酒と本音と男と女




「――兵長」

リヴァイが私室に戻りかけたちょうどその時、後ろから掛けられた声にリヴァイは振り向いた。
廊下を曲がり、こちらにやってきたのはモブリットだった。

「よう。……一人か」
「はい、やっと寝てくださったので」

誰が、という言葉はなくとも通じるのは、それがいつものことだからだ。少しよれたシャツの袷は、モブリットにしては珍しい。ようやく激務から解放されたというかのように息を吐いて苦笑を滲ませる姿は、シャツの乱れのせいかいつもよりやけに妙齢の男の色気が漂っている。初めて彼を見た頃にはなかったものだ。疲れが色気に繋がる年齢になったのかと、ある種の感慨を覚える。
が、リヴァイは表情に出さないまま、労うつもりで持っていたボトルを掲げて見せた。

「飲むか」
「……よろしいですか?」

軽く揺らすと、素早くラベルを確かめたモブリットの声に喜色が乗った。エルヴィンの部屋から拝借してきた酒は、どうやら酒好きの彼のお眼鏡にかなったらしい。
部屋に招き入れたリヴァイに従い、そそくさとリヴァイと自分のグラスを用意したモブリットは、勧めたソファに遠慮なく腰を下ろした。上官の部屋だろうが、酒を前にしたその素直さは相変わらず悪くない。
とくとくと酒を注いでやると、さすがに恐縮した彼がボトルを持とうとする前に、リヴァイはさっさと手酌で自分のそれを満たした。
上官らしくない態度に一瞬眉を上げたモブリットに軽くグラスを掲げて見せると、モブリットは他に何も言わずおとなしく合わせるように掲げてから、グラスに口を付けた。拘らないリヴァイの性格に合わせることに決めたようだ。
口うるさいだけではない柔軟性は、ハンジの副官といえばとても納得できる特性といっていい。だがそれは彼女の下に就いたからというだけではなく、もともと彼自身が持っていた特性だろう。
上手い組み合わせもあったものだ。
リヴァイは無意識に息を吐いて、モブリットを見た。

「何徹目だ?」
「まだ三徹半です。途中数分の仮眠もとってくださっていましたし、珍しく聞き分けがよくてホッとしています」

ハンジのことを聞けば口調は存外柔らかくなる。
ぎりぎり職域の範囲内で答えたモブリットに、リヴァイは眉を顰めてみせた。

「甘やかし過ぎじゃねえのか」
「はあ……。あ、でも今回は寝る前に風呂も入ってくれましたし」
「それで喜ぶおまえもどうかと思うが。……まあ、ご苦労だったな」
「ありがとうございます」

感性が明らかにずれている。
労いに律儀に礼を言ったモブリットがむしろ満足げに見えたことに辟易として、リヴァイはそれ以上言うのをやめた。

彼の優秀な頭脳は確かにハンジの傍でこそ役に立つ。
それはわかっているのだが、けれど数年をこの調査兵団で生き残ってきた実力は、その他でも十分に際立たせることが出来ただろうに。嬉々として上官の世話に勤しむ様を見せられては、ため息が出るというものだ。
目の前で飄々とグラスを傾ける男をちらりと見遣りながら、リヴァイは内心で舌打ちをした。

モブリットをハンジの副長に、と任命したのはエルヴィンだ。が、最終任命については兵団内部の規則としてそうなっているというだけで、彼を実際に推薦したのはハンジ自身だった。
分隊長という役職に就く以前から、二人は同じ班で行動を共にすることが多かったし、突飛にもとれるハンジの言動に振り回されているように見えて、実はほとんど同種の思考回路を持っているのでは、とは上層部なら朧気に把握していたのも事実ではあった。だからいざ分隊長に就任した彼女がモブリットを推薦したことも、その任命も、何の疑問の余地もない――と、他の多くは思っていたことだろう。
けれど、モブリットへおそらく先に班への打診をしたのは自分だったとリヴァイは今でも思っている。
特定の班を持たないリヴァイの別動部隊は、その目的に合わせて能動的なものではある。が、誰か一人を副長めいた立場に据えろと言われれば、十中八九どの役割もこなせそうな盤石的な人員という観点で、モブリットほど適役はいない。
特に抜きんでた何かがあるかと言われればないのかもしれない。
だが、この若さで生き残ってきた事実、討伐補佐数、それに連携における徹底した補佐力に彼自身の持つアドバンテージの高さ。それらを総評した能力の高さに目をかけていたのは、ハンジだけではなかったはずだ。
ミケは事前にハンジへ確認を取ったと言うし、他班の班長や分隊長も、班への構成を決めるとき、咄嗟に彼を浮かべたことがない方が少ないくらいだろうと正直リヴァイは思っている。

しかしそんなリヴァイの誘いを、モブリットは光栄ですと言った口でさらりと断ってくれていた。

「あ、そうだ。近いうちに生体実験の立ち合い依頼をさせていただくことになると思います」
「エルヴィンの許可が下りれば俺はかまわない」
「はい」

少なくなったグラスに継ぎ足してやると遠慮ない動作で受ける厚顔さは、特に酒が絡むと発揮される。という彼の態度は、実はあまり知られていない。リヴァイが、彼が酒好きでよく飲むと知ったのは、何度目かで同じ班での行動を共にした時の他愛ない雑談からだった。
よく見れば、団長であるエルヴィンにも、他人の臭いで序列をつけるミケにも、そして言動や実力で敬遠されがちなリヴァイに対しても、モブリットが尻込みすることはないのだと気づいたのもその辺りだったか。
あまりに如才なくその場に溶け込む存在感は、その態度を不快に思わせることもなかった。それもモブリットの特性だ。
そんな使い勝手の良い男を、さっさと自分だけのものに取り込んでしまった同僚の眼鏡を頭の中だけで睨みつけ、リヴァイは半眼でグラスに口を付けた。

「……それで最近根詰めてたのか、あいつは」
「それが一番大きな理由だと思います。今回申請する実験は、昔からの悲願でしたから。――ただ、実践となるとやはり少なくない危険が伴うものなので、安全面を考慮すると厄介な問題が多かったんです。兵長がいらしてくださったことで、光明が射したのは否めません」

すみません、とあまり本気で思っていなさそうな口調で続けたモブリットをちらりと見て、リヴァイはグラスを空けた。
言い方はさも丁寧だが、人類最強を実験の保険に使えてラッキーです、と堂々と言ってくるあけすけさも、やはり悪くない。

「かまわない。できる奴ができることをすりゃあいい」
「ありがとうございます」

それはハンジの傍でも自分の傍でも、モブリットにはそれぞれ出来ることがあったはずだというリヴァイの未練を混ぜた言い方だったのだが、気づいているだろうこの男はしれっと口角を上げて見せただけだった。
さすが、としか言いようのない神経の太さだ。
少なくなってきたグラスの中に気づいたモブリットがボトルを取る。相変わらず気も回る奴だ。差し出すと、トクトクと静かにグラスに酒が満たされる。
内心で舌打ちをして、リヴァイはすっと視線を眇めた。

「突っ走るだけだったあいつが、おまえのお陰で随分加減と我慢を覚えたものだな。エルヴィンの采配が当たったと言わざるを得ないか」

生活面や性質で選ぶというなら、これほど適材適所もないだろう。
だがそう言ったリヴァイからお返しの酒を受けたモブリットの顔に、初めて遠慮のような戸惑いが浮かんだ。

「そもそもあの人はわかっていましたよ」
「わかっても出来てなかったら同じことだ。最後を大きく踏み外さないで済んでいるのはおまえの努力の賜物だろう」
「自分の貢献はそう大したものでは……」

半ば本気でそう思っているのだろうが、どこからどう見ても大した貢献をして見える。リヴァイの差し出す酒には遠慮のえの字も浮かべずに、彼女の為なら団長にも意見する男が、ここにきて随分謙虚な物言いをする。
まだグラスに残っている彼の酒に注ぎ足そうと動くリヴァイに慌てて、モブリットがグラスを煽った。

「謙遜するな。おまえ以外に誰があいつの手綱を取れる」
「逆です」
「あ?」

差し出すグラスに注がれる琥珀色の酒を見つめながら、モブリットが言った。

「握られてるのは俺ですよ」

苦笑を乗せたその口調は柔らかい。
何とはなしに口キリいっぱい注いでやると、唇をつけてそれを受けたモブリットは「入れすぎです」と小さく叫んだ。
聞き慣れた彼のツッコミは、口惜しいが、確かに自分といるより彼女の傍でこそ際立つかもしれない。酒のせいか、些細なことに納得している自分に内心で呆れながら、リヴァイはモブリットをじっと見た。

「なら飼い主を引き止められる立派な犬だろが。褒め言葉は素直に受け取れ」
「……いぬ」
「それも不満か」

どちらも野放しの野犬じみたところのある二人だと思う、ということは伏せて言うと、モブリットが小さく反芻する。なみなみとグラスの中で揺れる酒ごと、与えられた言葉を飲み干そうと傾けるモブリットへ、リヴァイは言った。

「破天荒な飼い主に周りがドン引くほど従順に従ってんじゃねえか。今夜も愛しい飼い主様をベッドに押し込んで、ちゃんと舐めて寝かしつけてきたんだろう」

それは多分に比喩のつもりで言っただけだ。が――

「な、め――っ、え、あの、兵長見て――……」

ガタン、と音が鳴るほどバランスを崩したモブリットが、慌てたように立ち上がり掛け、手にしたグラスから酒が溢れて、更に慌てて両手で持ち直した。リヴァイは手近なナプキンをさっと渡すと、自分の酒をゆったりと咽喉へ流し込む。

「見てねえ。……本当に舐めて寝かしつけてきたのか」
「し、してません! 今夜は本当にキスだけで――……、あああ」

シャツのよれていた理由はそれか。
就寝の軽い挨拶ではなかったらしいキスを思い出したのか、それとも自分の失言にか、モブリットは呻きながらがくりと頭をうなだれた。
無言が室内に落ちる。

「まあ飲め」
「……………………いただきます」

もう飲み下してしまうしかない。
まだかなり入っていたはずのグラスを一息に煽ったモブリットにまた注ぎ、リヴァイは無表情のまま、ふと疑問を口にした。

「一度聞いてみたいと思っていたんだがな」
「……はい?」

話題の転換を期待したのだろう。モブリットはグラスに口を付けたまま、上目遣いでリヴァイを見た。これが俗に言うあざといという表情かと納得しながら簡単に続ける。

「あいつそんなに巧いのか」
「はい?」

モブリットにしては珍しく、質問の意図を瞬時に理解出来なかったらしい。きょとんと瞬かれて、リヴァイは言葉を付け足した。

「おまえは頭の切れる奴だ。仕事も出来る。顔も身体も悪くない。そのおまえが、何をどうしてあいつなのかと考えたんだが……そのくらいしか俺にはさっぱり思いつけねえ。おまえにとって離れられないくらい巧いのか、それとも弱味でも握られてんのか」
「え、いえ、あの、へ、兵長?」
「何だ」
「……身に余る高評価とその他諸々で、羞恥で死にそうです……」

淡々と説明するリヴァイの前で、面白いくらい顔面を紅潮させていくモブリットはあまり見られるものではない。いつも冷静といえば聞こえはいいが、本心で何を考えているのか見えない鉄面皮のような男が、彼女が絡むと時折随分素直な顔を見せる。自分の下ではここまで表情筋を活躍させてやることは出来なかっただろうと考えて、リヴァイはふんと鼻を鳴らした。

「今更だろうが。で、どっちだ。弱味か」
「……違いますよ。あの人があの人だから、俺が、傍にいたいんです」
「……」

適当にはぐらかされるかと思ったが、モブリットは赤い顔のまま、小さく、だがはっきりとそう答えた。俺が、と主張した主語が、モブリットの本音を如実に表している。リヴァイの、ミケの、他班の誘いを断り続けた男の決意はやはりという言葉で片づけるには、しっかりとした意志が感じられて、リヴァイは黙って続きを待った。
グラスの下に揺れる酒の水面を見つめて、モブリットはぽつりとぽつりと言葉を続ける。

「あの人は実力的にもとても強いし、こうと決めて突き進む芯の強さもあって、俺はそういう部分をとても尊敬しています。同じところを見ていると思っていても、気づいたら一歩も二歩も先へ進んでいる頭脳の明晰さも、意志の強さも、人類が絶対に失ってはいけない部分だ」
「それは――、まあ、そうだが」
「その人が、向後の憂いなく邁進できるよう支えて礎になれるならいいな、と。……盲信的に聞こえるかもしれませんが、一兵士として、人類として、それが出来る立場にいられる人間として、本心からそう思います」

その言葉は、モブリットの根底に揺るがずある信念なのだとわかる。
これはおそらく二人がただの兵士として交わった時から変わらないベクトルなのだろう。モブリットはハンジを尊敬している。それを疑う余地はない。彼女の明晰さ、発想の奇抜さ、視点の置き方、どれをとっても、モブリットの意見に賛同しないではいられない。それはわかる。わかるがしかし。

「ならおまえの世話焼きは人類の為か」
「そうです、仕事上は」

酒で咽喉を濡らしたモブリットが、迷いもなくそう答える。
いつもあまり感情の乗らない深くけぶった緑の瞳が、今は少し緩んで見えた。酒のせいか。リヴァイの注ぐ酒を、彼はいいペースで開けていた。もしかすると、ここに来る前にもハンジと引っ掛けていたのかもしれない。寝かし付けの方法をポロリとこぼしたことといい、リヴァイの前とはいえ、珍しくハンジへの感情の吐露があからさまだ。

「……プライベートは」
「単純に可愛い」
「…………」

幻聴か。
ほとんど何も変わらなく見える表情のまま、そう言ってグラスを煽ったモブリットは、また自分のグラスに継ぎ足すと、半分ほど残っているリヴァイのグラスにも、どうぞ、とボトルを傾けた。

「兵長?」

思わず無言で凝視したリヴァイを、モブリットはようやく不思議そうに呼び掛けた。

「……悪い。耳が詰まったようだ。何て言った?」
「可愛いんです。ものすごく。……教えませんけど」
「この世で最も不要な情報を聞くつもりも、興味もねえ」

二回言ったか、この口は。およそ通常は愛でる対象に使うはずのその単語を。
最後は少し拗ねたような口調で付け足されて、リヴァイは即答で拒絶する。人の惚気ほどどうでもいい話はないと思うが、その中でも格段に不要情報トップに入る情報はいらない。
自分の誘いを断った理由に当初からその感情があったわけではないとわかってはいるが、今ではしっかりと育まれてしまったらしい想いの丈を見せつけられても、ただ入り込めないとわかるだけだ。
まったく。思想信条の自由とはいえ、何がどうしてその矛先はハンジなのか。

「……」
「……」

リヴァイの拒絶に不満げな顔をするかと思ったモブリットは、しかし何かを考えるように黙り込んでしまった。それからひたりとリヴァイを正面から見つめ、言いにくそうに声を潜める。

「……兵長、もしかしてあの人のこと」
「寝言は寝て言え。今の流れでどう解釈したらそうなる。削ぐぞ」

何を言い出すかと思ったら、とんだ斜め上の思考で解釈されそうになって、リヴァイは剣呑な視線でモブリットをさした。だが今更リヴァイのこんな表情に怯えるわけもない神経の彼は、安堵と僅かな苦笑を滲ませて、ちびりちびりとグラスに舌をつける。

「良かったです。気になる子に正反対の態度を取るタイプなのかと心配になるところでした」
「好きな奴を虐めてどうする。俺は優しくするタイプだ」
「はあ……」

あけすけに答えたリヴァイへ、モブリットは曖昧に頷いた。
酒のせいで思考がだいぶ鈍っているのか、それとも単純に自分への評価に疎いのか、その態度からは判然としないが、伝わっていないのではあまり面白くないとリヴァイは思った。
ち、と小さくない舌打ちを残して、グラスをテーブルに置く。
その動きをどこかぼんやりと見送るモブリットへ、

「おまえには優しくしてんだろうが」

俺のとこへ来いと何度言ったと思っていやがる。
今更言っても覆ることは決してないと知っているが、せめて信じろと睨みつければ、モブリットは何故か表情に狼狽を過ぎらせた。その態度を怪訝に思うリヴァイの前で、モブリットは僅かに顎を引き気味に言った。

「……すみません。あの、おれ、こいびとがいるので……」
「誰がそういう意味でおまえを狙っていると言った。相手なら俺にもい――……、おい、モブリット」

何を言い出すのかと怒りよりも呆れの先に立つ思いで反論しかけ、リヴァイはモブリットの様子に目を眇めた。
気の置けない仲間と飲んでいれば口が軽くなるというのはわかる。酒に強いモブリットの顔色に変化はない。
だが、この返答はモブリットらしくない。

「はい」

答える声は明瞭で、けれどくすんだヘーゼルの瞳は、シェードランプの明かりに照らされて、薄く膜を張ったように揺らいでいる。

「酔ってんのか」
「いえまさか。よっているだけです」

はは、と笑った顔は目だけがまるで笑っていない。
言葉と表情がちぐはぐだ。
そういえば、ハンジに付き合って彼も大概徹夜で無茶をしていたのだろう。そこに強い酒を入れて、いつもより早いペースで酔いが回ったのかもしれない。

「……寝ろ」
「了解しました」
「って、ここでじゃねえ、おいこら、モブ……ちっ」

リヴァイが言うが早いか、生真面目な返事と共に、モブリットはローテーブルに突っ伏した。まだ少し酒の残るグラスを手から引き抜くが、もう彼からの返事は期待できそうもなかった。
ここをどこだと思っていやがる。仮にも兵士長の私室だぞ。
額をつけた格好は、ほとんど無理矢理背骨を丸めていて、このままでは朝目覚めたとき確実に身体を痛めているだろう。
勝手に寝落ちたモブリット本人への罪悪感は毛ほどもないが、話を聞きつけたハンジから我が物顔で労られるだろう姿を想像して、リヴァイはまた子供じみた苛立ちを感じてしまった。それにもちっと舌打ちして、モブリットを睨みつける。
いくらどこにでも溶け込みやすい風貌とはいえ、このまま放っておくには存在感のありすぎる体躯だ。部屋まで送り届けることが出来ないわけではなかったが、そこまで労力を使ってやる義理もない。

「おいモブリット、腕、回せ」

リヴァイは仕方なしに、せめてもソファに寝かせてやることにした。
返事のない彼に一応言いおいて、すぐ傍に膝を折る。だらりと力のない腕を自分の肩に回させて、腰を上げる。
ぐら、と体重を預けてきたモブリットが、ふと一瞬だけ意識を覚醒させた気配がした。ソファの肘置きに上半身を寝かしつけながら視線をやれば、先ほどよりぼんやりに拍車のかかった潤んだ瞳がリヴァイを黙って見つめていた。

「何だ」
「……あげませんよ」
「いらねえ。俺が欲しかったのはおまえだっつってんだ、ろ、が――……」

ガタッとドアのすぐ側で音がしたのは、ちょうどその時。
振り向いて、リヴァイは眉間の皺を深めた。
薄く開けていたドアの向こうに見えたのは、赤く染まった頬と口元を必死に両手で押さえ込んでいる見知った部下のものだった。

「ペトラ」

名前を呼べば、びくりとその肩が震える。その様子に、リヴァイは脳内でさっと自分の姿を省みた。
寝かしつけるためとはいえ、モブリットをソファに押しつけ、彼の上に身を乗り出すような格好だ。それは体格差のせいに違いないが、おそらくペトラは場違いな想像をしているらしいと態度からすぐに察せられた。

「あ、え、ええと、すみません。あの、決してお二人の逢瀬を覗き見するつもりではなくてですね……!」
「ペトラ、違う。落ち着け」

案の定斜め上の方向で謝罪を始められて、リヴァイは頭を抱えたくなった。逢瀬――これのどこが逢瀬だ。何が悲しくて、これと逢瀬を結びつけられなければいけない。普段の言動にそれらしさは欠片もないだろうと眉を顰めれば、けれどもペトラは呆然とした声を出した。

「まさか、その、兵長が、私でカモフラージュしてただなんて……」

いつもは天真爛漫な笑顔を向けてくれる表情が、見る見る陰っていってしまう。明るい蜂蜜色の髪を力なく左右に揺らすペトラに、リヴァイは声を低めて呼び掛けた。

「違う、聞け、誤解だ」
「わ、私、そちらに偏見とかないですし、言ってくだされば――ショックはショックですけど、でもちゃんと話してほしかったです――でも、まさか兵長がモブリットさんと……あ、あれ? でもモブリットさんはハンジ分隊長を――……え? まさかモブリットさんもカモフラージュで…………?」
「ペト――」
「カカカカモフラージュでも私は幸せでした! お幸せに!」

言うなり脱兎の如く駆け出してしまったペトラの足音は、あっという間に聞こえなくなってしまった。
何がどうしてこうなった。

(どいつもこいつも)

上手くはないと自負しているが、リヴァイは自身の行状を振り返る。
散々態度で示しているつもりなのに、ペトラにしろモブリットにしろまだ足りないのか。
腕の中、部下で恋人からの大変な誤解を招いた元凶の大型犬は、気持ちよさそうに寝入っている。
その暢気な呼吸音がまるで彼の上司の態度を彷彿とさせる。よく似た二人もあったものだ。似なくて良かった部分まで。
お陰で不名誉な誤解を自身の恋人に抱かせてしまった。

「…………………………クソが」

明日例の眼鏡に会ったら、わざと煽って亀裂でも入れてやりたいくらいだと頭の隅で毒づいて、リヴァイはモブリットから乱暴に腕を引き抜いた。鈍く呻いたモブリットにブランケットを適当にひっ被せて、部屋を出る。まずは自分に生じた亀裂の修復をしなくては。彼らに入れるのはそれからだ。
どうすれば誤解は解けるだろうかと眉間を深く寄せながら、リヴァイは夜の廊下を進んだのだった。




【Fin.】

でも何だかんだで毛布かけてあげる好きな奴には優しい兵長ww