壁際のテロリスト




「おとなしくて小さくておしとやかな子がタイプなんじゃなかったっけ?」
「……何で知ってるんですか」
「前にケイジがラシャドに話してた」

ああ――。
その言葉に納得する。そういえば以前、そんな話で盛り上がったことがある。
――いや、そういう事実の話じゃなくて。

「ねえ、モブリット。純粋な興味による質問なんだけど」

嫌な予感しかしない純粋さを感じて、俺は諦めにも似た思いで僅かに視線を天に逃がした。
胸に置かれたハンジさんの指が、そんな思いを無視するかのようにシャツの上からトトンと動いて、俺に注意を促してくる。

「タイプが真逆な私でも、モブリット、ちゃんと勃――」
「却下します」

哀しいかな、少しも予想に反しない質問を途中で遮ると、覆った手の下で不満げに唸られてしまった。唸りたいのは俺の方だ。
暫く至近距離での睨み合いの末、大人しくなった頃合いで手を離してみる。

「なんで」
「何でって――」

と、すかさず別の方向から質問が繰り返されて、泣きたくなった。
むしろ、何でだ。
何でこの状況で――縺れるように身体を寄せて、貪るように唇を合わせ、足の間に膝を割り込ませた俺に壁に押し付けられたこの状況で――息のついた瞬きの間に、何でそんなことを聞かれなきゃいけない。
どんなフラグクラッシャーだ。

「……今どういうシーンかわかってますか」
「いざこれからベッドシーン!」

わかっているようで何よりだ。
高らかな宣言の仕方より、現実の共通認識に齟齬がないことにホッとする。
しかしそれなら黙るという一般的な認識を持つ気のないらしいハンジさんは、無言の俺をじっと見つめて口を開いた。

「だからこその質問なんだけど」
「質疑応答は後にしましょう」
「気になって集中出来ないじゃんか」
「俺の集中を根刮ぎ削ぐ魂胆ですか」

したくないならいっそはっきり言って欲しい。
じりじりと触れ合う場所から熱を感じて止まないのが俺ばかりなら、今ならまだ自制出来る。
明るいブラウンに映りこんだ俺の顔が、今にも振り切れそうな程に歪んで見えても、涙を飲んで自制する。

「やっぱりタイプじゃないと集中できない?」
「……あんたね」

険を帯びてしまった声音が自然と低くなってしまったのもご愛嬌だ。
小さくもおとなしくもおしとやかでもない上官を、そんなものより確実に欲している男を弄ぶなと言いたくなる。
これが初めての逢瀬でも、何かの勢いでもないことくらいわかりきっているくせに。
新手の拒絶かわかりにくい。
抗議の意をこめて睨み据えると、ハンジさんはぶすくれたように頬を軽く膨らませた。

「だって男性の生理ってよくわからないし」
「……俺にはあなたの生理の方がわかりませんよ」
「えー? 規則正しい方だと思うよ? この前が――」
「そっちじゃない!」

だから、何で今こんな話をしなきゃいけないんだ。
今更な周期を告白されても仕方ない。
第一、タイプがどうこう言うのなら、自分だって同じだろうに。
昔した雑談を思い出しながら、俺は壁につけた腕の先で握っていた拳を解いた。彼女の頬に手を添える。

「あなただって、別に俺がタイプなわけじゃないでしょう。話を聞いてくれる人、でしたっけ?」

外見には拘りがないことも知っている。
内面重視と言えば聞こえがいいが、言い換えれば邪推はいくらでも可能になる。
自嘲気味になるのを自覚しながら、俺は彼女の瞳を覗きこんだ。

「話を聞いてくれるなら、俺じゃなくてもいいことになるじゃないですか」
「……」
「そこは今くらい否定するところですよ……」

きょとんとした顔で見上げられて、本格的に泣きそうになった俺は悪くない。
これは本気でお預けだろうか。
ここまでされて、それでも収まることを知らない熱の行方を案じ始めてしまった俺に、ハンジさんがまたトトンと胸を叩いた。

「タイプかどうかはわからないけど」
「はい?」
「モブリットしか浮かばない」
「……」

その言葉に驚いた俺の下で、真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳が、明確な熱を持っているのがわかった。
いつもは実験の対象に向けられることの多い視線が、今だけはまごうことなく俺に向けられているのだとわかる。
思わず口をつぐんでしまった俺に構わず、彼女は改めて出した結論に感じ入るように、ふと目尻を和らげた。

「あのね、モブリット。考えてみたんだけど、例えばあなたの耳が聞こえなくなっても、私はあなたに話したいと思うし、聞いて欲しいのもあなただなって」
「……ハンジさん」

だから、何で今そんなことを言うんだあなたは。

「うん?」
「そろそろ少し黙りませんか」

艶を帯びた熱い視線は無意識だろう。
嬉々とした声で答えてくれた唇の上に指を宛がい、しっと口を窄めて言外にもそうと告げる。
それから両手で頬を包み、親指の腹でそっとなぞれば、瞼がふるりと小さく震えた。

ねえ、ハンジさん。
今の話――俺も同じだということを、わかっていますか。
好みは単純に上面のもので、それは得てしてあなたじゃない。
それでも、ただひとつ言えることは、求めるのも求められるのもあなただけだということだ。
どちらか選べと言われたら、俺は迷うことなくあなたを――ハンジ・ゾエしか選べない。

「モブリット」
「……」

親指の下の唇に名前を呼ばれて、もう一度なぞることで返事を返す。
そうすれば、彼女の小さくはない手のひらが、その輪郭を確かめるように俺の頬に柔らかく触れた。鼓動がとくんと跳ねる音が聞こえた気がする。
強くない力で、けれども抗えずに引き寄せられて、吐息が混ざる。

「なら、黙らせて」

だから、何でいちいち――――ああもういいか、そんなこと。
僅かに口角が上がっているのを視界の端で捉えたところで、色々我慢も限界だ。
速やかに上官命令を施行するべく、俺はひとつ大きく息を吸い込んだ。


【END】

ハンジさんが美人かっこかわいすぎて、私が壁ドンしたら耐えられません(^p^)
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