目は口ほどに




向かい合っての事務作業。
カリカリとペン先が紙面をなぞる音と、ページを捲る音の合間に、ふとハンジさんの臥せた睫毛が目に映った。
黙っていれば理知的な印象の強い瞳の下に均等な影を落としいる。
見つめていると瞬きの間に吸い込まれそうな錯覚を起こして、俺はゆっくりと瞼を下ろした。
それからまたゆっくりと視線を彼女に戻す。

睫毛、意外に長いんだよな。
鼻梁が通って、唇も薄い。
信じられない不規則な生活しているくせに、肌も本当綺麗だし――――

残る目前の書類の量を考えれば場違いな感想が、次から次に浮かんでしまったのは、この作業に少し疲れてきたから――というより、珍しく真面目な顔で、時折思案して寄せる眉間を見れる距離にいられるのが、今この時間は自分だけだと気づいたからだ。

「……モブリットってさ」
「はい?」

作業の手は休めていない俺の、隠していたはずの視線に気づいたのか、ハンジさんが、チラと僅かに顔を上げる。
目が合ったと思ったのも束の間、すぐに書面に落とされた視線はまた臥せられた。

「たまにそういう目するよね」
「?」

どういう目だろう。
疑問を口にする代わりに、手を止めて見つめていると、ハンジさんは相変わらず俺を見ずにペンだけを動かしながらで口を開いた。

「なんつーか、欲求不満? みたいなさ」
「ああ……。すみません」

なんだ。全部バレてたのか。

「否定せんのかい」
「あ」

椅子の下で足を蹴られる。
そんなことを言われても。自分からダイレクトに指摘しといて、今更俺が思春期よろしく慌てたところでどうなるとも思えない台詞に、他に何と返せばいいのか。

「すみません」
「…………いいけどさ」

苦笑してもう一度素直に謝れば、ハンジさんは横に置いたコーヒーカップに手を伸ばした。
もうほとんど湯気の立たないそれは、そろそろ淹れ直さなければと思っていたことを思い出す。
こくりと喉を鳴らして、すぐに戻されるだろうカップを待つ。
新しいの淹れましょうか、という台詞だけを用意して、自分のカップに残っていたコーヒーに口をつける。
飲み干す合間に見える睫毛はやはり伏せられたままで、乳白色で味気のない支給品のカップに口をつけた彼女の喉を鳴らす音がやけに響くな、と気になった。

「……」
「……」

何だろう。
その飲み方に若干の違和感を感じるが、それが何かは判然としない。
いつもなら一息でいくか、もしくは一口ですぐに戻すかしそうなのに、コーヒーを継ぎ足すタイミングがやってこないのは、少し変だ。先に飲み終えてしまった俺がカップを置く音が、二人の間にぽつんと落ちる。
じっと様子を窺っていると、ハンジさんがカップ越しに、またチラ、と俺を見た。
けれどもその目は、やはりすぐに逸らされる。

――ああ、そうか。

「……ハンジさんは」
「何?」

俺、まだそういう目をしてるのか。

「たまに可愛いですよね」
「たまにかよ」
「日常的だと困りますよ」

珍しく居心地の悪さを感じているらしいこの人の態度に、やはり素直に告白すると、むっとさせてしまったらしい。
熱くもないカップを両手で持ち上げたハンジさんが、片眉を上げて、じとりと視線に剣を孕ませて俺を睨む。

「……モブリットはたまに格好良く見えるのが欠点だな」
「やっぱあんた可愛いですね」
「だーまーれー」

仕事しろよ、と机の下で、今度はさっきよりかなり本気で向こう脛を蹴り飛ばされる。
思わず上がった俺の悲鳴に、やっとでハンジさんは満足げに目を細めた。


【End】


疲れが溜まってくると、言動が素直になってくるモブリットが若干攻めててもかっこいいかなと…。
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