今日のばんごはん。 いつもは部屋まで送られることの多い私が、珍しくモブリットを部屋まで送り届けようと思ったことに他意はない。 ――というのは半分ほど本音で、後の半分は少し嘘だ。 根を詰めていた報告書の作成にようやく目処が立ち、送りますと言った彼の手が私の背中を押した。 そうでもしないと、私がまた別の新しい資料に移りそうに見えたのかもしれない。 すっかり気持ちの切り替わっていた私にそんな気は更々なかったのだけれど、はいはいと苦笑して席を立てばホッとしたように表情を緩めたモブリットが、なんだかやけに可愛く見えてしまった。 それは疲れていたせいかもしれないし、最近そういう触れ合いから随分遠ざかっていたせいかもしれない。 とにかく、きっとそのせいだ。 部屋に着き、ありがとうございましたと振り向いた唇を、気持ち背伸びをしてちゅっと奪った。 すぐに離すと、モブリットが驚いたように目を大きく瞬いて私を見た。 人気のない廊下とはいえ、消灯にはまだ間があり、階下には人の気配もある。秘密な関係でもなんでもないが、わざわざそういった状況で私からこんな不意打ちをされるとは思ってもいなかったのだろう。 ここに来るまで、そういう雰囲気も会話の流れも、そんな素振りはまったくもってなかったのだから、モブリットの驚きもまあわかる。 じっと見つめる私の真意を測りかねているのか、固まってしまったモブリットから動きはなかった。 驚きに彩られたその表情が妙にあどけなくて、疲れているせいなのか、彼にしては珍しく判断能力が鈍っているのかもしれないと思った。そう考えると、余計可愛く思えてしまう。 「おやすみ」 「あ、はい、おやす――ん、ぶっ」 まるで幻覚でも見ているように呆然と挨拶を返しかけた彼のぼんやり具合に、何だかたまらなくなってしまった。 途中で両頬を無理矢理挟んで、もう一度彼の唇に唇を重ねる。 さすがに慌てたモブリットがやっとで私の腰を掴んだ。 「ちょ、あの、ハンジさん待っ」 「待たない」 「人が」 「おやすみのキスくらい、挨拶だ」 別に深くしてるわけじゃない。 モブリットがそんな表情をするからいけない。。 ちゅ、ちゅ、ちゅ、と短いキスを唇に頬に目尻に落としながら軽く笑うと、モブリットはしばらく顔を背けようと必死に努力していたようだが、やがて観念したようだった。 ぐっと片腕で腰を抱き寄せたかと思うと、もう片方で後ろ手にドアを開けて私の身体をぐいっと引いた。 わ、と小さく声を上げた私に構わず部屋の中に引き込んでドアを閉めると、そこに手を付き腕の中へ私の身体を閉じこめる。 「モブ……」 「せめて、中で」 「わっ、と、――んっ」 モブリットの唇がそっと私に降ってくる。 部屋の外で私が彼にしたように、瞼や頬に。そして伺うように唇にも。 おやすみのキスにしては情熱的で、けれどこのまま次へ進むには物足りない。 軽いリップ音が室内に響く。 至近距離で時折絡む視線には、まだ熱情と副長の間で惑う彼が垣間見えている。 私が凭れてもう一度おやすみとでも言えば、一緒に寝てくれそうな甘さは感じるが、もう一歩踏み込んできてくれてもいいくらいだ。 私はモブリットと重なる唇の間にすっと指を差し入れた。 「バードキスって知ってる?」 言って、ちゅっとモブリットにキスをする。ぱちくりと目を瞬いた彼が、返事のように私にも同じ浅さでキスをして、僅かに首を傾げた。 「……勘違いでなければ、今してますよね」 「じゃなくて、その由来」 「鳥が啄むようなキスだからでしょう?」 「そこだよ!」 「はい……?」 予想通りの解釈を受けて、私はビッと人差し指を立てた。 「一般的にはそう言われているけれど、私は常々疑問に思っていたんだ。だってさモブリット、少し考えてみてくれ。行為と名称に乖離があると思わないか?」 「いえ、あの」 私の突然の講釈に、モブリットが戸惑ったような声を出す。それを無視して、私は右手の指を嘴を模した形に窄めて、モブリットの唇に当てた。 トトトンッ、とつつくような動きで攻撃的に当ててみる。 驚いた彼が顎を引くが、構わず頬や額も同じようにつつき回しながら言葉を続ける。 「鳥が啄むという行為ってのは、そもそもこういう摂食行為だろ。別に甘えるわけでも求愛行動での一種でもない。そういった行為や威嚇の為に嘴の先を打ち合うという行為はあるけど、啄むという表現とはまるで違う。それならば何故バードキスを”啄むような”と比喩するのかと――」 「いっ」と言ったモブリットが私の手首を掴まえた。 言いたいことの前振りで始めたつもりの推論だったが、少し熱が入りすぎてしまったようだ。 やりすぎた攻撃に眉を顰めたモブリットが、私の窄めた指先を一本一本開かせる。 「バードキス、嫌いでした?」 「名称に疑問はあるけど嫌いじゃないよ。モブリットは? 嫌い?」 「まさか」 「ん、ちょ、わ、……ふはっ、待った待った!」 解した指の間に指を絡めたモブリットが、そう言うや否や、ちゅちゅちゅと私の唇を攻撃してきた。 さっきよりは強めに啄むキスからは、遠慮が少し形を潜めた。 けれども足りない。まだまだ可愛いモブリットのままだ。 自制心が強いのか、それともその気にならないのか。 じゃれつくようなキスの小雨でそんな理由を考える。 ――と、気がそぞろになってしまったのがわかったのか、モブリットが額をつけてキスを止めた。 これを頃合いに「そろそろ寝てください」などと言われたら、私から噛みついてもいいだろうか。 憮然とした気持ちでモブリットを見ると、私を見つめる彼と目が合う。 薄暗い室内で、私を映して光るオリーブ色の瞳は、その奥に見間違えようのない熱をはらんでいた。 気づいて、ぞくりと背筋が震える。 「……バードキス名称相違問題のあなたの帰結は?」 甘さの乗った、常より低い声音で聞いてくるモブリットの吐息が、私の唇を掠めた。 抑えきれないじれったさを乗せた口調は、私の興味を尊重しようとして、しきれていない。くっそかわいい。 モブリットとのキスよりも、由来に意識が取られてしまっていると勘違いしているのだ。 私は内心でほくそ笑んだ。 やっとその気になってくれたのは何よりだが、さっきまで私が感じていたもどかしさを、もう少し感じさせてやりたくなった。今日の彼がやけに可愛らしく思えてしまったからだろう。仕方ない。 だから私は、あえて、その質問に目を輝かせて食いついてみせた。 「モブリットも興味ある!? バードキスってさ、啄む、の本来の意味を考えるに、従来はもっと激しいキスのことを指していたんじゃないかと推測してみたんだよね。つまり」 「摂食行為?」 「ご名答。だから」 「本能の赴くまま、もっと激しく食べ散らかすようなキスをしていい、と」 展開する持論へ食い気味に答えた彼は、完全に副長の顔を止めている。 ずいっと顔を近づけられて、私はすかさずしゃがみこんで下に逃げた。 「残念!」 そうして腕の拘束を逃れ、呆気にとられるモブリットの手を引いて、彼の寝室へと足早に向かう。 一見大人しそうな顔をした彼の、欲する瞬間のぞくりと泡立たされるような瞬間が好きだ。食べられてしまうとはこういうことだと本能でわかる。 少しの恐怖と、求められている高揚と歓喜。 けれども今日は、私が先に獲物と定めた。 食べられるべきは彼の方だ。 「う――、わっ!」 ベッド脇で、私は彼をどんと押して、ぐらついた足に払いをかける。 思わず咽喉の奥で悲鳴を上げたモブリットをマットに押しつけ、そのまま上に乗り上げた。 「本能の赴くまま、大人しく私に食べ散らかせろって言う話」 「ちょ、待――」 「待たないってさっき言ったろ? いただきます」 「んぐっ!?」 逃げだそうともがく身体を体幹でしっかり押さえ込み、私はがぶりと口を塞いだ。 さあ、これから、バードキスの検証実験を開始しようか。 私に違わず、君も実験大好きだろう? 何度も激しく角度を変えて、貪るように呼吸を奪って。 私の下で苦しそうに口惜しそうに、艶めいて喘ぐモブリットにぞくりぞくりと愉悦が広がる。 可愛い声を出す君がいけない。寄せた眉間をもっと深くさせたくなってしまうじゃないか。 乗り上げたまま、引き抜いたベルトで手首を縛って、私はぺろりと唇を舐めた。 【FIN】 モブハンでバードキスって可愛いよね!という話をtommyさん(?@tommylvpt)さんとツイッターで盛り上がって、よしじゃあやっちゃう!?wwwと書いた蛙ver.のモブハンdeバードキスssです。もっとモブリット不憫ver.もあったんですけど(説明に本気でかかりきりになってさせてもらえないパティーン)、乗り上げられてむしゃあされるのもたまにはいいかなと!と!(´??`)もげりっと。 |