕に力を込めて背中をさする。
震える肌に張り付く汗と、彼女自身のにおいが、モブリットの限界を短くしてくる誘惑は、ものすごく甘美でそしてとても危険だった。手早く避妊具を装着し、整わない息のハンジにそっと触れる。汗で額に乱れた髪を掻き分けて、耳朶に低く伺いを立てる。

「ハンジさん、もう」
「ん、うん、きて――」

喘ぐように強請るハンジがモブリットの唇を奪った。舌の動きも呼吸のリズムもバラバラで、切羽詰まっているのだとわかる。が、こちらも完全に限界だ。そんな欲情を見せつけられて、優しいキスを返してやれる余裕などあるはずもない。

はやく。

舌の合間に唇に直接そうと強請られて、モブリットは強引に足を広げさせた。
くちり、と鳴った先端を、許可も取らずに一気に奥まで押し入れて、欲望のままに打ちつける。
差し込む光で明るい室内が、絡まる肌色に陰影をつける。激しい挿入を繰り返し、肌と肌の打ち合う爆ぜた音と粘着質な水音が響いて、軋みを上げるスプリングが二人のリズムを誰にともなく露わにする。熱い。
待って、ゆっくり――喘ぐハンジの中は、けれどもまるで別の生き物のように、モブリットを締め付け誘い、真逆の意志を示してくる。気を抜けば、あっという間に達してしまいそうなくらい気持ちがいい。

「……っ、締めすぎ、です――力、ぬいて」
「む、むり……ッ」
「ちょ、――ン、ジさん……っ」
「だ、だってわからな……あっ、あ、……もちいい、ん、っだ、も……!」

どうしよう、とほとんど泣き声でぐずられて、こちらの方がどうしようだ。
モブリットの背中にハンジの指が食い込む。かわいい。ずるいだろう。その反応はかわいすぎる。
久し振りで敏感になっているのはモブリットも同じだ。動きを止めることが出来ない。だめと言いながら腰をくねらすハンジも同じだというのなら、このまま蕩けてしまうしかない。

「あ、あ――……!」

一際高く啼いたハンジの中にこれでもかと誘われて、モブリットもくいしばった歯の隙間から絞り出すような声とともに吐き出した。途端に、快感と脱力感で胸が苦しい。モブリットの腕の中、達したばかりでヒクつくハンジが、声にならない声で必死に呼吸を整えていた。その姿に、無性にキスがしたくなった。切羽詰まった今の彼女を奪いたい。

「……ハンジ、さん」
「ま、まって、モブ――ん、ぁっ」

抵抗と呼べる抵抗の出来ないことを知りながら唇を塞ぎ、ねとりと甘く舌を吸う。
それにすら震えてしまうハンジの身体を、モブリットは強く強く抱き締めた。


***


ごそごそと何度もシーツを捲っていたハンジが、裸足の爪先を床に下ろした。
先に下りてスラックスを身に着け終えたモブリットがどうしましたと聞く前に、ハンジの視線がぐるりと室内を一周する。

「あれー、下着知らない?」
「……上、着けてませんでしたけど」
「え、そうだっけ? ―――ああ」

一瞬首を傾げたハンジが、思いついたように手を打った。
着けてたか着けていなかったか、そこは忘れるものなのだろうか。男の自分にはいまいち判然としない部分だが、普通は――いや、どうなんだろう。考えながら、床に蟠っていたシャツのしわを簡単に伸ばしてから渡したモブリットへ、ハンジはすっきりした笑顔を向けた。

「したかったから、着けないで来たんだった」
「ああ、そういう――――――――――……はあ!?」
「だから、今日はモブリットとし」
「そうじゃなく!」

どうせすぐ着替えるからという理由からだろう、第二釦まで豪快に開けたシャツの着方に気を取られていたモブリットは、次いでハンジのスラックスを手渡しながらで追いついた理解に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
今、何かとんでもない台詞が聞こえた気がする。
しかしハンジは素早く下を穿き終えると、まだシャツを羽織ったままのモブリットに悪びれなく首を傾げた。

「え、何? 脱がしたかった?」
「そういうのでもなく! な、何があるかわからないんですから、そういうものはきちんと着けてください!」

プレイの話を誰がした。
したかった、という告白よりも心配が先にきてしまい、声が自然と荒くなる。
奪うようにして第一釦まできっちり留め上げながら言ったモブリットに、ハンジはやはりわからないというように首を捻った。

「着けても着けてなくても、そんなに変わんなくない?」
「いいから着ける!」

そういう問題じゃない。着眼点が大いに違う。
脱がしたい趣味なわけでもないが、ずらしていく行為にくるものがないわけでもない。だから――いや、違う。そうではなくて。
今から一度部屋まで戻るというのに、シャツの下は何もないのだ。モブリットに反応するふくらみが、薄いシャツ一枚を隔てて誰にもわかる場所にある――そんな複雑な男心など解してくれないだろうハンジに、モブリットは内心でまったくと毒づいた。

眉間を寄せたモブリットをどう受け取ったのか、ハンジは一瞬きょとんと目を瞬いて、それから緩く眦を下げた。

「モブリット、それ何かお父さんみたい――っ、わ!」

わかっていない。まったくこの上司はどうしてくれよう。
若干の勢いに任せてぐいと肩を押してやる。と、あっさりバランスを崩したハンジの上に、モブリットは乗り上がった。
驚くハンジのシャツの上から、つ、と指で胸をなぞる。

「……お父さんはこんなことしませんから」
「そりゃそうでしょ……、ん、て、ちょ……っと待った。モブリット?
 こらこら、夕食、それに汗も流せって言ったの自分――て、んっ、な、何……!?」

そのままシャツを捲り、今度は直接胸に触れた。親指の腹で突起をこね、おもむろに下げた唇でキスをする。
愛撫と呼ぶには性急で優しさの足りない行為だが、余韻のおかげか、抗議の声に甘いものが滲んでいる。

「……着けてないとこういう接触事故が起きたとき、さすがにわかりますよ。危険です。ちゃんと着けてください」
「こ、こここんな接触ないでしょ!? ないよ!?」
「何が起こるかわからないじゃないですか」
「そ、そんっ……ま、」

押し返そうと伸ばされたハンジの手がモブリットの髪を乱す。息の上がった声で抵抗されて、嗜虐心がぞくりと背筋を這い上がってしまった。
――これ以上はさすがにまずい。
夕食までの時間をさっと頭で逆算して、モブリットは身体を離した。シャツを下ろして腕を引く。

「……着けていない時の危険性わかりましたか」
「……っ、この場合さ、着けてたって危険じゃん」
「常に最悪を想定するのが戦術の基本だと仰ってたのは分隊長です」

モブリットに引かれて立ち上がったハンジが息を吐き、そのままドアに向かうのを追いながら、したり顔で嘯いておく。さっきの今で、モブリット自身が疼いたと知れれば二人で夕食を食べ損ねることになりかねない。それはダメだ。せっかくの休み、食事も睡眠も彼女にはきちんと取ってもらいたい。それもモブリットの本音の部分に違いないのだ。
自分で自分を悪戯に煽ってしまった欲はまだ押し戻せる範囲のはずだ。大丈夫。
ハンジの背中をつかず離れずで歩きながら、モブリットは知られないようにそっと息を吐き出した。

「最悪ね」

呟いたハンジがドアの前で足を止めた。
俯きがちにこぼれた髪の奥からうなじが覗いて、モブリットも足を止める。

「分隊長? どうかし――、ッ!」

と、何の溜めもなく振り向いたハンジがモブリットの口を塞いだ。思わずたたらを踏んでしまったモブリットの唇を割って熱い舌が入り込む。何とか後退を止めはしたが、引き剥がそうにも後頭部に回された手で思い切り押さえ込まれて、甘く苦しい。
う、と出そうな声を飲み込んだところで下腹部をふいになぞられて、今度こそモブリットはびくりとハンジを押し返した。

「……な、にすんですかあんたは!」
「中途半端な君にお仕置き」

それだけ言ってさっさと踵を返してしまったハンジの背を追いかけて、モブリットはくそっと口中で毒づきながら、掬うように後ろから腰を抱き寄せた。わ、と声を上げたハンジから、けれどもそれらしい抵抗はない。

そろそろ時間は限界だ。
入力と食事は取り急ぎの優先事項で、それはやはり譲れない。
次いで睡眠も重要事項で――だが。

「夕食の後」
「……うん?」
「部屋に伺ってもいいですか」

食後の運動が入る余地くらいはあるはずだ。
このお誘いは伝わっていないと、かなり辛い。
訊いたモブリットに腰を抱かれたハンジが、その手を解きながらで振り返った。

「……」
「……」

その顔が、目が、たぶん自分と同じ熱を灯しているのを確信して、モブリットはホッと頬を緩めた。
ハンジの腕がしなやかに伸びて、モブリットのシャツを引く。

「10分以内ね」

甘い吐息で囁いて、すっと身体を離すハンジの手を、モブリットは絡め取った。
ドアを開けて、見送るまでのほんの数瞬。
離れがたい想いを乗せて、互いの指先を触れ合わせた。



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