もう一度逢えたら




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そういえば、今日は朝からツイてなかった。
空港からトラムを乗り継ぎ、降りた駅で、まるで車がつかまらない。
腕時計に視線を落として天を仰ぎ、目指す店まで走ることに決めながら、モブリットはそう思い返していた。
シェービングで久し振りに頬を切ったし、朝刊の記事に気を取られていたら淹れ立てのコーヒーで火傷をした。驚いて取り落としてしまったフォークを拾ってくれたウェイトレスの佇まいが、今日のフライトで三週間振りに会える彼女に少しだけ似ている気がして、余計切なくなってしまった。人はこういう気分の時に誘われたら、浮気をするのかもしれない――――なんて柄にもないことを考えてしまうほどには、会いたい気持ちが膨らんで朝から苦しくなっていた。浮気など無論しないが。
たとえばそんなお誘いが本当にきたとして、あの人じゃないということをいちいち自分に思い知らせるだけの行為に、何の救いがあるわけもないのだ。

それでもそんな仮定の話を考えてしまったのは、最後に二人で過ごした夜を、微妙な雰囲気のままで別れてきてしまったからだった。
それから昨日連絡を入れるまで、互いに電話もメールもしないでいた。
職場も違えば互いに不規則な仕事柄、これまでに数日会えないことはざらで、特に研究畑のハンジは例によって例の如く、一度篭ってしまえば昔も今も浸食を忘れて没頭しがちなのは暗黙の了解。実験自体にあの頃のような命の危険があるわけでないとわかるから、待っている時間は精神的に随分楽――なはずなのに、日常に浸かってしまった心が、やはりあの頃の関係とは違い、四六時中傍にいられないもどかしさに悲鳴を上げて、帰る場所だけひとつにしてから短くない時が経っていた。

そんな二人のすれ違いの切欠は些細なことだった。が、たぶんに時期も悪かった。
実験の佳境に入ってしまったハンジと寝顔以外で顔を合わせることもなく、会話の糸口も見つけられないでいる内に、モブリットにも長期の出張が入ってしまったのだ。
置き忘れていたらしいハンジのタブレットを充電器に戻し、せめて研究室に電話で一言、とも考えて結局思い止まったのは、ハンジの邪魔をしたくないというのも本音だが、微かにくだらない意地があったことも否定できない。
馬鹿なことをしたと思う。こんなに会えなくなると最初からわかっていたことなのに、声すら、文字すら感じられない。
取り急ぎ二人の伝言ボードに出張が入ったことや滞在ホテルの連絡先、それに帰宅予定を書き込んで出た。ハンジがそれに気づいたのが、いったいいつなのか、それすらもモブリットにはわからなかった。

「明日、予定通りのフライトで帰ります――」
さすがに無言のまま家に戻るのは憚られて、そう連絡を入れたのが昨日の夜。
コール音が響くだけの空しさを予想してホテルのラウンジに下り、5コールで駄目なら諦める――勝手にそう決めて鳴らした電話は3コール目で表示が通話に変わった。
『モブリット?』
柄にもなく受話器越しに緊張した。全く変わりなく聞こえる相手の声に何とか取り繕って日時を告げると「空港に行ってもいい?」と訊いたのはハンジだった。近くの会場でフォーラムがあるからということで、それならと待ち合わせを決めた。それが離陸側の突然の悪天候でフライト時間に大幅の遅れが出ると決まったのは、空港の出発カウンターに並んでいる時だった。
何とかハンジと連絡はついたものの、仲直りの為にと予約していたレストランはキャンセルする破目になってしまったし、こんなに遅くなってしまっては待っていてなど言えるわけもない。
すみません、とラインに入れて電源を落とし数時間。

空港に着いたモブリットが電源を入れると、画面にハンジからのメッセージを知らせるポップアップが点滅した。
慌ててタップする。簡潔に、家の近くの店名が入力されていた。
小さいが深夜まで開いている雰囲気の良い店で、夜はカウンターがバーになる。食事の用意をしていないから、という言葉が言い訳のように追加されていたのがもう二時間も前だ。移動時間を考えても、ハンジは帰宅しているだろう。それならそれで仕方ない。店を覗いていなければ、モブリットも帰るだけだ。そうして彼女が起きていたら今夜、もう寝ていたなら明日の朝。
仲直りのキスがしたい。ハグをして、彼女のぬくもりにとても触れたい。

何故か家に帰るのを拒んでいるような気のするハンジのメッセージに、どこかもやもやとした不安が頭を擡げてくるのを知らないふりで、モブリットはようやく到着した店のドアを開けた。
ウェルカムベルの静かな響きを聞きながら、軽く弾んだ息で店内を見渡す。カウンターの中から初老のマスターが、目顔で奥のボックス席を示してくれた。
――まだ、いるのか。
軽く会釈して席に向かう。

「ハンジさん」
ぼんやりと窓の外に視線を流していたハンジが、驚いたようにこちらを振り返った。モブリット、と受話器越しではない声に呼ばれて、じんと染み込むものがあった。
「――お疲れ様。お腹空いてるよね。何頼む?」
「それ、少しもらってもいいですか」
「え、うん。これでいいの?」
全部いいよ、と渡された半分も減っていないビーフ入りサラダにフォークを刺しながら、炭酸水だけ追加する。手際よく置いて去ってくれる心遣いに感謝しながら、モブリットは三週間振りのハンジを見つめた。
「少し、痩せました?」
「え、そうかな?……ああでも実験の方が忙しかったから、でもそんなに変わってないよ」
苦笑いで答えるハンジに、モブリットは嘘だと思った。
忙しかったのは本当だろうが、たぶんきちんとした食事はとっていなかったに違いない。モブリットの視線から逃げるようにグラスワインを傾けたハンジに目を眇める。
いつもならしばらく家をあける時、作り置きをしていくなり、食べてますかと連絡を入れるなりして、その度に「大丈夫」「本当ですか」「食べてるよ」「信じられない」などと言いながら、電話を肩口に食事をするなんてこともあったから、こんな変化を気にしたこともなかった。
小さな子供ではないのだから、不摂生は自己責任だし、リスクを負った生活リズムは今も昔も自分達の選択の結果だ。けれど、誰の目に隠れる必要もなく気にかけられる立場を得て、それを放棄していた自分自身に愕然とした。

「……すみません」
「何でモブリットが謝るの。体調管理なんて自分の問題で――」
「――この間のことも。くだらない意地を張って連絡をしなかったし、今日も散々待たせてしまいました。すみません」
「それは私も――今日のことだってモブリットのせいじゃないだろ」
どことなくぎこちない笑顔でハンジが笑う。彼女の言うことは最もだ。けれどモブリットのそれは、関係の根幹の部分に対する謝罪だ。
居心地悪そうに眉を寄せるハンジのグラスを持つ手に、モブリットは手を重ねた。弾かれこそしなかったものの、僅かに強張った指先を離すまいと力を入れる。
「あなたのことが大切なのに、大切にする努力を怠りました」
巨人というわかり易くも圧倒的な死から遠去かっていたせいで、死も別れも、今でも同じだけ傍に息づいていることを忘れていた。少しの時間もお互いを感じていたくて今の関係を築いてきたはずなのに、再び出逢えた奇跡も、いってきますといってらっしゃのキスを送りあえる幸せも、いつの間にか当たり前のように享受してしまっていた。
数多の仲間達の死を見送った記憶を持って生まれた意味がまるでない。本当に馬鹿だ。世界はいつでも僅かな奇跡の連続で、後悔は本当に手に負えなくなってからそっと心を塗り潰していくものだということを嫌という程知っていたはずなのに。こんな愚かな過ちは、どうすれば購わせてもらえるだろう。
贖罪を求めるように、モブリットはハンジの手に唇を寄せる。
完全に虚を突かれたといった表情のハンジは、それから弾かれたようにモブリットの顔を見つめ返してきた。

「私だってモブリットが大切だよ! すごく! いつも本当に感謝してる。それはあの頃も――今だって」
その言葉に嘘はない。真剣な眼差しから伝わってくる。
安堵と、でもそれならどうして――と邪推してしまうモノの不在が気になって、モブリットは包んだ左手の薬指の付け根を、そうとわかるように指でなぞった。
「でもつけていたくない程には愛想尽きました?」
「え?」
そう問うと、ハンジはモブリットの質問に真の抜けた声を出して、自分の指を見下ろした。しばらく何かを考えるようにじっと見つめ、首を傾げかけ、やっとで思い至ったらしい。ぶんぶんと顔を左右に振る。
「――あ、ち、違う! これは本当に忘れてただけ!」
「忘れて……」
ありえる。何の義務も持たないペアリングは、随分前にモブリットのただの自己満足で送ったに過ぎない。
本当に興味のないものは見向きもしないハンジが、その存在を覚えてくれているだけで、実は特別なことだと知っている。
目の前で本気で慌てているハンジらしい理由に、モブリットは今度こそ本当の安堵でどっと力が抜けるのを感じた。

「良かった。とうとう捨てられたのかと思いました」
リングではなく、自分も一緒に見限られたのではなかったことにホッとする。
眦を下げたモブリットへ、ハンジがぐっと身を乗り出した。
「捨てないよ! 失くしたら嫌だから家の外ではあんまりつけてなかっただけだし」
「え」
「夜は結構つけてたでしょ」
「あ――ああ、それで……」
ただいまー、と言って、コートを脱いだハンジがいそいそと指輪をつけるところは何度も見て知っている。てっきりあまり一緒に過ごす時間の取れない自分へ、たまに過ごせる時だけでもと気を遣ってくれているのだと思っていた。
対外的な虫除けのつもりも多分にあったそれは、9割伝わっていなかったらしい。
が、そんなことより思っていたより大切にされていた事実に、思わず頬が緩んでしまった。ついでに赤くもなってしまう。橙色のシェードランプのおかげで気づかれないようにと願いつつ、ニヤけてしまいそうな口元を片手で覆う。
そんなモブリットの様子をどう捉えたのか、ハンジは身体を戻すとじとりとした半眼を向けた。

「……モブリットこそ、出張から戻ったの今日でしょ。キャリーケースはどうしたのさ」
「え? ああ、荷物になるので空港から送って――……ハンジさん?」
延着でごった返していた空港で、送りのカウンターが目に付いた。
すれ違いを拗らせていた自覚はあったし、家に帰りたがらない印象のメールからどうしても嫌な予感が拭えなくて、出来るだけ早く彼女の元に向かいたかった。だから早く動けるようにと、取るものもとりあえずといった体でケースを預けてしまった為に、渡したかった土産も何もかも手元になかった。
財布と鍵と――ああ、しまった。鍵もケースの内ポケットだ。ここでハンジと会えなければ、玄関前で一晩明かすことになっていたかもしれない。それは凍死の可能性が非常に高まる。
自分の慌てぶりにどうしようもないなと苦笑しかけたモブリットの前で、ハンジがずるずると突っ伏すようにテーブルに頭をつけた。
「ど、どうしました?」
モブリットに掴まれていただけのハンジの手が、逆にきゅっとモブリットの指を掴む。
「…………出て行くつもりなのかと」
「行きませんよ!?」
むしろそれを心配していたのはモブリットの方だ。
「よかった」
俯せのまま呟かれたくぐもった声が、僅かに震えているように聞こえる。行きません、ともう一度強く否定して、モブリットはハンジの髪を優しく梳いた。

「でも何でそんなこと……俺、出張の日程書いて行きましたよね?」
「そうだけど、でもメッセージを残しても連絡なかったし、こんなに話さないのって昔から数えたって初めてだし、昨日の電話だって、モブリット何か硬かったじゃないか。……だから、もしかして、戻るつもりないのかもって」
「メッセージ? え、と、待って、いつです?」
覚えがない。メールも電話も、何度も立ち上げてはそのまま画面を閉じていた。その中にハンジからの履歴はなかった。もしあれば、モブリットの意地など簡単に融解して、すぐにでも飛びついていた自信がある。
モブリットの狼狽が伝わったのか、ハンジがのそりと顔を上げた。もしかしてと思ったが、泣いてはいないようだった。代わりに先程までより随分表情が和らいで見える。
「割と行ってすぐだよ。いつもの方が電源落ちてたみたいだったからもう一つの――あ、今回事務所の持って行ってなかったとか?」
「いえ、持ってましたけど――ああそうか、調子が悪くて代替機にしたんです。それが――」
確か三日目くらいだったはずだ。
ナンバーの変更は最低限の関係各所に連絡が回るよう手配していたが、ハンジに伝えてはいなかった。仕事に支障はない。プライベートフォンは生きてるのだ。だが、そうか。それを理由に連絡を取ることも出来たのか。自分の至らなさを改めて突きつけられて、モブリットは思い切り肩を落とした。彼女の方が、そんなに初めから歩み寄ってくれていたのに。
「すみません、俺……」
「タイミングって重なる時は重なるもんだね」
苦笑したハンジが、モブリットの手をそっと上から包み込んだ。
がくりと項垂れている自分と、労わるハンジという構図は、まるでついさっきまでと正反対だ。
モブリットがしたのと同じように、ハンジの唇が包まれた手に落とされて、胸が詰まる。
同時に急激な欲が湧き上がってしまった。

もっと、もっと触れたい――触れられていたい――

「ねえモブリット」
しかしハンジはあっさりとその手を離すと、食べながらで聞いて、と言った。
名残惜しさと熱情は胸の奥に留まったまま、けれどサラダボウルに置いたままになっていたフォークをはいと渡されて、大人しくレタスとビーフに突き立てる。
「私達たぶん最近甘え過ぎていたんだと思うんだ。今回みたいにどうしようもないタイミングって、これからもきっとあるけど、今度は回避する努力も一緒にやっていこうよ。それで、もっと良いタイミングが重なるようにしていきたいし、やっぱりずっと一緒にいたい。……あ、勿論物理的な距離っていう意味じゃないよ? でね、その為にも会話は必要だなって思った。言葉による意思の疎通は人間にだけ許された特権だし、それは有効に活用すべきだ。誤解はそういう綻びを喜ぶものだろう? ――だからつまり」
そこでハンジは一旦切った。それから慎重に選んだ言葉を、恐る恐るといった風に唇に乗せる。
「この間は私もごめんね、っていうのと、モブリットが大切だよってことなんだけど……これ、伝わってる?」
反応を窺うようにシェードランプに揺れるライトブラウンの瞳に覗き込まれて、この気持ちをどう言葉で表せばいいのかわからない。
ぼとりと取りこぼしてしまったビーフを刺し直して慌てて飲み込む。鼓動がうるさい。もう誰に捧げる必要のない心臓は、自由に血流を活発にしてくれている。
食べて食べてと笑うハンジに促され、勢い?き込むようにボウルの中を平らげて、炭酸水で流し込むと、モブリットはハンジに向き直った。
「伝わっています。俺も――あなたが大切です」
「うん、それさっき聞いたよ」
「何度でも」
何度でも、何千回でもそうと告げたい。
テーブルの上に置かれているハンジの片手に触れる。
右手を絡め、左手で包み込むようにモブリットはゆっくりと撫でた。何度も。
言葉で表せられない部分が伝わるようにと想いをこめて。
ハンジの手がそれに応えるかのように、絡めた指先が握り返される。親指が焦らすように上下に動いた。
言葉はなく、ただ見つめ合ったまま、店内に流れる静かなジャズの音色だけが雰囲気に溶け込んだ店の一角で、それは優しすぎる愛撫のような触れ合いだ。

「ねえハンジさん」
「ん――……うん?」
「どんなメッセージを残してくれていたんです?」
声音に色が乗らないように気を付けはしたが、随分甘えた口調になった。感情が駄々漏れすぎて内心で苦笑するしかない。交差させた指の先でハンジを突くと、彼女は少しだけモブリットから視線を泳がせた。
「……え? ええとー……仕事お疲れって。あと気をつけて帰ってきてねって」
「他には?」
それだけなら視線を泳がせる理由にならない。
送った荷物に電源を落としたまま入れてしまった職場支給の端末は、明日の夕方届く予定だが、ハンジの様子にモブリットはもう一度甘く名前を呼んだ。しばらく逡巡していたハンジが、観念したように息をつく。囁くような声で言った。
「……会いたい、って」
「……明日荷物が届いたら真っ先に聞きます」
聞く、どころか要保存か。
受話器越しにそんな言葉をくれていたなんて思わなかった。でも、ああそうか――。それなのに何の音沙汰もなかった三週間はどれだけ不安にさせただろう。言葉にすらせずに逃げていた自分を蹴り飛ばしたい気分になる。思わず真顔になったモブリットに、しかしハンジは「必要ないだろ」と苦笑を見せた。
「どうして――」
「だって今目の前にいる。直接言わせて。モブリットも直接言って。あなたの本音、もっと聞きたい」
ハンジの目が真っ直ぐにモブリットを射抜いてくる。
絡めた指先の何が変わったということもないのに、視線の熱で溶かされそうだ。
テーブルの下で組んだハンジの足がモブリットの膝を突いた。す、と下へなぞる動作は、表情の下に隠された誘惑そのものに思えて、モブリットの背筋をぞくりとした快感が這った。

「……ここで言うんですか?」
「言えないことなんだ?」
本音という名の欲望は何もかも筒抜けだとわかるのに、ハンジはモブリットと絡めていない方の腕で、肘をついた。右手は相変わらず二人で静かに愛撫を繰り返しながら、足元を悪戯に刺激する。そのくせ小首を傾げて見つめてくる瞳は、悪戯が成功したとでもいうように、ものすごく愉しそうな色を放って煌めいていた。不安にさせた報復がこれなら、仕方ない、甘んじて受けよう。
今すぐにでもと急く感情を隠し切れない自分とは正反対だなと少し悔しく思いながら、モブリットはテーブルの下でハンジの足をとん、とつく。
「ハンジさん」
「うん?」
彼女の言うとおり、言葉による意思の疎通は重要だ。会えなかった分の想いも溢れかえって、伝えたい言葉はそれこそ山のようにある。早く、それを伝えたい。

耳だけじゃなく、目にもそうだとわかるように。
唇から唇へ、耳朶へ、肌へ。直接伝えて沁みこむように。

「俺も、あなたに会いたかった」
「うん」
「会いたかったです、すごく」
「……うん」
ハンジが感じ入るように、吐息交じりの声を出した。その声も、耳朶に直接吹き込まれたい。
「なので」
モブリットは絡めた指をさっと外すと、素早く指先をまとめて許しを請うように唇をつけた。
今はせめて、ここから直接沁みこめばいい。
「そろそろ一緒に帰りませんか」
続きは玄関を開けた途端から。溢れるままに、直接あなたに伝えたいから。
絡め取った指先越し、熱の篭った響きになる。
大きく瞳を瞬かせたハンジが、珍しいものを見るかのようにまじまじとモブリットを見つめ、それからふと破顔した。
「いいね、うん、帰ろ――わっ!」
最後まで言い終わらないうちに、モブリットはその手を引いて立ち上がった。
エスコートと呼ぶには多少強引にカウンターへ向かい、多めのチップをつけた支払いを済ます。
「モ、モブリット?」
「急ぎましょう。すみません、結構限界です」
繋いだ手を微かに引いて本音を付け足す。
ハンジの手がきゅっと握り返してきた。
「モブリット、知ってた?」
「はい?」
「私も限界」
「それは良かった」
あと少し――
疎らに寄り添う二人分の足音と、繋いだ部分から広がる熱と。
時折そよぐ夜風にさえ背中を押された気になって、無言のまま、どちらからともなく運ぶ足が速まった。



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転生パロモブハンでした。
このあと(玄関先から)無茶苦茶セッした\(^O^)/



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